罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第41話 壊れる瞬間

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【ノエル 現在】

「ど、どどどど……どんな幻覚を見せて……い、いるの」
「んーん、そうねぇ。幻覚というよりは、過去の追体験かしら」
「どんな……か……かかかか……過去なの」
「キャンディスはそんなにこの魔女が気になる?」

 ドーラは色っぽくキャンディスに問いかけた。
 キャンディスはモジモジしながら目を左右にキョロキョロを動かし、なかなか話始められない様子だった。

「クロエが……こここここここ……この魔女のこと……ばかり……いいいいいいい、い…………言うから」
「はぁん……キャンディスはクロエが本当に大好きね?」

 ドーラとキャンディスは同時にノエルを見つめた。
 ドーラがうなだれているノエルの顔を無理やり持ち上げ、顔をよく観察する。

「クロエはノエルにご執心みたい。何か接点があったかしら? 確かに綺麗な顔をしているわ。肌も白くて綺麗」

 ドーラは舌なめずりしながらノエルを見る。

「クロエにはもったいないわ。あたしがもらっちゃおうかしら」
「そ、そそそ、それは……リサが絶対にゆ、ゆゆゆゆゆゆ…………許さないよ」
「あぁ……リサね……いたわねそんな魔女。今は地下で幽閉されているんでしょう? 行き過ぎた執着で暴走した嫉妬の罪の魔女……最近見ていないわ」

 ドーラは艶のある唇を少し歪めて微笑んだ。

「ふふふ、リサはもう出てこられないわ。せっかくの青い瞳の珍しい吸血鬼を殺すことになってしまったし、“あのとき”ノエルを暴走させた罪は、許されないわね」



 ◆◆◆



【19年前 ノエル三歳】

 僕がいつものように魔術式で遊んでいると、その日はなんだか母さんの様子がおかしいことに気が付いた。
 他は特別おかしいことなどない。
 いつも通りの殺風景な部屋。煉瓦れんが作りの硬い壁や、今は使われていない暖炉。花瓶に挿された花。床には長い毛の毛皮の敷物がある。
 僕はその手触りのいい毛をなにげなしに触りながら母さんの方を見ていた。

「母さん、どうしたの?」
「え…………いいえ、なんでもないわ。いらっしゃい」

 母さんの暖かい手で僕は抱きかかえられた。その腕は少し震えているような気がした。

「母さん……寒いの?」
「いいえ、寒くないわ。私のおちびさん」

 撫でてくれる母さんの手の暖かさを感じていた。父さんの方を見ると、父さんもなんだか落ち着かない様子でそわそわしているように見える。
 翼の羽が少し逆立っているのが分かった。

「父さん?」
「あぁ、どうしたノエル」
「どうしたの?」
「どうもしないよ。大丈夫さ」

 僕が不思議そうに両親を見ていたが、きっと些細なことだと思った。
 僕はいつも通り、食事のあとの魔術式の遊びをし始めた。
 液体を氷結化させてそれを風の魔術で細かい氷の粒を粉々にする。それを分子から粉々にして水素と酸素に分ける。
 その光景が美しくて僕は目を輝かせてその様を見ていた。

 ドンドンドン!

 玄関の扉を叩く音が聞こえ、両親が肩を震わせたのを僕は見ていなかった。
 2人とも目を合わせ、そして母さんがゆっくりと扉を開ける。開けてその先の光景をみた瞬間に声にならない声をあげた。

「……ッ!」
「ルナ…………」
「大丈夫」

 母さんと父さんの方を僕は見た。
 いつもと違うその様子に、物凄く不安な気持ちになった。しかし、父さんが僕のところへ足早に着て、抱き上げる。

「母さんは?」
「あぁ、お客さんだよ」
「お客さん?」

 玄関の方を見ると、扉は閉まっていて母さんの姿はなかった。
 しかし、外から激しい言い合いの声が聞こえてきて、僕は父さんの服を強く握って何度かゆさぶる。

「父さん……母さん怒ってるの……?」
「いいや、怒ってないよ。大丈夫だ……大丈夫……」

 父さんは自分に言い聞かせるように強く僕を抱き締めた。父さんの翼に包まれ、視界が白く染まる。僕もギュッと父さんにしがみついて、早く外の怒声が止むことを祈ってた。

 バンッ!

 扉が勢いよく空く音が聞こえ、それと同時に母さんが慌てて入ってきた。

「逃げなさい!」

 突然母さんが大声でそう叫んだ。
 何が起きているのか僕は解らなかった。それでも、父さんが母さんの方を向き、翼の抱擁がとけて僕の視界が開けた後に見たものの恐ろしさはすぐに解った。
 無数の針のようなものが後方から勢いよく飛んでくるのが見えた。

「ノエル! 危ない!」

 父さんが僕を再び強く抱き締める。骨が折れるほどの力に感じた。

「がぁっ……!!」

 父さんが呻き声をあげたあと、力が次第に弱まり倒れてしまった。
 最後にゆっくりと、僕の名前を呼ぶのがかすかに聞こえた。

「ノエ……ル」
「父さん……?」
「タージェン!!」

 母さんが父さんに駆け寄る姿の後ろに、恐ろしいものが見えた。
 黒い髪のやけに痩せている女の人だ。
 目が血走っていて、こちらを鬼の形相で睨んでいる。

「タージェン……ッ!!」

 母さんが父さんを泣きながら揺するが、父さんは反応しなかった。
 僕から崩れ落ちた父さんには背中には恐ろしい量の針が刺さっており、数か所貫通しているものもあった。
 翼の部分にもたくさん刺さっている。父さんの真っ白な翼が赤く染まっていた。

