16 / 191
第2章 絶対的な力
第15話 キャンゼル
しおりを挟む魔女の町に入る方法を僕は考えていた。
「やっぱり堂々と魔女としていくしかないよね」
ガーネットと僕は魔女の支配する町に入るにあたって、どのような恰好で入ればいいか考えていた。レインも起こして作戦会議をする。
レインは潜めて鞄に入ってもらえればそれでいい。
どうせ魔女は魔族の気配など解りはしないし、仮にバレたとしても僕が使役しているように見せれば問題はない。
「ノエル、平気なの? ぼく怖いよ」
魔女に対してレインは酷く恐怖心を抱いている。
レインはまだ子供だし、怖い想いをしたのだから怖がって当然だ。
「大丈夫、何かあっても僕が守ってあげるから」
レインを撫でると、僕の手に頬をすり寄せてくる。ついでにほどけかけている包帯を巻きなおしてあげた。
「魔女だとばれないようにすることはできないのか?」
「うーん……できないかな。それに魔女じゃないと治癒魔術の最高位の魔女のこと聞けないよ。奴隷が魔女に話しかけるなんて、その場で殺されかねない事案だろうし」
せめて魔女らしい恰好をして入りたいが、それらしい服は持ち合わせていない。
「造形魔法が使えたらな……」
治癒魔術の基礎の基礎は、物を変化させて再構築し作り出すというものだが、僕にはその才能が全くない。土の魔術式で大雑把な造形の物は作れるが、精密な細工は出来ない。
服すらまともに作れないのに、人間や魔族の細胞を再構築させるなんて雲の上の話のように感じる。
「魔術系統は選べないからな」
「各個人個人で魔術系統があるから、どんなに勉強しても練習してもできないものは一生できないからね」
自分で練習したり勉強したりしてできるようになるなら、最初からしている。
魔女の町を遠くから見ていると、ご主人様のことをまだ離れて少ししか経っていないのに、ご主人様の身体が心配で仕方がなかった。
僕の情報を少しでも知っている魔女がいると面倒だ。
風になびく自分の赤い髪を視界に捉える。髪の毛が長いと戦闘に向かない。戦うことなんて想定していなかったから、随分髪が伸びてしまった。ご主人様が手入れをしてくれた髪をどうしても切る気にはなれない。
隣にいる金髪の傷だらけの吸血鬼を見た。ガーネットは魔族だし見られても別にいい。そう自分に自己暗示をかける。
「不服だろうけど、ガーネットは魔女の玩具の魔族として振舞ってほしい。下手に隠している方が怪しいし。レインは鞄に入って大人しくしていてくれるかな? ご飯は買ってあげるから」
「解った!」
レインは僕の鞄の中に再び入ってもらった。もう少しレインには眠っていて体力を温存していてもらおう。
「……屈辱にも程がある」
「ガーネットは賢いから、余計なことは口走らないようにすることなんて簡単でしょ?」
「ふん、仕方ない」
ガーネットは不服そうだったけれど、僕のいう事を聞いてくれた。
服従ではなく、本人に納得してもらう形をとった。僕だって血の契約による制約なんて望んでいない。彼にとってはさらに望んでいないことだ。
僕らは町に入った。辺りを見渡すと町の中はどんよりとしていて活気がない。
人間たちには覇気がなく、僕を見ただけで恐れおののいて身を隠すものすらいた。
魔女だということは法衣を着ていない僕だけを見たら普通の人間には解らないだろうけれど、僕が一緒に歩いている吸血鬼族を見れば僕が魔術で従えているようにしか見えないのだろう。
町民は酷く痩せこけていて貧相な服を着ている。とても衛生的とは言えない状況だ。病気が蔓延しているかもしれない。
僕が住んでいる町と比較するとその差はあまりにも大きい。
「わぁ、吸血鬼族じゃん」
僕らが町の中を歩いていると後ろから声が聞こえ、瞬時に嫌な予感がした。
おそるおそるふり返ると、地味な法衣を羽織っていて、胸元が大きく開いた服を着ている魔女がいた。
前髪がしっかりと切り揃えられているのに、後ろの髪は不自然に不揃いだ。見た目の年齢は20歳後半といったところか。
「貧相な魔女だ」と僕は思った。魔女であることを隠していないのに、こんなにもみすぼらしい恰好をしている。
「すごーい。吸血鬼族を従えられるなんて、罪名持ちの魔女様?」
――罪名持ち?
