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第2章 絶対的な力
第17話 再現魔法
しおりを挟む夜の静寂が乱される。
「ノエル、起きて。魔女の気配がする」
レインの焦ったような声で僕は目を覚ました。
ガーネットもやはり眠れなかったようで僕が起きたときには起きていた。険しい表情をしたままレインと同じ方向を見ている。
僕も感覚を研ぎ澄ませて気配を感じ取った方を見た。レインとガーネットには静かにするように合図する。
――僕がお尋ね者だってことがばれた……?
だとしたら相当まずい状況だ。
「ちょっと! なによこれ!!?」
警戒して見ている先から女の声がした。
その甲高い女の声には聞き覚えがある。
ガーネットとレインは声のする方を警戒して凝視したまま声のする方へ近づいていくと、その間抜けな魔女は現れた。
昼間、僕にちょっかいをかけてきた魔女だ。
それが解ると同時に僕は気が遠くなるのを感じた。ため息を吐き出して、できるだけ大人の対応を試みる。
「……あぁ、昼間の。なんだっけ? ……キャンドル? みたいな名前の」
「キャンゼルよ! ちょっと、あんたこんなのずるいじゃない」
キンキンする声でそう喚き散らす。
面倒なのに見つかってしまったと思った僕は頭をガリガリと掻く。少しくらい脅しておいた方がいいだろうか。そう考え、僕は静かにキャンゼルを見つめた。
「僕に付きまとわないでよ……殺されたいの?」
低い声でそう言うと、キャンゼルはビクリと身体を震わせた。
魔女の序列は力がすべて。力が弱い魔女は強い魔女には逆らおうとしないよう刷り込まれている。
「昼間はごめんなさい。あたし、本当にあんたの事好きになっちゃったみたい……」
キャンゼルはもじもじと身体をくねらせながら、しきりに自分の服の胸元を直したり、目を泳がせている。
その様子を見ていた僕は背筋が凍るような思いだった。
本当に冗談じゃない。
「だからあたしもついていきたいの! いいでしょ? 邪魔はしないし、ね? それにあたしがいた方が他の町の魔女とも話がしやすいと思うの。あんた、全然この辺では顔が利かないみたいだから」
――もしかして後をつけていたのか……?
気色の悪い魔女だと僕は思った。
僕にとってはこの魔女に対して脅威がなさ過ぎてただただ呆れるばかりだ。仮についてきたとしても、役に立つようには到底思えない。
「昼間のあれを見る限り、足手まといにしかならないと思うんだけど」
「あたしは炎以外の魔術の方が得意なのよ?」
「……何?」
苛立ちが隠せない僕は口調が荒々しくなってくる。
こんな魔女についてこられると動きがとりづらくなる。ガーネットもレインも賛成しないだろう。明らかにレインとガーネットの2人から殺意があふれ出している。
もし殺意というものに実体があったら、この辺りは洪水になっているだろう。
「再現魔法よ。例えば、こんなのはどうかしら?」
キャンゼルが魔術式をくみ上げると、何もない空間から花束が出てきた。
「ふふ、素敵でしょ」
花のいい香りが漂ってくる。本物の花のようだ。
「どうなっているの?」
「あたしの記憶にあるものを再現しているの。でもあたしが知らないことまでは再現できないのよね。それに長期間は留めておけないの」
――……この女が馬鹿でよかった……
使いようによってはその魔術は恐ろしいことになりかねない。
例えば以前人類の半分以上を殺したと言われる病原菌なんかを作り出せたら、今度こそ人類が滅びてしまうかもしれない。
使い道によっては……というところだがどう使ったものか。それに信用できるのか? 寝首をかかれないとも限らない。
「僕を裏切らないっていう確証がほしい」
「用心深いのね。なら、あたしに裏切れないように魔術式を組み込んだらいいわ。あたし、あんたの難しい魔術式全然わかんないもん。あたしは元々そんないい家柄の魔女でもないし、それにあたしの魔力であんたの術式を変えるのは無理よ」
言われてみれば確かにそうかもしれない。
しかし、本当は力を隠していてうまく寝首をかく気がないとも言い切れない。
一つの判断ミスが命取りになりかねない状況だ。
試しに有効な移動手段を聞いてみることにした。
「移動手段に困っているんだ。何かいい方法を知らない?」
「馬にしたら? あたしが手配してあげるわ」
「馬を使うなら、あなたは必要ないんじゃないの?」
「あんたねぇ……あたしが言っているのは、普通の馬じゃないわ。魔女が実験で作り出した移動用に特化したキメラ馬よ。それにあたしが手引きしないと手に入らないじゃない」
「……それを、あなたが作るってこと?」
「もうすでに作られているわ。それが一匹もいればあたしたち3人乗れると思うわよ」
現状、徒歩での移動は現実的ではない。
かといって別の移動方法が思いつくわけではない。
でも倫理的に……と考え始めたが、もう倫理がどうとか言っていたら、いつになってもご主人様の元へと帰ることができないだろう。
「……解った。その代わり、拘束魔法を使わせてもらうよ。ガーネットもそれなら安心できるでしょ? まぁ、おかしなことをしようとしたら僕が殺すから安心して」
僕はガーネットの方を見た。
ガーネットは先ほどからずっと黙っていたが、再び彼を見ると顔が非常に険しくなっていた。
この状況ではガーネットがキャンゼルを今にも殺しかねない。酷い怨嗟の感情をたぎらせているようだった。
「私はこんな訳の解らない魔女を連れて行くのは反対だ。昼間もお前に襲いかかったではないか。いくらお前が拘束魔法をかけていても信用ならない。第一こんな魔女がそもそも信用できるのか?」
やはりガーネットは反対した。
「そうだよね」と僕も思う。そして改めてキャンゼルに向き直ると驚いた表情でガーネットを見つめていた。
「え……? この吸血鬼族こっちの言葉話せるの? しかも制約されてない吸血鬼族?」
――しまった……ガーネットに言いたい放題言わせてしまった
魔女の制約なしでこっちにいる吸血鬼族だなんて知られたら、どうやってこっちに来たのかとか、面倒くさいことを根掘り葉掘り聞かれてしまう。
――そんな魔族がいるなんて魔女どもに知られたら……――
他の魔女にバレる前に始末するか?
そう考えた僕はキャンゼルに見えないように後ろ手に魔術式を構成し始めた。ガーネットとレインはそれに気づき、より一層警戒を強める。
その矢先のこと。
「どうやってそんな風に仲良くなったのー? 魔族って何言っているのかわかんないし、それにその吸血鬼族こっちの言葉どうやって喋れるようになったの? ねぇねぇ教えてよ」
目を輝かせてそうキャンゼルは言った。
――馬鹿でよかった……本当にこいつが馬鹿でよかった……
と、僕は心底思い、構築していた魔術式を解く。
この魔女は本当にアホだという妙な安心感を僕は得た。
「気安く話しかけるな魔女風情が!」
「ノーラだって魔女じゃない!」
「こいつはお前よりも多少はマシだ。魔女に指図されるのは腹が立つが、魔女である上に更にバカな奴に指図されるのはもっと腹が立つ」
「なんですって!?」
魔女も全員酷いことをするとは限らないが、キャンゼルの場合はガーネットが嫌いな魔女の一派だろうから気を許せないのも解る。しかし、喧嘩をされると困ってしまう。
その2人がずっと喧嘩しているのを、レインと一緒に見ていた。この先、気が思いやられるというレベルではない。
「ぼく、二人とも嫌い」
そのあとキャンゼルがレインを発見した際に、大はしゃぎしてレインを怒らせたのは言うまでもない。
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