24 / 191
第2章 絶対的な力
第23話 無慈悲
しおりを挟む【魔女の街】
土煙が消えると、街は跡形もなく消えていた。
……はずだったが、一人の魔女がノエルの魔術を打ち消した。
右に皮膚の爛れと、不釣り合いな白い翼が三枚ついている。
最高位魔女であり魔女の女王――――ゲルダだった。
ゲルダはその衝撃と強い魔力をまともに受けた影響でがっくりと膝をついた。
爛れがなかった方の手をかざしていたがそれも焼け爛れた。それはあまりにも酷い筆舌に尽くしがたいありさまだった。
そしてまるで禁断症状のように身体中震えている。蹲って自分の身体を抱きしめるようにしてうめき声をあげている。
暫くすると手の酷い火傷はみるみるうちに治りほぼ手の形としては元通りになった。しかし、手の平に酷い痣が残る。見るに堪えないほどのむごい痕だ。
「ゲ……ゲルダ様!」
そう呼んで駆け寄った魔女を、ゲルダがゆっくりと身体を起こして一瞥する。
冷や汗が絶え間なく噴き出しているようで、視点もゆらゆらと定まらない。めまいのような症状を抱えているのだろう。
ゲルダは今持てる力を振り絞り、渾身の力を込めてその魔女を叩いた。
「キャッ……!」
「この能無しども!!」
ゲルダは怒りにまかせて魔術式を構築し、その叩いた魔女に魔術をかけた。
たちまちその魔女は脚の方から肉が裂けて血が噴き出し、バラバラに端から千切れていく。
「きゃぁああああああッ!!!」
「やっと見つけたノエルを逃すなんて!! 何をやっているの!!?」
ゲルダが叱責をしている間にその魔女は見るも無残な姿に成り果て、血液という血液、肉という肉を撒き散らしバラバラになった。
もう聞いていない魔女に向かってゲルダは尚も罵声を浴びせている。
「ゲルダ、落ち着けよ」
半裸の男がゲルダをなだめようと近づく。
ゲルダは向き直るとその半裸の男にも平手打ちをした。
「クロエ、あなたは城から出るなって言っているでしょ? 私の言うことが聞けないの? ノエルに随分ご執心じゃないの!?」
クロエと呼ばれた半裸の男は叩かれた方の頬に触れた。
ゲルダの爪が少し引っかかったようでひっかき傷ができている。そこの部分に赤く痕が付いた。
「何すんだよ」
鋭い目つきでクロエがゲルダを睨み返すと、ゲルダはハッとしてクロエの頬に触れた。
「ごめんなさい可愛いクロエ……許してちょうだい。つい手を出してしまったの」
急にしおらしくなったゲルダをみて、周りの魔女は冷ややかな目でゲルダを睨む。その視線にゲルダは気づかない。
あとから来た魔女の一人がゲルダの近くでバラバラになっている魔女を見て駆け寄った。
かろうじて服だけが生前の彼女が誰であったのかを知らせる手がかりだった。
「エミリー!? エミリー!!」
バラバラの肉塊になったその魔女だったものをすくい上げて肉片を抱きしめる。駆け寄った魔女の服はすぐさまエミリーの血液で染まりあがる。
「エミリー……!」
泣き始めたその魔女を見て、ゲルダはクロエに手を回したまま冷ややかな目で見た。まるで害虫でも見るかのような冷たい眼差し。
「あら、ごめんなさいね。役に立たなすぎたものだからつい殺してしまったわ。これじゃシャーロットでも治せないわねぇ……アナベルにでも頼んでみたら? まぁ、歩く屍になっちゃうけど」
ゲルダがそう挑発すると、抵抗する気力もないその魔女はひたすらに泣き崩れた。
ゲルダは途端に力尽きたように息を荒くし始めた。
「無理して城から出るからだ……早く戻った方がいい。処置をしないと悪化するぞ」
クロエがそう言うと、ゲルダは弱々しく微笑んだ。
「ありがとう……クロエは優しいのね。城まで……はぁ……はぁ……運んで頂戴……」
「あぁ……」
こんな死にぞこないですら、周りの魔女やクロエも殺せはしない。
翼がある以上、物凄い治癒能力で回復してしまう。その場にいる魔女たちはそれをよく知っていた。
ゲルダにもたれられているクロエは、ノエルの去った方向を見つめた。
彼は赤い髪の毛を思い出す。
いつか必ず俺のものにしてやろうと。
◆◆◆
【ノエル一行】
家に帰るとご主人様は元気に僕を迎えてくれた。僕はご主人様の顔を見るとすっかり安心して緊張の糸が途切れた。
苦しかったことも全て嘘のように感じる。
「俺はもう治った。町の医者が俺を治してくれた。もうなんともない」
ご主人様、お身体よくなられたんですね。
良かった。
実は僕失敗しちゃったんです。
見つけるところまではいけたんですけど、どうしても手に入れることができなくて。どんな顔してあなたに会えばいいのかずっと考えていました。
それに僕、悪いこともしちゃいました。
でもよかった。
もう身体がよくなられたなら心配ないですね。
「俺はもうどこへでも行ける」
え……?
