罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
18 / 191
第2章 絶対的な力

第17話 再現魔法

しおりを挟む


 夜の静寂しじまが乱される。

「ノエル、起きて。魔女の気配がする」

 レインの焦ったような声で僕は目を覚ました。
 ガーネットもやはり眠れなかったようで僕が起きたときには起きていた。険しい表情をしたままレインと同じ方向を見ている。
 僕も感覚を研ぎ澄ませて気配を感じ取った方を見た。レインとガーネットには静かにするように合図する。

 ――僕がお尋ね者だってことがばれた……?

 だとしたら相当まずい状況だ。

「ちょっと! なによこれ!!?」

 警戒して見ている先から女の声がした。
 その甲高い女の声には聞き覚えがある。
 ガーネットとレインは声のする方を警戒して凝視したまま声のする方へ近づいていくと、その間抜けな魔女は現れた。
 昼間、僕にちょっかいをかけてきた魔女だ。
 それが解ると同時に僕は気が遠くなるのを感じた。ため息を吐き出して、できるだけ大人の対応を試みる。

「……あぁ、昼間の。なんだっけ? ……キャンドル? みたいな名前の」
「キャンゼルよ! ちょっと、あんたこんなのずるいじゃない」

 キンキンする声でそう喚き散らす。
 面倒なのに見つかってしまったと思った僕は頭をガリガリと掻く。少しくらい脅しておいた方がいいだろうか。そう考え、僕は静かにキャンゼルを見つめた。

「僕に付きまとわないでよ……殺されたいの?」

 低い声でそう言うと、キャンゼルはビクリと身体を震わせた。
 魔女の序列は力がすべて。力が弱い魔女は強い魔女には逆らおうとしないよう刷り込まれている。

「昼間はごめんなさい。あたし、本当にあんたの事好きになっちゃったみたい……」

 キャンゼルはもじもじと身体をくねらせながら、しきりに自分の服の胸元を直したり、目を泳がせている。
 その様子を見ていた僕は背筋が凍るような思いだった。
 本当に冗談じゃない。

「だからあたしもついていきたいの! いいでしょ? 邪魔はしないし、ね? それにあたしがいた方が他の町の魔女とも話がしやすいと思うの。あんた、全然この辺では顔が利かないみたいだから」

 ――もしかして後をつけていたのか……?

 気色の悪い魔女だと僕は思った。
 僕にとってはこの魔女に対して脅威がなさ過ぎてただただ呆れるばかりだ。仮についてきたとしても、役に立つようには到底思えない。

「昼間のあれを見る限り、足手まといにしかならないと思うんだけど」
「あたしは炎以外の魔術の方が得意なのよ?」
「……何?」

 苛立ちが隠せない僕は口調が荒々しくなってくる。
 こんな魔女についてこられると動きがとりづらくなる。ガーネットもレインも賛成しないだろう。明らかにレインとガーネットの2人から殺意があふれ出している。
 もし殺意というものに実体があったら、この辺りは洪水になっているだろう。

「再現魔法よ。例えば、こんなのはどうかしら?」

 キャンゼルが魔術式をくみ上げると、何もない空間から花束が出てきた。

「ふふ、素敵でしょ」

 花のいい香りが漂ってくる。本物の花のようだ。

「どうなっているの?」
「あたしの記憶にあるものを再現しているの。でもあたしが知らないことまでは再現できないのよね。それに長期間は留めておけないの」

 ――……この女が馬鹿でよかった……

 使いようによってはその魔術は恐ろしいことになりかねない。
 例えば以前人類の半分以上を殺したと言われる病原菌なんかを作り出せたら、今度こそ人類が滅びてしまうかもしれない。
 使い道によっては……というところだがどう使ったものか。それに信用できるのか? 寝首をかかれないとも限らない。

