罪状は【零】

毒の徒華

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第2章 絶対的な力

第27話 断罪

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【魔女の街】

 ゲルダは大きな天蓋付きのベッドに横たわっていた。
 身体の痛々しい爛れと、不釣り合いな背中の翼がビクビクと痙攣けいれんしている。
 付け根はグロテスクにゲルダの皮膚を侵食し、突き刺さるように生えている。

「あぁああ……あぁっ……!」

 翼が脈打つたびにゲルダには激痛が走り、言葉にならないうめき声が漏れる。
 痛みでゲルダは動けない。
 しかし、制御の利かない彼女は四方八方魔術式を構築し、それを放って暴走していた。
 部屋には再生の術式が構築されており、たちどころに再生した。
 再生と破壊を繰り返し続ける。

「はぁ……はぁ……ッ!」

 爪でベッドのシーツを掴み、それを引きちぎった。
 握った拳に自信の爪が突き刺さり、出血したがすぐにその傷は塞がった。
 やっとその発作が落ち着いたころ、ゲルダは苦しみから解き放たれて少しばかり夢の世界に落ちていった。



 ◆◆◆



【100年前】

「きたねぇんだよ! このブス!」

 少年たちの一人はボサボサの黒い髪の少女を突き飛ばした。
 ボロボロの服を着ている少女は、倒れるときに服を飛び出ている釘にひっかけてしまい、ビリビリと服が無残に破けてしまった。
 ゲルダは少年を見る事さえできず、おどおどと怯え、泣いていた。

「おいブス、みっともねぇところ見せんなよ! 貧乏なくせに!」
「うっ……わぁあああぁ……ぁああぁあ……」
「泣くなよブス!」

 次々と罵声を浴びせて少女を足蹴にし、少女がもっていたつぎはぎだらけの人形を引きちぎった。
 中から少量の綿が飛び出してしまう。
 それを見ると少年たちは指をさしてゲラゲラと笑った。少女の履いていた粗末な靴を取り上げて裸足にしてしまう。
 泣き続けている少女を見て満足したら少年たちは飽きたようで、千切れた人形だけをその辺りに捨てて走って消えてしまった。
 彼女の靴は少年たちが持って行ってしまったようだ。

「うっ……うぅ……ッ……」

 泣きながら少女は立ち上がり、歩き出した。
 服の破れた部分を懸命に片手で押さえながら、もう片方の手でちぎれた人形を持って。

 誰も少女を気にかけなかった。
 泣きながら歩いている少女を時折笑いながら指をさして笑った。
 冷たい街だ。
 靴を履いていない少女は、足の裏を傷だらけにして歩いていた。傷がついていることは解っていたが、それよりも少女がツライと感じていたのは凍てつくような寒さと冷たさだ。

 足の感覚がもうない。
 皮膚が赤くなって霜焼けになっている。
 泣きながらやっとの思いで家に帰ると、母親が料理を作っている後姿が見えた。
 母親もみすぼらしい恰好をしている。
 扉が開く音に気付いて、少女の母親は少女の方をチラリと振り返った。

「おかえりなさ……ゲルダ!? どうしたの!?」

 持っていた包丁を投げ出して、慌てて少女に駆け寄った。
 ゲルダと呼ばれた少女は泣き腫らした目を懸命にこすりながら、首を横に振った。

「酷いわ……服が破れてる……それに人形も……靴がないわ。まさか靴もなしにここまで歩いてきたの?」

 母親のその質問攻めに、再び少女は泣き出した。
 母は黙って少女を抱きしめ、涙を浮かべた。

 その頃は、魔女にとって地獄でしかなかった。
 魔女と解れば拷問され、否応なしに殺される。
 火あぶりにされて、魔女なら死なないはずだとかいう暴論を人間は残酷に執行した。魔女は人間に怯えてビクビク暮らしていた。

「なんだこのマズイ飯は!?」

 パン!

 母をはたく義父をいつもゲルダは見て怯えていた。

「ごめんなさい、そのくらいしか作れなくて……」
「俺の稼ぎじゃ暮らせないってのか!?」

 義父からの暴力は、母を打ち付ける嵐のように打ちのめした。
 その暴力はゲルダにも及んだ。
 助けを求める声を出すことすら許されなかった。
 母親は自分を庇ってくれなかった。
 ひたすらその嵐が過ぎるのを待つばかりだ。

 それでも母は決まってゲルダに泣きながらこう言う。

「いい? 魔術は人間の前で使ったらいけないの。今をこえれば、もっといい暮らしができるわ」

 その『もっといい暮らし』がいつくるのか、ゲルダにはいつも解らなかった。

 魔女だけの秘密の集会がこの頃開かれるようになった。
 人間の支配に疑問をもった魔女たちは、人間に反旗をひるがえすために準備を進めているらしい。
 しかし幼いゲルダには何もかもが恐怖でしかなかった。
 人間も、魔女も、母も誰も守ってくれない。
 希望のない毎日だった。
 毎日毎日、何のために生きてるのか、生きていることとはなんなのか、何故自分がこんなにもつらい思いをしなければならないのか。
 考えても答えの出てこない堂々巡りを繰り返す。人間に生まれても、魔女に生まれても、結局不幸なものは変わりない。

 そんなゲルダの唯一の心の支えは、同い年のルナという名前の幼い魔女。

「ゲルダ、酷い傷……どうしたの?」
「……人間にされた」
「酷いわ……こんなに……」
「いいの。慣れてるわ」
「そんなことに慣れたら駄目よ!」

 いつも励ましてくれる唯一のゲルダの友達だった。
 比較的裕福な家の魔女で、綺麗に着飾っていてゲルダとは正反対だ。
 明るい鮮やかな赤い髪を短く切ってまとめており、手入れが行き届いている。