ご主人様どちらに行かれるのですか?
家の中からどこからともなく女の人が出てくる。
その女の人は誰ですか?
「俺はこの女と生活するんだ。もうお前はいらない」
え…………?
嫌です……捨てないでください……ずっとそばに置いてください。
奴隷でいいですから。なんでもしますから。
ご主人様……――――!!
「おい、起きろ!」
ハッ……と、僕は汗びっしょりになって目が覚めた。それが夢だったと気づくまでに数秒の時間が経過する。
夢だと解った後は僕は額に手を当てながら汗を拭き、息を深く吐き出した。
――なんて酷い夢なんだ…………
ガーネットが怪訝な顔で僕の顔を覗き込んでくる。少し目を合わせた後に僕は視線を外した。
辺りを見回すと、もうすっかり夜もあけて明るくなっていた。
日が上ったばかりくらいだろうか。
レインは僕の隣で眠っていた。馬も傷がまだ癒えていないのだろう。もう動けないといった様子でぐったりしている。
「町の近くについたぞ。お前、酷くうなされていたが……」
「うん、ありがとうガーネット……っつう……」
「……っ……お前の身体の痛み…………酷いな」
ガーネットは僕の身体の痛みや疲労感を感じているようだった。
それはもう酷い痛みと疲労感だった。
翼をしまわないといけないのに……魔術式を構築する気力がない。このままでは町に入れなかった。
僕は無理やり魔術式を構築して身体に翼を戻した。
翼を出した衝撃で服に穴が空いてしまった。縫わないといけない。もらった先生の顔が頭に浮かぶが、すぐさまそれは消え去る。
動くたびに激痛が走り、まともに動くことができない。
――今日はここで一日明かそうか……でもご主人様に早く会いたい。倒れていないか心配だし……
僕はそこまで考えてさっきの夢を思い出した。
――身体がよくなったら、ご主人様は僕の事必要なくなっちゃうのかな…………
僕は何とか町に向かって歩き出した。よろよろとしてまっすぐに歩けない。
馬の身体の様子を見た。やはり無理な負荷を強いられているようで、身体中ボロボロになっていた。
「ごめんな……傷が酷い……ここで待っていて」
馬は僕の言葉が解るのか、大人しくしていた。
僕は薬草の袋からわずかながらの薬草を出して馬の脚にはりつけた。
魔術をもう使える気がしない。
それでも痛みを我慢して構築することができる底なしの魔力が自分でも疎ましい。
「おい、下手に動くな。私まで痛いだろう」
「……ガーネット、僕の血飲んで」
僕は自分の腕を差し出した。ガーネットは一瞬戸惑う様子を見せたが腕に咬みついて僕の血を飲む。
もう身体中が痛い為、腕のその外傷の痛みなど大して気に止まらない。
身体の痛みはみるみる内にひいた。
道具のように彼を使いたくはないが、状況が状況だったので仕方がなかった。同時に僕とガーネットの腕の怪我も完治する。
これならご主人様の家に戻ることもできる。
しかし、このままこの子たちを置いていくわけにもいかない。
「ガーネットはレインと馬を見ていて」
「どこへ行く?」
「ご主人様のところに」
「ふん……そうだったな。こんな死ぬような思いをして収穫もなく、やっとの思いで帰ってきたのはソイツの為だったな」
「……悪かったよ。こんなことに付き合わせたくはなかったけど、でも――」
「やかましい。さっさといけ」
ガーネットはハエでもはらうように僕を追いやった。冷たい言い方だったが彼なりの気遣いだろう。疲弊している僕は怒る気力もなければ、感謝をする気力も残っていなかったので、黙ってガーネットに背を向けて歩き始める。
帰ってきたんだ。
ずっと帰ってきたかった場所。
僕の唯一の存在しても許される場所。
ご主人様もきっと僕のこと待っていてくれているはずだ。
――早く声が聴きたい。髪に触れたい。僕に触れてほしい……
そんな思いで僕はご主人様の家の前まで戻ってきた。
ご主人様の家までの道を一歩一歩懸命に足を前に出して歩く。
そして期待を胸に扉を開けた。
「……!」
その景色に僕は言葉を失う。目を見開いてその光景を脳裏に焼き付けた。
焼きつけたくもないソレから目を離すことはできなかった。
半裸のご主人様が他の女に口づけをしているところだ。
僕は硬直した。
少しも動くことは出来なかった。
扉の開く音を聞いたご主人様は、ゆっくりと僕の方を見た。少し驚いたような顔をしたが、 すぐにいつも通りの顔に戻る。
無機質な冷たい目だ。
「……今取り込み中だから、外していろ」
無慈悲な言葉で僕は鋭く貫かれた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる