罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第29話 嫉妬の愛情

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 僕は再び冷たい床に身体を投げ出した。

 動くのも億劫だ。
 考えることもろくにできない。
 何もしたくない。
 完全に無気力だった。

 そんな僕の元に、足音が近づいてくるのが解った。
 檻の前に現れたのはリサだ。よく暇なときは僕の檻の前にきていつも一方的に話している。
 僕はいつも黙って聞いているだけだった。

「ねぇ、そろそろあたしのものになってよ。あたし、の技術は保証するわよ」

 リサの話はいつも何を言っているのか解らない。

「ノエルは拷問されているときしか声を出さないのね。あたしはあなたの味方なのよ? ねぇ、たまには声をきかせて? あなたのお願いなら、ある程度聞いてあげるわよ?」

 別にお願いなんてなかった。
 鎖の冷たい感触だけが僕にとっては現実だった。

「それにしても交配実験なんて……あなた、酷い目にあわされるわよ? まだ魔女としても子供くらいなのに」

 コウハイがなんなのか、聞いておかないといけないような気もした。
 これからなにをされるのかなんて僕には興味のないことだったけれど、僕のことだけではなく、吸血鬼族のこともあった為、僕は重い口をなんとか開き、声を出した。

「コウハイって……なに?」

 実験のときに叫ぶ声で喉が潰れてしまっているのか、声は酷くかすれていることに気が付いた。

「!」

 リサは驚いたようで目を大きく見開いて僕の方を見た。

「やっとあたしと話してくれた! 嬉しいわノエル!」

 僕の質問を無視してリサは目を輝かせて僕の方を見ている。僕は再びやっとの思いで内を開いた。

「……答えて」

 歓喜に震えるリサを他所に、僕は冷静に質問をした。

「交配っていうのは、子供を作るってことよ」
「子供……? 血を混ぜると子供ができるの……?」
「血を混ぜる……? まぁ、間違ってないというか……」

 リサはニヤリと笑いながら僕の方を再び舐めるように見つめた。

「でもあんな吸血鬼の子供なんてあなたに相応しくないわ。あなたに相応しいのはあたしよ。ねぇ、あたしのものになるならここから出してあげるわ。あたしとここから出て二人で暮らしましょう?」
「……あの吸血鬼はどうなるの?」
「吸血鬼? あぁ、アレね。苦労して捕まえたみたいだし、しばらく実験で使われるんじゃないの?」

 実験に使われるという言葉を聞いて、僕は自分がされたことを思い出した。
 殺される寸前まで痛めつけられ、内臓を抉りだされ、皮膚を剥がれ、炎で炙られ、翼の羽をむしられ、そのたびに僕は治癒魔術で再生させられた。
 それをまだ若い彼が体験するかと思うと、僕は壊れていない少しの心が痛んだ気がした。

「…………助けてあげて」

 かすれた声でリサにそう懇願すると、リサは先ほどまでの歓喜の表情が急に曇る。

「……どうして?」

 リサの声色が急に変わった。
 まるで怒っているような声だった。

「あたしに対しては全然興味なさそうなのに、あんな吸血鬼のことが気になるの!?」

 ガシャン!

 檻の格子をねじ切らんばかりの力で掴み、僕に対してまくし立てる。
 急な豹変ぶりに僕は恐怖すら感じた。

「許さないわ。あんなものに心を砕くなんて!」

 リサは怒った様子で僕の檻から離れていった。
 僕は一時的に訪れたその安堵に包まれ、冷たい床に横たわり眠ろうとした。子供ができるなんて言われても、何もピンとこないが大きな実験なのだろう。
 しかし、どうしてあんなにリサは嫌がっていたのだろうか。
 そんなことを考えていた矢先、すさまじい叫び声で僕は目を覚ました。
 女の声ではない。
 男の声だ。

 ――さっきの吸血鬼の……?

 僕は鎖に動きを制限されながらもジャラジャラと前へ進もうとした。
 その最中、またすさまじい叫び声と魔女たちの声が聞こえた。

「リサ! それは実験に使うのよ! やめなさい!」
「うるさい! あたしに指図しないで!」

 その言葉で、僕は自分のせいで彼が酷い目になっていると解った。
 力を使うのは拘束魔術で抑えられている。
 僕は身が千切れるような痛みを感じたが拘束魔術を破壊した。僕の身体に巻いている鎖も、拘束衣もボロボロと僕から零れ落ちた。
 ほぼ裸同然になってしまったが、それに構っている場合ではなく僕は叫び声のする方へ走り、その光景を目に焼き付けた。
 そこに見えたのは大量の血だった。
 吸血鬼族の身体からとめどなく血が溢れだし、辺り一帯が血の海になってしまっている。
 それを見た僕はざわざわと自分の胸の中にどす黒い感情が巣食ったのを感じた。
 ゆっくりとその吸血鬼に歩いて寄って行く僕に気づいた魔女は、僕を見るなり恐怖に叫び声を上げた。