「僕を裏切らないっていう確証がほしい」
「用心深いのね。なら、あたしに裏切れないように魔術式を組み込んだらいいわ。あたし、あんたの難しい魔術式全然わかんないもん。あたしは元々そんないい家柄の魔女でもないし、それにあたしの魔力であんたの術式を変えるのは無理よ」

 言われてみれば確かにそうかもしれない。
 しかし、本当は力を隠していてうまく寝首をかく気がないとも言い切れない。
 一つの判断ミスが命取りになりかねない状況だ。
 試しに有効な移動手段を聞いてみることにした。

「移動手段に困っているんだ。何かいい方法を知らない?」
「馬にしたら? あたしが手配してあげるわ」
「馬を使うなら、あなたは必要ないんじゃないの?」
「あんたねぇ……あたしが言っているのは、普通の馬じゃないわ。魔女が実験で作り出した移動用に特化したキメラ馬よ。それにあたしが手引きしないと手に入らないじゃない」
「……それを、あなたが作るってこと?」
「もうすでに作られているわ。それが一匹もいればあたしたち3人乗れると思うわよ」

 現状、徒歩での移動は現実的ではない。
 かといって別の移動方法が思いつくわけではない。
 でも倫理的に……と考え始めたが、もう倫理がどうとか言っていたら、いつになってもご主人様の元へと帰ることができないだろう。

「……解った。その代わり、拘束魔法を使わせてもらうよ。ガーネットもそれなら安心できるでしょ? まぁ、おかしなことをしようとしたら僕が殺すから安心して」

 僕はガーネットの方を見た。
 ガーネットは先ほどからずっと黙っていたが、再び彼を見ると顔が非常に険しくなっていた。
 この状況ではガーネットがキャンゼルを今にも殺しかねない。酷い怨嗟の感情をたぎらせているようだった。

「私はこんな訳の解らない魔女を連れて行くのは反対だ。昼間もお前に襲いかかったではないか。いくらお前が拘束魔法をかけていても信用ならない。第一こんな魔女がそもそも信用できるのか?」

 やはりガーネットは反対した。
「そうだよね」と僕も思う。そして改めてキャンゼルに向き直ると驚いた表情でガーネットを見つめていた。

「え……? この吸血鬼族こっちの言葉話せるの? しかも制約されてない吸血鬼族?」

 ――しまった……ガーネットに言いたい放題言わせてしまった

 魔女の制約なしでこっちにいる吸血鬼族だなんて知られたら、どうやってこっちに来たのかとか、面倒くさいことを根掘り葉掘り聞かれてしまう。

 ――そんな魔族がいるなんて魔女どもに知られたら……――

 他の魔女にバレる前に始末するか?
 そう考えた僕はキャンゼルに見えないように後ろ手に魔術式を構成し始めた。ガーネットとレインはそれに気づき、より一層警戒を強める。
 その矢先のこと。

「どうやってそんな風に仲良くなったのー? 魔族って何言っているのかわかんないし、それにその吸血鬼族こっちの言葉どうやって喋れるようになったの? ねぇねぇ教えてよ」

 目を輝かせてそうキャンゼルは言った。

 ――馬鹿でよかった……本当にこいつが馬鹿でよかった……

 と、僕は心底思い、構築していた魔術式を解く。
 この魔女は本当にアホだという妙な安心感を僕は得た。

「気安く話しかけるな魔女風情が!」
「ノーラだって魔女じゃない!」
「こいつはお前よりも多少はマシだ。魔女に指図されるのは腹が立つが、魔女である上に更にバカな奴に指図されるのはもっと腹が立つ」
「なんですって!?」

 魔女も全員酷いことをするとは限らないが、キャンゼルの場合はガーネットが嫌いな魔女の一派だろうから気を許せないのも解る。しかし、喧嘩をされると困ってしまう。
 その2人がずっと喧嘩しているのを、レインと一緒に見ていた。この先、気が思いやられるというレベルではない。

「ぼく、二人とも嫌い」

 そのあとキャンゼルがレインを発見した際に、大はしゃぎしてレインを怒らせたのは言うまでもない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...