罪状は【零】

毒の徒華

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第2章 絶対的な力

第16話 本気じゃないよ

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「気安く触らないでほしい。急いでいるんだ」
「カッチーン。もう力ずくであたしのものになってもらうから!」

 そう言うとキャンゼルが魔術式を構成し始めた。こんな街中で魔術を使ったら尋常ない被害が出てしまう。僕が応戦すれば尚更だ。
 人間を不用意に巻き込みたくないのでどうしたらいいかと思い、彼女に落ち着くように言った。

「ちょっと、落ち着いて……」
「燃えちゃえ!」

 聞く耳を持たない彼女の手元から炎が立ち上る。徐々に彼女の手元の炎は勢いを増していく。

 ――炎系の魔女か……

 僕はどうしようか数秒の間考えていた。見ている限り大した炎ではない。ただ、人間にとってはかなりの脅威になるだろう。

「おい、なんとかしろ」

 ガーネットはそれを見ても落ち着き払っている様子だった。この程度のことは彼自身でなんとかできるのだろう。

「言われなくてもなんとかするよ」

 火遊びなんて趣味じゃないが、僕は同じ炎の魔術式を組み上げた。消し炭にはしたくないが、威嚇のためには同程度の威力の魔術が必要だ。
 僕が炎を出すとキャンゼルの5倍はあろうかという業火が空気さえも焼き尽くし、彼女が放った炎と混じり合って取り込み、更に大きくなった。
 空中で尚も業火が燃え続けている。
 辺り一面、その炎に照らされて赤く熱くなる。町の人間は恐怖で悲鳴を上げて逃げまどっていた。

「なんて魔力なの……」
「あなたでは僕には勝てない。これ以上僕に構うというのなら、このまま焼き殺すよ」

 炎は更に勢いを増して燃え上がった。
 どう見ても力の差は歴然だ。いくら馬鹿でもそのくらいは解るだろう。

「っ……」

 キャンゼルが引き下がるそぶりを見せたので、僕は炎を消した。
 このまま打ち込んだら殺してしまうし、周りの人間も巻き添えになってしまう。それどころか、キャンゼルの後ろで怯えているトロールまでも巻き添えになってこの辺一帯が焼野原になってしまうだろう。
 それは僕の本意ではない。

「行こう」

 僕はガーネットにそう促し、キャンゼルに背を向けた。ガーネットはまだ警戒したまま僕の後をついてくる。
 キャンゼルが僕についてくることはなかった。

「おい」

 ガーネットは僕にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。

「なに?」
「どうして殺さなかった?」
「……殺したら目立つでしょ?」
「お前は馬鹿か? 十分目立ってる」

 そう言われて僕は即座に後悔した。
 確かにそうだ。穏便に探したかったのに。あまり派手なことをしたら僕のことを知っている魔女に見つかってしまう危険が増える。

「しかし、貴様……やはり最高位の魔女なんだな」
「なに、急に?」
「人間にへつらい、腰抜けの魔女と契約などという最大の失敗をしたと嘆いていたが……」

 あまりにも僕のことを蔑む言葉の容赦のなさに反論の言葉も出てこない。

「本気を出せばやるではないか」

 僕はガーネット方を見た。

「あんなの、本気じゃないよ」



 ◆◆◆



 魔女は変な奴が多いように思う。
 僕も人のことは言えないと思うが、会う魔女会う魔女全員が話にならない。当然、話にならないということは有力な情報がないということだ。もうすっかり夜になってしまっていた。
 町で休むかどうか考えたが、眠っている暇もあまりない。
 それに少しの騒ぎも起こしてしまったし、魔女がウヨウヨしているこんなところに長居しても身の危険が増えるだけのように感じた。
 僕は適当にレインの分の食事を買って野営をすることにした。

