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第3章 渇き
第33話 古の契約書
しおりを挟む「フルーレティ……」
怯えた様子で他の魔女に背中を突飛ばされるようにシャーロットが現れた。
「ロゼッタの治癒をノエルに見えるように行って」
シャーロットが僕の方を見ると、僕が構築している巨大な魔術式を見て震えあがった。
「大丈夫、あなたが治癒魔術の最高位魔女である証明ができれば、あれを撃っては来ないわ」
まるで解ったような口ぶりでそういうフルーレティに苛立ちを覚える。
「他の魔女がおかしな動きを少しでもしたら風穴が身体に無数にあくか……この世から一瞬で蒸発すると思え」
シャーロットは他に類を見ないほどの美しい魔術式を組み上げ、ロゼッタの切断された腕を片方、もう片方とくっつけた。
そして火傷の痕も、少しの痕は残ってしまったがほぼ綺麗に回復した。
「……目は治せないの……」
「あの傷はあなたが無意識にかけた呪いよ。治癒魔術では治せないの。自覚がないなんて恐ろしいわね」
「覚えていない」
「あなたが実験施設で暴れたときよ」
その言葉を聞いたとき、吸血鬼を無残に殺した魔女のことを思い出した。
青い瞳の吸血鬼。
「兄弟を助けて」と言っていたことも僕はリアルに思い出した。
こんなときに、僕はガーネットを助けた時のことを思いだしていた。
あの時は吸血鬼の言葉は忘れていたけれど、それでも僕の頭にはあの時の後悔があったのだろうか。
助けられなかった後悔が僕を契約させたのだろうか。
「ロ……ロゼッタ……大丈夫?」
シャーロットがロゼッタに状態を聞くと、ロゼッタは怒りを露わにした。
「余計なことを……! あたしをあの化け物を信用させるエサに使わないでよ!! フルーレティ!!!」
ロゼッタがフルーレティに手をかざし魔術式を構築しようとして、ロゼッタは完全に固まった。
フルーレティがすでに拘束系の魔術式を構築していたからだ。
あの次元の魔術式はかなりの高位の魔女。僕を施設で拘束していた魔女の一人なだけはある。
「生きていただけありがたいと思いなさい。あなたはそれくらいしか使い道がないのだから。見たでしょう。シャーロットは最高位の治癒魔術の使い手なのは解ったかしら」
「怪我が治せたからと言って、病気の治療ができるかどうか解らない」
しかも、何が原因なのか解らないご主人様の……――――
「なら、この町の住人で実験すればいい。重い病気にかかっている者はいる?」
僕は恐れおののいている町の住人に目をやった。
たしか……先生のところに通っていた重度の腎機能障害の患者が一人いたはずだ……内臓の病気だけじゃなくて他の疾患も全部治せるのを確認しなければ信用できない。
大切なご主人様を簡単に差し出すなんてこと、僕には出来なかった。
「腎機能障害や精神病を治してもらおうか。それからこの町の住人の疾患全てを治して見せてくれたら信用する」
僕がそう言うと、フルーレティは難しい表情を浮かべる。
「そんな時間のかかることはできないわ。精々三人が限度よ。外傷と違って身体の内部の病気の治療は時間がかかるのよ。こちらも交換条件を出しているのだから、少しは妥協なさい。私たちを皆殺しにしたらあなたの奴隷は永遠によくはならないわよ」
そんなことは解っている。
わかっていても、慎重にならざるを得ない。
ご主人様に酷い言葉を浴びせられるのではないかと思ったが、
それにご主人様をいつまでもガーネットと二人で閉じ込めておくわけにもいかない。
「解った……じゃあ三人。先生に選んでもらう。魔女がおかしな動きを少しでもしたら僕が作っている魔術式で一瞬で蒸発させてやるから」
僕は町の住人の近くに行った。
みんな僕のことを恐ろしいものを見るような目で見ている。
ようなという表現は適切じゃない。
僕を化け物だと思って見ていた、の間違いだ。
背中の翼、そして僕が構築している桁違いの魔術式。
高位の魔女が僕に交渉を持ちかけるほどの脅威だということだ。
「先生……ごめんなさい。この中から重症の患者を選んでください。魔女に治療させます」
先生は、先生にもらった服をボロボロにしてしまった僕のことを何とも言えない目で見ていた。
――ごめんなさい
心の中でそう謝った。
「ノエルちゃん……安全なのか?」
「……僕は大丈夫ですよ。おかしなマネをしたら僕が皆殺しにしますから」
こんな物騒なこと、言いたくなかったのに。
そう言うしかなかった。
先生は青ざめた目で見ていた。
先生も僕のことを得体のしれないような目で見ていることに、僕は絶望感を強める。
「みんな、騙していてごめん」
その呟きは謝罪とも、独白とも言えない言葉は空虚に飲まれて消えていった。
そして、先生が選んだ3人の患者の治療が始まった。
魔女も、町の人たちも、それに僕も異常な緊張感の中治療は行われたが、一番緊張していたのはおそらくシャーロットだろう。
30分後程に治療は滞りなく終わった。
後の先生の診察でも、見事に身体の機能が回復して異常のない状態になっていると先生は驚いていた。
現代でも原因のハッキリしていない統合失調症の患者も完治して、戸惑っている様だった。
治しようもないと悲観していた先生は、こんな形でなければ素直に喜んでいられただろう。
「これで解ったでしょう? 取引に応じる気になったかしら?」
フルーレティが僕にそう話しかけてくる。
「それで……いつ彼の治療を行ってくれるの?」
「そうね、あなたとその奴隷とで総本部の中で行うわ」
本部でなんて、無事に帰ってこられる保証なんてないと僕は眉をひそめて険しい顔をした。
「……無事に彼を逃がしてくれる保証がなければ従えない。僕が殺された後にここの町が魔女の手に堕ちるようなことがあったら困る。それじゃ意味がない」
「では魔女同士の制約を行いましょう。そうすればあなたが死んだ後も効力は残るでしょう。それでどうかしら」
昔、僕を育ててくれた翼人から教えてもらったことがある。
魔女同士の正式な契約は破ることができなくなるという魔術があったということを。
魔女同士の誓約を行えば、絶対にそれを裏切るようなことはできなくなる。
その魔術なら安心できるが、僕が裏切ったときも僕の命はない。
しかしその魔術は…………――――
「そんな古の誓約書をまだ持っているのか?」
その誓約書は普通の書面ではない。
特別な魔術によって誓約を結ぶ最古の魔術と言っても過言ではないものだ。
なにせ記入する用紙がただの紙ではないのだから。
「あるわ。滅多に使わないものだから、探すのに苦労したけれど、少し残数があったから」
フルーレティが誓約で使用する特別な布を渡してきた。
――……随分用意がいいな……
僕がこの取引に応じると思ってあらかじめ持ってきていたとしか考えられない。僕はその態度に対して気にくわない気持ちになった。
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