罪状は【零】

毒の徒華

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第2章 絶対的な力

第14話 僕が生きている罪

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【ノエル一行】

 「あんな人間の何がいいのだ?」

 ガーネットと一緒に歩き出してから、三度目の同じ質問だった。
 道なき道を歩いて歩いて歩いて……僕は疲れているのに。レインははしゃぎ疲れてカバンの中で眠ってしまっていた。小さいとはいえ、長時間肩からさげていると結構重く感じる。

「好きって感情が解らないんじゃ、説明のしようがないってば」
「全く理解できん。これからお前とこんな生活をしていなければいけないと思うと気が遠くなってくる」
「……ごめん」

 僕は謝る以外の場の鎮め方が解らず、謝罪の言葉を口に出した。
 あのまま死んでほしくなかったという僕の一方的な気持ちでこうなってしまった。それについては弁解しない。弁解するつもりはないが、ガーネットがそれを解る日が来るのだろうか。
 ガーネットの質問攻めに対しても、体力的にも流石に僕は疲れていた。
 砂漠のような、ろくに植物も生えていない道をずっと歩いている。ガーネットは太陽に焼かれないようにフードを深くかぶっていた。流石に日中にずっと外にいるガーネットにも疲弊の色が見えている。

「……お前の血、そろそろ飲ませろ」

 ガーネットが舐めるような目つきで、僕の首筋の頸動脈の辺りを見てくる。

「お腹すいたの? ……少しだけだよ」

 僕が手の平から少し血を出そうと手を出したが、ガーネットは僕の首筋を噛もうと髪を除けようとしてカリカリと彼の爪が首筋にあたり、口を首元に近づけて来たガーネットに対して僕は狼狽した。

「ガ……ガーネット、駄目だよ」

 そのこそばゆい感覚にまるでご主人様にいつもされているような感覚に陥る。それに血液を好きなだけ飲ませたら飲み過ぎてしまうだろう。
 僕はガーネットの手を掴んで離れようとした。

「気安く触るな! 魔女風情が。汚らわしい」

 ガーネットが僕の手を強めに振り払う。
 振り払った後に僕の腕を乱暴に掴みあげて、牙を向き出しにした。どうやら自分の意思で触れるのはいいが、僕に触れられるのは嫌だったようだ。
 普通に話せていたから少しは打ち解けた気がしていたが、本当にガーネットは魔女が嫌いらしい。

「……? お前、脈が速いぞ?」
「!」

 僕はガーネットから慌てて離れ、手の平の静脈を少し傷つけた。血は赤く僕の白い肌を赤く伝っていく。

「こ……これでいいでしょう?」
「………………」

 ガーネットは僕の手の平に口をつけて血を啜った。

「飲み過ぎると毒だから、加減してよね」

 そうしている間にガーネットは僕の静脈を食いちぎるように牙を向き出しにして咬みついた。鋭い痛みで僕は顔を歪めたがそんな僕の様子はよそに、更に溢れた血液をガーネットはこぼさないように飲み干す。
 傷が塞がり始めた頃、ガーネットが舌を這わせて舐めている手を奪い返した。
 彼の唇や舌が自分の手に当たる感覚はご主人様にそうされたことを想起させ、血の付いた口回りを舌なめずりしているガーネットが嫌に色っぽく見えた。

 ――僕は何を考えているんだ……

「どうした? 魔女」
「なんでもない」

 僕はそっけなく目を背けて誤魔化した。

「……もしや発情しているのか?」
「ば、馬鹿言うな!」

 ガーネットは口の周りについている僕の血液を、指で拭いそれを舐める。赤い舌が指を舐める様子はやけにゆっくりに見えた。

「ふん、安心しろ。私が卑賎な魔女風情と交尾などありえない」
「僕だって、ご主人様以外なんてありえないから」
「どうだか……魔女は男が生まれづらいせいか、メス同士での交尾も頻繁らしいじゃないか。節操がない卑賎ひせんな種族だ。お前もそうだろう」

 そこまで言われて、僕はムッとした。

「僕を他の魔女と一緒にしないでよ」

 あんな非人道的な悪逆の限りを尽くす連中なんかと一緒にされたくはない。

「確かにお前は他の魔女とは違う部分もある。しかし、だからと言って魔族を使役できるお前のことを信用したわけではない。それだけならまだしも、契約の関係で、私を容易に服従させることができるお前など……」

 ガーネットの表情が険しいものへを変わる。やはり、魔女の血族の僕のことを信じるということは難しいようだ。

「それに、いつまでこんなペースで歩いているつもりだ? もうお前が魔女だということがばれても困る人間が近くにいないのだから、魔術を使えばいいではないか」
「僕の命を狙っている魔女は沢山いるから見つかりたくないんだ」
「翼人との混血だからか?」
「それもある。魔女からすれば僕が生きていると邪魔なんだよ」

 ご主人様には話したくなくて、話せるわけもなく怒らせてしまったことも、ガーネットには話そうという気になる。
 なんだかやはり変な感じだ。
 自分の身の上の話など誰かにしたことがないので余計にそう感じるのかもしれない。

