47 / 191
第3章 渇き
第46話 異形
しおりを挟む僕はいつも何かに怯えている。
小さい頃は何かに怯えていることなんてなかったけれど、両親が殺されてからはまた同じことが起こるんじゃないかってずっと心配していた。
セージとも最初は上手くいっていなかったけれど、それでもセージが根気強く僕に接してくれたから徐々に僕は両親を失ったショックから立ち直ろうとしていた。
セージとずっと一緒に居られると思っていた。
でもそうはならなかった。
セージも魔女に殺された。
僕は二度も大切な者を殺されてそこから立ち直れなくなってしまった。
ご主人様に助けられた僕はずっとずっと怖かった。
今もずっと怖い。
また失ってしまったらと考える度に僕はどんどん臆病になっていった。心を開くこともできずに、ずっと僕は閉じこもっていた。
閉じこもったまま、僕は何のために生きているか解らなくなってしまっていた。
そこからやっと自分の脚で歩き出せたような気がした矢先、ご主人様が病に負けそうになっている。
それに今は魔女の総本部だ。
本当にいつ殺されたっておかしくない。
――僕はいつまでこんなふうに怯えていなければいけないのか
僕は魔女を殺した自分の手を見た。
そこには返り血などついていない。人間は人間を殺すとき、この手を血に染める。
首を絞めたり、ナイフを使ったり、突き落としたり、手法は色々あるけれど生々しい感覚がする。
しかし、昔人間が作った火薬を用いた『銃』というものは違う。
火薬を詰めた金属製の弾を火花を使って爆発させ、それを撃ちだす。当たり所によっては殺傷能力の高い武器だ。
人間はその武器を好んだ。
使う方法は引き金を引くという簡単なもので、相手を自分の『手』で殺したという感覚が薄い。
だから簡単に殺せた。
例えば、自分が作為的に何かしたら誰かが死ぬ場合は抵抗感が強くても、無作為の行為で誰かが死ぬとしたらその抵抗感は一気に低くなる。
助けを求められたところを見捨てるとか、もう少し頑張れば助けられるのにそうしないとか
あれは仕方なかったと自分を説得できる場合だ。
しかし、それは最もひどい後悔を呼び寄せる。
どうして助けられなかったんだという自責の念。
僕はその両方に押しつぶされそうになる。
助けられたのにどうしてできなかったのかという後悔と、どうして殺すまで行ってしまったのかという後悔。
もっと僕が残忍だったらそうは思わなかったのかもしれない。
例えば人類が昔絶滅させることに成功したウイルスや、絶滅させることができた『蚊』という虫は人間に対してかなりの脅威を与えた。
人間は脅威を取り除こうと徹底的に排除した。
自分にとっての脅威であったなら、排除することは当然だろうか?
――違う
話し合えば解るはず。
ただ、話し合えればの話かもしれない。
虫とは意思の疎通ができない。空腹になれば『食料』にありつくのは普通のことだ。
強者の生活というのは、搾取されることなく一方的に常に搾取し続け、飢えず、苦労せず、退屈であるということだ。
ならば、この世に強者などいない。
皆何かに飢えている。
埋められない何かを求めていつも飢えている。
「こっちです」
シャーロットの声で、僕は我に返った。
辺りを見渡しても魔女の本部の中は入り組んでいてどこを歩いているのかさっぱりわからない。ただ、魔女の数は数えるほどしかおらず僕らを怪しむ様子もなかった。
「地下だっけ」
「はい、そうです」
地下室は嫌いだ。実験のないときはいつも地下の牢屋に入れられていたので、自分からは入りたくない。しかしこの先だと言われている手前、入らないわけにもいかない。
シャーロットを先頭に、僕とガーネット、ご主人様は横に並んで歩いていた。僕は少しシャーロットに近づき、聞いた。
「妹さん、何したの。それともシャーロットを働かさせるための人質?」
「……それもあります」
「それも?」
「…………」
「……まぁ、言いたくないならいいよ」
話そうとしない彼女に、僕はそれ以上聞くのをやめた。
そのまま暗い地下へ降りて行った。明かりは床のそこら中に走らせてある管についている緑色の不気味な照明だけだ。
そこは大理石ではなく武骨で冷たい金属の板と沢山の大小の管が床を走っている。