「きゃあああああああ! ノエルがッ……!!」

 気づいていなかった魔女たちも一斉に僕の方を見る。
 その表情はどれもこれも恐怖に歪んでいた。
 僕はそのとき思い出した。
 母さんや父さんが殺された血の海、育ててくれた翼人が殺されたときの血の海。
 そこで僕の恐怖感や酷い憎悪を思い出す。

「なにやってんのよ! 早く拘束して! できなければ殺しなさい!」

 誰かがそう叫ぶと全員が魔術式を構築した。
 あらゆる魔術が僕を目掛けて飛んでくるが、僕はそれを一なぎで一掃した。その衝撃で魔術と魔女と同じく屋根までもが一瞬で破壊され、吹き飛び、崩壊する。
 すさまじい音が城中に響き渡っただろう。

「うぅ……」

 僕が近寄ると吸血鬼はまだ生きていた。

「……――――して……」
「……」
「……ろ…………て…………」
「………………」

 血まみれの吸血鬼は、僕に消えそうな声でそう求めてくる。

「た……の…………む…………」

 涙がにじんで視界が歪んだ。
 僕が首を横に振って嫌だと意思を伝えると、吸血鬼も涙を流す。美しい青い瞳をしており、そこからあふれる涙がやけに美しく見えた。

「ノエルゥウウウウ!! あたしを差し置いてどうしてそんなヤツ気にするのよ!」

 先ほどの衝撃を耐えきったリサとロゼッタが残っていたようだ。
 吹き曝しになってしまった為、外の風が土煙を払い二人の姿を明確に映し出した。
 嫉妬心をむき出しにして僕にそう怒鳴っているリサの表情は、服に似つかわしくないまるで童話に出てくる鬼のような表情であった。
 リサが手に持っていた鞭を僕と後ろの吸血鬼に向けて振るう。

 バチン!!!

 まるで抉られるような痛みが僕の左肩に走った。
 あまりの痛みに僕はそのままうずくまって、打たれた肩を押さえた。触れるとぬるりとした感触がして、出血しているということを理解する。

「ノエル、どうして解ってくれないの? あたしはあなたを愛しているの。あなたを救えるのはあたしだけなのよ!?」

 バチン! バチンバチン!!

 音がするのと同時に身体中、先ほどの抉られる痛みが身体に走る。
 痛みで魔術式の構築に集中できない。
 暫くして鞭の猛攻が収まると、僕はいつも通り血まみれになっていた。僕の身体中にできた傷から血液が滲み、服もボロボロに裂けてしまっている。

「はぁ……はぁ……」

 リサが息を切らしている中、ロゼッタが僕の方にゆっくりと近づいてきた。
 僕を拘束する為だろうか、それとも後ろの吸血鬼の生死を確認する為だろうか。痛みに耐え続ける思考の裏側で冷静に僕はそう考える。

 ――もうだめだ。痛い……

 自分の身体を抱きしめてうずくまって恐怖や痛みに耐えようと、心を再び閉ざそうとした。

 ――こんな現実、なくなってしまえばいいのに……

 そう考えている矢先、ロゼッタが僕の真隣に立った。
 それすらも心を閉ざそうとしている僕にはどうでもいいことだった。

 しかし――――

 シャッ……!

「……きゃっ!?」

 何か空気を切るような音と、ロゼッタの悲鳴が聞こえて僕は顔をあげた。
 すると後ろで死にかけていた吸血鬼が鋭い爪でロゼッタの腕をひっかいたようだった。

「……………僕に……触る……な…………はぁ……はぁ……」

 吸血鬼はゼイゼイと息を切らしながらも、なんとか立ち上がって魔女と向かい合う。
 その様子をみて僕は戸惑った。

 ――どうしてこんな状況で立ち向かおうとするの……?

「死にぞこないの吸血鬼が!!」

 ロゼッタが水の魔術式を組み、それを吸血鬼に向けて放つ。
 水の刃が吸血鬼の首を落とすかと思われたが、それは叶わなかった。

「……?」

 僕が咄嗟にその水の刃を風の刃で弾き飛ばした。吸血鬼は僕の方を不思議そうな顔で見てくる。
 自分の隠している翼を解放すると、その白い三枚の翼は光を反射して輝いた。

「!」

 それをみた吸血鬼は驚いた表情をする。
 背を向けていたから僕はその様子は解らなかった。
 炎の魔術式で、辺り一帯を一掃しようと両手をリサとロゼッタに向ける。
 リサは悔しそうな表情を見せたが、背を向けて逃げ出した。
 ロゼッタは水の盾を構築し、防御体制に入る。
 僕が炎を撃つと、ロゼッタの水の防御壁はたちどころに蒸発し、ロゼッタは炎に包まれた。

「きゃぁあああっ!!」

 ふり返って吸血鬼の方を向くと、改めて見てもやはり酷い怪我でもう助からないことは明白だった。


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