「僕は六翼の翼人と、最高位の魔女との間の子なんだって。僕は生まれながらに強い魔力があったから……魔女の女王は僕の力を危惧きぐしたんだよ。自分の立場を脅かす存在になりうる僕が邪魔だったんだ」

 だから魔女の女王ゲルダは僕の両親を殺したし、同時に僕も殺されかけた。

「魔女と魔族の交配は見つけ次第、魔女の法では即殺処分だと聞いた」
「そうだよ。それに翼人の翼と力、魔女の知力と魔力と、とにかく両族のいいところだけが僕に受け継がれた。僕は……両翼が揃っていたら、世界だって滅ぼせる程の力があるはずだった」

 僕は自分の右の肩甲骨の部分に触れた。大きな傷がある部分だ。

「僕の右の三枚の翼はね、両親が殺されたときに女王に引き千切られたんだ。痛くて苦しかったことくらいしかそのときのことはよく覚えていないんだけど……」
「その後よくお前は生きながらえたな」
「うん……気づいたら周りは何も残らないくらいの焼け野原になっていた。多分、両親を目の前で殺されて、更に翼をむしり取られた事で力が暴走したんだと思う」

 右の翼の付け根の燃えるような痛みと、流れる血の感覚、噴煙が舞い、辺り一面炎の海の名残がまだ燃え盛っていたことは今でも憶えている。

「それから結局魔女に捕まったのか?」
「ううん、魔女に捕まったのはもう少し後。僕を拾って育ててくれた翼人がいたの……その翼人も魔女に殺された」

 僕に、力の使い方を教えてくれた。けして僕が怒りに任せて魔術を使い、暴走しないようにと。

「翼人? お前が翼を毟られたのは随分前のことじゃないのか?」
「そうだよ」
「魔女が私たちの世界に強く干渉するようになったのはここ最近の話だ。なぜお前が翼人に育てられるのだ」
「こっちの世界にいたよ。自分の意思でこっちにいて、魔女にも人間にも見つからないように生活してた」

 そのときのことを考えると、僕は辛い気持ちになる。
 魔女に殺された育ての親のことを思い出すのはつらいことだった。

「翼人と魔女は全面戦争になっただろう」

 その言葉に僕は胸を刺されたような痛みが走る。

「僕の存在が……翼人と魔女との混血が魔女にとっての災厄になると判断されたから。だから魔女は翼人を殲滅したんだよ」

 翼人が次々と魔女の手によって殺されたのは、僕のせいだ。
 胸の辺りが苦しくなる。
 僕が、生きている罪。
 僕がこの世に存在しなかったら、翼人たちは殺されることはなかったかもしれない。好きで強い力を持って生まれたわけじゃないのに。でも力を持つものは危険な存在としてみなされる。危険因子は排除するのが魔女のやり方だ。
 自分たちが一番であり続ける為には手段を選ばない。

「お前は、生きていることを後悔しているのか?」
「……そうかもしれない」

 生まれなければ、と思うことは何度もあった。今でもそう思う。
 僕が暗い顔をしてうつむきながら足を止める。

「ばかばかしい。お前は自分を追い詰めることで逃げているだけだ。奴隷の身分に自分をやつし、力を使うことなく生活することで、その罪の意識から逃れられると思っているのだろうがそれは違う。お前は力の正しい使い方を知っている。なのに、何故それをしようとしない?」

 ガーネットのその言葉が僕の心をえぐった。
 僕は最強の魔女なのに中身はと言えばただの弱い女だ。
 僕にとっての世界はご主人様ただ一人。
 たとえ他の者を何百、何千何万と助けたとしてもご主人様が助からなければそれは何もないのと同じ。

「……ガーネットは、生きる目標ってある?」
「生きる目標?」

 その質問に対してガーネットはしばらく黙って考えているそぶりを見せる。

「そんなこと、考えたことはない。毎日生きることが当たり前だ」

 生きる為に生きるのが普通の生き物の考え方のようだ。知能が高いとはいえ、人間と魔族はここが違うのかもしれない。

「私に生きる目標などというものはない。ただ、生きて生き抜くだけだ」

 ――強いんだな……

 僕はご主人様の為にしかもう生きられない。彼がいなくなったら、僕は生きる意味を見失ってしまう。
 自分が生きているだけでいいなんて思えない。
 魔女に虐げられ、それでも苦しみながら生きたいと願って生きている人がいるってことも、僕は解っている。
 僕がそれよりもずっと幸せだってことも解る。
 僕は何の恐怖にも晒されていない。僕を捕食したり、僕を上回る力を持つ人なんていないんだから。
 ガーネットの堂々としたその様子が眩しく感じられた。

 ――僕もそんなふうに堂々とできたらいいのにな……

 僕らはそのまま沈黙を守り、しばらく歩いた。
 やっと荒野を抜けて最初の魔女に支配されている小さな町が見えてきた。


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