聞きなれない言葉だが、知らないとは言えなかった。
「……たまたまだよ」
「才能あるんじゃん。ねぇ、あたしの魔族と戦わせよ?」
魔女の後ろには巨人のようなものがいた。魔族のトロール族だろうか。既に皮膚がボロボロになっていて息も荒くなっている。
――なんて野蛮な遊びをしようとするんだ……
やはり魔女が嫌われるのも仕方がないと僕は考えた。
「ごめん……これは僕のは愛玩用だから。戦わせる用じゃないの」
「えー、せっかく強い子みつけたと思ったのにー」
その魔女はガーネットをまじまじと見つめた。
ガーネットはいつもよりも鋭い目つきでその魔女を睨みつけている。
ガーネットが暴走しないことを願うばかりだった。彼の魔女への憎しみは相当根深いもので、目の前の魔女を殺しかねない。
「……ねぇ、治癒魔術の最高位の魔女を探しているんだけど、どこにいるのか知らない?」
早くその場を離れたかったが、情報を聞き出さないとならない。
「知らないなぁ……都の方じゃない? この辺で治癒魔術を使える魔女は見たことないし」
「じゃあその魔女の知り合いとか、その魔女を知っている魔女とか知らない?」
「全然わかんなーい。ていうか、治癒術の最高位の魔女に何の用なの? あんた元気そうじゃん?」
確かに僕は健康そのものだ。僕が具合が悪いからというのは最高位の魔女を求める理由にはならない。
「僕の一番のお気に入りの……奴隷が重い病にかかっているから治したいんだ」
言葉がなかなかでてこなかった。
ご主人様のことを“一番のお気に入り”だの“奴隷”だなんて言うのは物凄く抵抗があり、嘘でもこんなこと言いたくなかった。
「奴隷なんて沢山いるんだから、殺して新しいのにしたら? そのうちまた愛着湧いてくるよ」
僕はその言葉を聞いた瞬間、ガーネットの殺意を上回るほどの殺意を抱いた。
ご主人様の代えなんていない。他の人だってかけがえのないたった一人だ。親からしたら子供。子供からした親。大切な恋人。友人。
代わりなんているわけがない。
僕の表情が強張ったのをガーネットは見ていた。
「知らないなら仕方ないね。ありがとう。じゃあね」
「えー、ちょっと待ってよー」
やけに猫撫で声で僕を引き留める。
――なんだこの面倒くさい女は……
僕は嫌そうな顔をしていたが、相手の魔女は全くそれに気づいていないようだった。
「綺麗な赤い髪だね。ねぇ? あたしと付き合わない? 気持ちよくしてあげるよ」
ガーネットを横目で見ると「ほら見た事か」と言わんばかりの表情をしていた。
僕は無言で首を横に振って抗議する。「僕は違う」と。
「……ごめん。もう心に決めた人がいるから」
「あなた、あたしのタイプなのにー。ねぇ、名前は?」
「……ノーラ」
僕は偽名を使った。適当に思いついた名前を言っただけだ。流石に本名を言う訳にはいかない。
「あたしはキャンゼルだよ」
余りの興味のなさに僕はどう答えていいか解らなかった。
ガーネットも魔女が目の前にいるとなれば気が気でないだろうし、この場を早く離れないとならない。
「ねぇ、この辺の魔女じゃないよね? どこからきたの?」
「ごめん、急いでいるから」
「あたしもついて行っていい? 暇していたんだよね」
――……鬱陶しい
どう回避したらいいか考えるのすら煩わしく感じた。
「僕は先を急ぐから……」
「えー、いいじゃん」
キャンゼルが僕の身体に触れようとした瞬間、拒否反応で僕はそれを魔力で弾いた。
ガーネットが僕にしたような強めの拒否だ。
きっとガーネットもこんな嫌悪感を僕に抱いていたのだろう。だとしたら本当にガーネットには申し訳ないことをしたと今になって感じる。
「いったぁ……なにするのよ」
手を押さえながらキャンゼルは僕を睨みつけた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる