罪状は【零】

毒の徒華

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第2章 絶対的な力

第24話 すれ違い

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 絶望だ。

 何の希望もないような気がした。
 いや、僕には最初から何もない。

 ――何もなかったんだ……

 刺すような日差しの熱さに咎められているような、木々の葉が覆いかぶさり事実を隠そうとしているような、敗れている服から全て僕の感情までも見透かされるような気がした。

 あらゆる世界がすべて僕を孤立させているような気がした。

 少しでも僕のこと待っていてくれているだろうなんて、希望的観測をした。
 それに沿わなかったからって僕は何も言わずに背を向けて飛び出してきてしまった。
 なんて愚かなことをしてしまったのかと冷静になれば後悔が列をなす。
 しかし僕は微塵にも冷静でなどいられなかった。

 ――酷い。帰ってきたのに、そんな扱い。ずっと会いたかったのは僕だけだったのか……

 死ぬ可能性だってあった。
 ご主人様もそれを承知だったからこそ、僕が出て行くのをかなり渋ったのだ。
 いくら吸血鬼族が僕を守るとはいえ、そんなこと気休めにしかならないと解っていたはずだ。
 普通の人間だったらもう二度と帰ってこられない可能性のほうが高かった。

 ――命からがら帰ってきたのに……

 そう思う僕は勝手だろうか。

 僕はもやもやした気持ちのままうずくまって泣いていた。
 泣いたところで事態が好転するわけでもないことくらい、僕は理解しているのに。理論では片づけられない悲しみが僕を冷静ではいられなくする。
 しばらく僕はそのまま動けないでいた。

「おい」

 時間がどれほど過ぎたのだろうか。
 その声が後方から聞こえた。
 ふり返るまでもなく、ガーネットがそこにいるのは解った。その声がご主人様のものではないと解ると、物凄くがっかりした。

「………………なんで来たの。レインたちを見ていてって言ったじゃない」
「お前と離れすぎると私が苦しくなるということを忘れたのか」

 僕がボソボソと文句を言うと、ガーネットは少し苛立ったような口調でそう答えた。確かにそうだった。
 最近はずっと一緒にいたし、契約上僕の方が優位だから忘れてしまっていた。
 一番の要因はご主人様のことで頭がいっぱいだったせいだ。

 ここはガーネットと初めて座って話したあの場所だった。
 ガーネットに涙を見せたくなかったけれど、でも僕は悲しみに押しつぶされそうな中、僕は涙を流すしかなかった。

「何を泣いている」

 少し呆れが混じる声で、ガーネットは訪ねてくる。

「……なんでもないよ」

 子供のように拗ねてそう言う僕の隣に、やれやれと言わんばかりにガーネットが座る。
 ローブで顔を隠し気味ではあったけれど、彼の傷だらけの顔は美しく、金色の髪が風に揺れると赤い瞳が見え隠れする。
 漠然と彼に視線を向けた後にそんなことを考えるが、実際頭の中はまだ混乱しており冷静とは言えない。
 どうしたらいいのか解らない。
 ご主人様のことを見失ったら、僕はもうどうしたらいいか解らない。

 この先は?
 これから僕はどうやって生きていけばいい?

 魔女の寿命でこれから先、ガーネットと二人で何をしたらいいのだろう。
 先の見えない不安に押しつぶされそうになり、恐怖感でより一層震えが止まらない。

「……なぜあの裏切った魔女を殺さなかった?」

 僕の様子を他所に、ガーネットは僕に疑問をぶつけてくる。
 無視をするのは簡単だったが、僕はやっとの思いでその質問に答えた。

「…………別に、殺す必要がなかったから」
「なぜ人間や馬に薬草を与えた? なぜあの龍の世話を焼く? どうしてお前はあれほどの力がありながら、それを使おうとしない?」

 質問攻めにしてくる彼の質問に答えるのは全く気乗りしなかったが、黙って泣いていても状況が好転するわけもないことくらいは僕は解っていたので、それに答えようとした。

 本当はこんな力、ほしくなかったのに。

 結局この堂々巡りだ。
 どんな答えをしたらガーネットは納得してくれるのだろうか。

「僕は、虐げられる気持ちを知っている……無意味に略奪され、蹂躙される苦しみを知ってる……」

 ぽつりぽつりと話始める。

「だからなんだ? 強い者が略奪するのは当然のことだろう?」
「――――なら、僕はガーネットから何もかもを奪いつくしてもいいの?」

 涙で濡れた目で、僕はガーネットの方を見た。
 ガーネットは「私に勝てるとでも思っているのか?」とは、言わなかった。
 あれほどの魔術を見て、力の差が解らない程、彼はバカではない。