「ノエル、逃げなさい!」
「でも……父さんが……」
「早く!」

 いつもと違う母さんに僕は恐怖を感じた。
 いつも優しい母さんが物凄い剣幕で捲し立てる。

「子供なんて作っていたの……ルナ、どうして? 禁を犯すほどが大切なの?」
「許さないわゲルダ……!」

 母さんが魔術式を構築する。僕はあんなに大きなものは見たことがなかった。
 いつも生活に使う程度の小規模な魔術とは違う。僕は呆気にとられてそれを見ていた。
 膨大な量の水がゲルダと呼ばれた魔女に襲いかかった。
 ゲルダは植物の魔術を使い、その大量の水を植物に全て吸わせた。
 急成長したその植物は家を突き破って破壊した。頭のようなものを実らせ、鋭い牙が生えている。
 その植物が母さんに襲いかかると、母さんは業火で焼き払った。
 両者とも一歩も引かない戦いだ。

「ルナ……今ならまだ間に合うわ」
「何を言っているの!? もう手遅れよ!」

 家の煉瓦が変形し、鋭い槍のようになってゲルダを襲った。それを大量の金属の針が食い止める。

「母さん……」
「ノエル! 逃げなさい!」
「でも、父さんが……」

 僕は涙が溢れだし、泣き出した。
 すると、僕の意識とは無関係に魔術式が展開され、幾重にも魔術が折り重なって発動し、ゲルダ向かって襲いかかる。

「何っ!?」

 ゲルダは一瞬不意をつかれて防御が遅れた。
 ゲルダが弾きそこねたものが、その腕や腹部をかすめた。ドロドロした毒々しい液体がこびりついて煙が上がっている。
 肉の焼ける嫌な臭いがした。

「あぁあああぁあぁっ…………!!」

 ゲルダが膝をついてその液体を水の魔術で洗い落とすと、自身の肉が黒く偏食している様子が解った。

「ノエル……」

 母さんは驚いたような表情をしながら、僕の方を見ている。

「うわぁあああ……父さん……! 父さん起きてよぉっ……うっ……あぁああぁ……ッあぁあああぁあぁっ!!!!!」

 喉が切り裂けんばかりに泣き叫ぶと、僕は氷の刃を幾重にも空中に作り上げた。
 辺りの空気が一気に薄くなる。その氷は水ではない。酸素や窒素が固形になった刃だ。
 氷の刃から白い煙が立ち上っている。

「ノエル……!!」

 ゲルダの方へその刃が目にも止まらぬ早さで飛んでいくと、ゲルダは急いで防御壁を作った。
 分厚い土の壁にそれが刺さると一気に土を凍らせて、なおのこと白い煙を立ち上らせた。

「はぁ……はぁ……うっ……うぅ……父さん……父さん……」
「ノエル……行きましょう。早く」
「やだ! 父さんを置いて行けない……」
「タージェンは……父さんはあなたに生きていてほしいと願っているわ」
「父さんを置いていけない!!」

 僕が父さんに抱きついて、懸命に一本一本針を抜いていくと、まだ暖かい血液が溢れてきていた。
 母さんも本当は泣きたいのだろうけれど、懸命に堪えて口に手を当てて言葉を失っていた。
 僕は血まみれになりながら、涙を拭うと顔に血がつくのも気にせず針を抜き続けた。

「母さんは凄い魔女なんでしょ!? 父さんを治して!」
「できないの……私は……治癒魔術は使えない……」
「どうして!? 女王様になれるはずだったんでしょ!?」

 僕は母さんを咎めた。涙を目に一杯に、何度も何度もこぼれ落ちようとも僕は涙が止まることはなかった。
 母さんもついには涙を落とした。

「……えぇ、でも……私は……」

 ヒュンッ!!

 白い煙が漸く収まった頃、そこからゲルダが銀の針を飛ばしてきた。
 多くは母さんが魔術で防御してくれたが、僕の左肩に何本か針が刺さってしまった。その感じたことのない鋭い痛みに僕は一瞬時が止まったかのように感じた。
 痛みや熱さやそういった感覚が一瞬で混ざり合い、耐え難いその痛みに襲われると僕は叫んだ。

「あぁあああぁあぁっ!!!」
「ノエル!!」

 針を抜こうと手にかけるが、引き抜こうとする度に激痛が走り引き抜くことはできなかった。

「ルナ……許さないわ……ルナ! その子供を殺す!!」

 母さんは泣き叫ぶ僕を抱き締めてくれた。
 しかしその温もりも痛みが掻き消して僕には鮮明に感じられない。
 しかし、その温もりが離れたのは鮮明に感じた。母さんはゲルダに向かって立ちはだかる。

「ゲルダ……私が憎いなら私だけ殺しなさい。この子は関係ないわ」
「そんな魔女と魔族の混血の子供なんて作って……気がふれてしまったの!?」
「あなたこそどうかしてるわ。あなたの支配には耐えられないから助けてほしいって魔女が私を探してやって来たのよ。人間の支配から解放されたのに、どうしてまたそんなことをするの!?」
「……裏切り者がいたのね。大丈夫。全部粛正するわ」

 ゲルダは歪んだ笑顔でこちらを見た。
 あまりにも恐ろしい笑顔で、僕はおぞましいバケモノがいるのだとひたすら恐怖に震える。

「この世を支配できるのは魔女なのよ。人間や魔族じゃない、魔女は優れているわ」
「それは違う……魔女にも欠点はたくさんあるわ。それでも補いあって共存できる。私は支配なんて求めてない」
「どうして……? 私は何度も裏切られてきたわ……共存なんて無理なのよ! 力の強いものが支配して混沌を納めるの!」
「…………あなたとは共存できないみたいね。ゲルダ」


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