「ごめんなさい、治癒魔術は使えないの……」
「知ってるわ。私は大丈夫。それに魔術は禁止されてるでしょう?」

 子供らしからぬ諦めがその言葉に混じっていた。
 ルナはそのゲルダの様子を見て涙を浮かべて泣きはじめてしまう。
 ゲルダはルナが泣いているのを見て、堪えきれずに泣き出してしまった。

 ――あぁ、いつまでこんな地獄が続くのだろう……

 ゲルダのその感嘆は、さらに深い闇へと彼女を誘っていく。

 冬が終わり、春が来ても生活は変わることがなかった。
 人間が何人も集まり、公開処刑をしている大広間がある。
 処刑台は首を固定する器具がついており、その器具の上には数十キロはあろうかという鋭い刃がついている。
 その刃を吊っている心許こころもとない紐を切ると刃が落ち、罪人の首も落ちるという仕組みだ。
 毎日毎日、誰かがここで処刑されている。
 それはどんな微罪な罪であってもだ。

「この者は大罪を犯した! 相手が婚姻していると知りながら相手と関係を持った! ふしだらな者には死を与える!!」

 大声でがなり散らしているのはこの街の最高執行官であり、同時に裁判官だ。
 顔の見えない兜をつけた傭兵が『罪人』を二人係で羽交い締めにして頭を打ち首台に押さえつけて拘束した。
 その『罪人』は若い女で、白いドレスを着ていたが、引きずられたのかその白いドレスはところどころ土色に汚れている。

「いやぁああああああっ!!! 殺さないで!! お願いよ!」

 泣きながらそう訴えている。当然だ、あと数分もしないうちに自分の頭と身体が分離してしまうのだから。

「助けて! ねぇ、離婚してあたしと一緒になってくれるって言ったじゃない!?」

 そう誰かを見つめて潰れた声で叫び散らす。
 女が見つめていた男は被っている帽子を深々とかぶり直し、視線を逸らした。
 まるで自分には関係のないようなそぶりの男を見て、打ち首台に拘束された女は声を失った。

 そうだ。
 最初からこうなると解っていた。
 誰しもが。

 唯一知らなかったのは打ち首台の女だけだ。

「色欲の罪の元、この者を打ち首とする!!!」

 ゲルダは刃を吊っている紐に向かって剣が振り下ろされた瞬間に目を背けた。
 歓声があがり、同時に笑い声も聞こえた。
 幼いゲルダには、それがどれ程の罪なのかわからなかった。
 あの女性は泣き叫びながら絶望し、そして首を落とされなければならないほどの悪いことをした『罪人』なのだろうか。
 そして、周りの人間がどうして嬉々として笑っているのかも理解できなかった。

「ねぇ、ゲルダ。どうして人間はあんなに同じ人間を殺すのかな……?」
「……『罪人』はもう彼らにとって同じ人間じゃないのよ」
「罪人? それは誰が決めるの?」
「あの最高裁判官でしょう?」
「どうして? ただの人間よ?」
「私にも解らない」

 喧騒のない街から外れた草原で、ルナは花を摘んでそれをかんむりにしてゲルダに被せた。
 ゲルダの顔にかかっている髪をそっとルナは分ける。いつもアザや傷だらけの顔だが、それでも元の顔は整っており、黒髪から覗く青い目は僅かな光を反射して輝くと宝石のようだった。

「似合ってる」

 いたずらっぽくルナがそう言うと、ゲルダはぎこちなく笑った。
 風がそよぐと摘んだ白い花の甘い香りが微かにしたような気がした。

「ルナ……私と、ずっと友達でいてね……?」
「もちろんよ」

 ゲルダはホッとしたように、安堵の笑顔をルナに向けた。
 ずっとこれが続けばいいと思った。
 永遠にルナと一緒にいたいとゲルダは強く願った。

 ある日、ゲルダは部屋の外で蜘蛛が巣をはっていつの間にか住み着いていたのを見つけた。
 その蜘蛛は何日も何日もそのままそこに居続けたが、餌はいつまでたってもかからないようで日に日に弱っていってるのがゲルダには解った。
 何日か経った後、不意に一匹の蝶がそこにかかり、蜘蛛はそれを食べようと懸命に糸を巻き付けているようだった。
 その様子をじっと見つめていると、一羽の鳥が現れてその蜘蛛をついばみ、あっという間に飛び去ってしまった。
 それを見たゲルダは気づく。
 この世は強い者が絶対だということを。魔女は本来、人間に媚びるべきじゃない。
 この世を支配するのは人間じゃない。

 魔女だと。



 ◆◆◆



【現在】

 ゲルダが悪夢から覚めると、そこもまた悪夢であった。
 翼の付け根が焼けるように痛み、焼けるように痛んだと思ったら抉られるように痛み、痛みに耐え続けなければならなかった。
 はすでに、狂気に支配されていた。
 痛み止めなどは意味を成さず、唯一効果があるのはシャーロットの治癒魔術のみ。

「あぁああああっ……」

 翼はゲルダの意思とは関係なく、バサバサと羽ばたいた。その翼が動くたびにゲルダは突き刺されるような鋭い痛みでうめき声をあげる。

「もうすぐ……、完全な力が手に入る……もうすぐよ……」

 誰もいない部屋で、ゲルダはそう自分に言い聞かせた。


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