「僕なら、いくらでも略奪できる。呼吸をするように全てを破壊できる……でも……」

 僕は木々のざわめきに耳を澄ませた。
 土の香りを感じた。
 生暖かい空気を吸い込んだ。

「……僕は、ガーネットから略奪するより、ガーネットとこうして話して解り合いたい。力がすべてなんかじゃない。それじゃ、いつまでも一人ぼっちだ。僕がほしいものは、力を誇示しても手に入らない」

 そう言うと、ガーネットは神妙な表情をしていた。

「あの男のことか? ……お前とあれは住む世界が違う。変に情を移すのは愚かだろう。力を誇示しなくても、お前がほしいものは手に入らない」
「…………」
「お前はもう縋るものがないから、あの男に依存しているだけだ」
「違う……そんなことは……」
「では、あれではなければならない理由を言ってみろ」
「それは……――」

 僕は、口をつぐんだ。

 言えなかった。
 その質問に対して明確に答えられなかった。

 何故と問われると答えられない。具体的な理由なんて解らない。
 なんと答えたからいいか解らずに黙ってしまう。

「なんだよ、俺のどこが好きなのか言えないのか?」

 その声が聞こえた時、僕は身体を震わせた。
 声のした方を向くと当然ご主人様がいた。 
 どうして僕の居場所が解ったんだろう。
 それよりも、どこから聞かれていたのかという焦りで混乱していた。

 ――――僕が魔女だってこと……聞いていた?

 どうしよう、早く何か言わなければ。
 そう思うほど僕は口から何の言葉も出てこない。

「ご主人様……」
「やっと帰ってきたと思ったら、なんだよその態度」

 不機嫌な様子でご主人様が僕のほうに近づいてくる。
 僕は慌てて立ち上がる。
 僕の隣にいるガーネットとご主人様は、互いに目を合わせると睨み合いになった。

「ずいぶんとその吸血鬼と仲睦まじいな? 俺からその魔族に乗り換えたってわけか? 本当に節操がないな、お前は」
「違います!」

 僕は必死にご主人様を説得しようとした。
 その僕の声の豹変を感じ取ったガーネットは立ち上がり、僕らに背を向ける。

「ちっ……好きにしろ」

 そういって赤い眼の吸血鬼は山の木々の中に消えていった。
 ガーネットの言っていたことが頭にちらつく。
 相容れない存在なのだから……情を映すのは愚かだということも……解っている。

「ごめんなさいご主人様……その……お取り込み中に……」
「お前が謝るのはそこじゃねぇだろ」
「…………」
「なんだ? なんで謝るのか解らないのか?」

 こういうとき、いつも困ってしまう。
 僕は何が悪かったのか解らなくて。でもご主人様は怒っている。
 僕は目を泳がせた。視界に入ってくるのは草木の緑と、ご主人様の服、白い肌、眩しい光。この場所で唯一右往左往としているのは僕だけだ。

「……ごめんなさい。解りません」

 ご主人様が乱暴に僕の長い髪を引っ張って引き寄せた。
 痛みで僕の顔は少し歪む。

「お前、そのボロボロの服はなんだよ。あの男に身体を許したのか?」

 僕の着ている服は、左側の部分が大きく破れて僕の白い肌と、翼を隠している部分の模様が露わになっている。

「そんなわけないじゃないですか!」

 こんな格好でそう言っても、何の説得力もないことは解っていた。
 ご主人様は僕を突き飛ばす。もちろんそのまま僕は後ろにあった木に背中を打ち付ける。
 あまりにも無慈悲な痛みで僕の感情を塞き止めていたものが壊れた。

 こんなに頑張ったのに……――――と僕は思った。

 少しくらいねぎらってくれてもいいのに、と。
 ずっと自分を保って、ひた隠しに隠していたものがドロドロとあふれ出す。
 身体が少しでもよくなったらと思って命がけで町を出た。なのに結局このありさまだ。

「ご主人様は……僕のこと何も解ってくださらないのですね」

 口に出した瞬間、また涙が溢れてきた。
 そして、泣きながら彼のお顔を見た瞬間、僕は後悔した。

 ご主人様は今までに見た事のないような表情で凍り付いていた。
 驚いたように目を見開いて、凍てついて瞬きさえすることを忘れている様だった。
 端的に言うのなら、傷ついているような表情でもあった。
 そんな傷ついたような彼の顔を僕は見たくなかった。そんなお顔してほしくなかったのに、僕は感情を抑えることができずに口に出してしまった。
 僕が瞬時に後悔して謝ろうとして口を開いたが、それよりも彼は早く僕に言い放った。

「解ってないのはお前だろ。もういい、好きにしろ。もうお前は俺の奴隷でも何でもない。勝手にしやがれ。顔も見たくない」

 そうして僕は置き去りにされた。
 誰もいない、静かな静かな森の中に。


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