「じゃあ少しだけ眠って次の街を目指そう」

 宿に泊まることを考えたが、食料分くらいのお金しか持ってきていない。

「その辺に魔術反射を張って、誰も近寄れないようにして眠ろうか」
「それでお前は眠れるのか? 地面だぞ」
「うん、平気。いつも床で寝ているし」

 僕とガーネットは町から少し離れた山の中に入り、魔法反射の魔術式と、僕が指定した生き物しか出入りできないように術式をくんだ。
 その作業をしている最中に、僕はご主人様のことを思い出していた。
 ご主人様は体調を崩していないだろうか。倒れたりしていないといいんだけれど、確かめる方法もない。僕は早く治癒魔術の魔女を見つけたい。やはり魔女の総本山へ行くしかないのか。
 相当のリスクがあるが、リスクを覚悟しなければ勝ち取れない。
 そんなことを考えながらレインに買った肉を与えた。
「これは何の肉だろう?」そんなことをぼんやりと考えていた。人間の肉でなければいいのだが……。

「ノエルこれ美味しい!」

 レインが無邪気に肉をついばんでいた。
 レインのそういう姿を見ていると、荒んだ心が癒される。無邪気な龍族の姿だ。包帯をほどくと、まだ生々しい傷が治りきっていない。
 僕が水の術式を組み、レインの身体を綺麗に洗い、そして僕が作った外傷用の塗り薬を塗った。
 包帯も魔術で綺麗にして、それをレインに巻きなおした。
 レインはその間も夢中になって肉をついばんでいる。

「酷い傷だな」

 ガーネットはその様子を座ってずっと見ていた。レインの龍の鱗の裂け目が酷く生々しい。それでもまだこれは治ってきた方だ。
 初めは本当に死んでしまうかと思われた。しかし龍族の生命力はすさまじく、見事に持ち直してくれた。

「何をされたのか聞かなくても、予想はできる」

 レインは肉を食べ終わった後、僕が処置をしているさ中、目を細めて黙っていた。弱音を吐くことはないが傷が痛むのだろう。塗り薬は少し傷に染みる。

「ぼくはね、白い色の髪の子供の魔女が逃がしてくれて、ノエルの町まで逃げたんだ。あのままノエルに見つけてもらえなかったら、きっと死んでたよ」

 いつもよりも少しおとなしい口調でレインは言った。翼の包帯の位置を自分で調節している。

「ノエルを初めて見たとき、すごく怖かったんだよ。でもね、ノエルはぼくに優しくしてくれたんだ。魔女は嫌いだけど、ノエルのことは大好きだよ!」

 僕の肩に飛び乗って、僕の顔に頬ずりをしてくる。頭の硬い鱗が当たるのと肩に鋭い爪が食い込んで痛いが、僕は何も言わなかった。

「なぜそいつとは契約しなかった?」
「レインはガーネットほどは酷くなかった。とはいえ、あのまま放置したらかなり危なかったと思うけど……あの時は……」
「ぼくもノエルとケイヤクしたい!」

 僕の言葉を遮ってレインは駄々をこねはじめた。
 そうなったレインをなだめるのは大変だった。龍と契約すると僕はどうなるんだろう。なだめる最中、僕はそんなことを考えた。

 魔女の施設にいた時に、多重に魔族と契約するとどうなるかという実験を魔女がしているのを見たことがある。
 その魔女は気が狂ってしまった。その魔女が契約した魔族は下級魔族だった。
 痛みや苦しみが何倍にもなったのが原因なのか、あるいは爆発的に強くなった自分の魔力に耐えられなかったのかは定かではない。
 欲張るとろくなことにならないということだ。ゲルダはそれを全くわかっていない。

 レインをなだめるのは大変だった。僕は眠る準備を済ませ、眠ろうと横になる。冷たい芝生の感触がした。

「ぼくは眠くない!」
「私も眠れそうにない」

 魔族は夜行性なのか、2人から眠くないと主張された。
 僕は眠い。レインは鞄の中で昼間眠っていたから眠くないのは解るが、ガーネットはずっと起きていたから眠いはずだと思っていたので、そう言われて困る。

 ――……吸血鬼族の睡眠がどうなのかは解らないけど……

「ガーネットは少しだけ眠ったほうがいいよ。レインは眠れないなら見張りをしていてくれるかな。起きたら……今度は東の街に行こう。移動方法も少し考え直そうか。歩いていては時間がいくらあっても足りないし」

 僕は目を閉じて草の冷たさを感じていた。

 ――ご主人様……今頃平気だろうか……早く……帰らないと……――

 僕は意識を意図的に手放した。


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