時折部屋のようなものがあるが、しっかりと閉ざされている。専用の解除魔術がないと開かないのだろう。
「ここから出る時は、穏便にはいかない。キャンゼルを回収してさっさと出る」
「あの魔女を助けるつもりか?」
ガーネットは小声で僕に耳打ちする。やはり不満そうだ。
「見殺しにはできない。ここにいたら確実に殺される」
「助ける方が危険だ。お前の主を危険にさらすのか?」
「…………」
僕が黙ってしまうと、ガーネットは僕の肩を乱暴に掴んで、側壁に叩きつけた。
肩甲骨のあたりを強く打ち、痛みを感じる。
「自分にとって何が大切なのか見失うな。貴様はいつもそうだ。何もかもは助けることは出来ないのだぞ」
「……そうやって諦めてしまったら、誰がその人を助けるの?」
「あの魔女はお前を二度も裏切ったんだぞ!」
「…………」
僕が考え込んでしまっていると、ご主人様がガーネットの肩を掴み、自分の方へ向き直させた。
「揉めている場合じゃねぇだろ」
「気安く触るな」
ガーネットは手を振り払い、僕のことも解放する。
「私の言ったことをよく考えておけ」
彼は、不安そうにこちらを見ているシャーロットの方へと足早に歩いていった。
「来いよ」
「はい……」
ご主人様にそう言われ、僕はとぼとぼと歩き出す。
見殺しにするかどうかということを迫られていると思うと、僕は決断できないままでいた。
「お前は考えすぎだ」
「え……」
「どうしてお前は他人の命の責任まで感じるんだ」
「……助けてくれたからです」
「お前は一度助けられたら、何度裏切られても助けようとするのか?」
「……悪いことをしたとしても……その人の善意がすべて否定されるわけじゃないと思うんです。何人も殺す魔女だって、誰かに優しくしたりすることはあります。その逆に、どんなに普段優しい人でも残虐な一面があったりもします。全てを否定することはできません。善意が感じられる限り、助けたいと思うんです」
それは、僕を育ててくれたセージの教えだった。
セージはどんな景色を見ていたのだろうか。
僕よりもずっと頭の良かった彼には、この世界はどう見えていたのだろう。
「助けたいと思う気持ちはそれでいいと思うけどよ、他人の命に責任を感じることはないんだぜ」
「……僕には、助けられる力があるから――――」
「ずっと街にいて魔女だってことを隠していたのにか? 突然どうしたんだ」
ガーネットに言われたことを思い出しながら、僕は答えを探した。
――過去―――――――――――――――――――――
「お前は、生きていることを後悔しているのか?」
「ばかばかしい。お前は自分を追い詰めることで逃げているだけだ。奴隷の身分に自分をやつし、力を使うことなく生活することで、その罪の意識から逃れられると思っているのだろうがそれは違う。お前は力の正しい使い方を知っている。なのに、何故それをしようとしない?」
――現在―――――――――――――――――――――
「僕は……今までずっと逃げてきたので……自分から逃げてました。嫌だったんです」
「自分のことがか?」
「もっと普通に生まれたかったんです。魔女と魔族の混血なんて大層なものじゃなくて……ご主人様と同じ人間が良かったなって……無力であることを望みました」
「…………」
「でも、ガーネットに『罪の意識から逃げている』と言われて……そうかもなって思いました。自分を受け入れるのは大変でしたけど…………自分と向き合わないとなって。自分と向き合うってことは、この力を受け入れるということです……破壊は得意ですが……自分の思う正しい使い方を見つけるのは大変です」
ご主人様の方を見ると、彼も僕の方を見つめた。
今は誰もが振り返ってみるような絶世の美女だ。銀色の髪は法衣の中にしまっているとはいえ、その美しい輝きは隠し切れない。
少しきつい目つきの奥には黄色みがかった瞳が僕を捕えている。白くきめの細かい肌に、綺麗な唇がピンク色に映える。
まるで別人に話しているようで、おかしな感覚がしたが声はまぎれもなく彼そのものだった。
「お前は、あの吸血鬼に会ってから変わったのか?」
「……いいえ」
「なら、どこで変わったんだ」
「それは……――」
答えようとした後に、シャーロットが立ち止まって僕の方を見た。
「ここです」
厳重な扉にたどり着いた。扉の目の高さの位置にわずかな硝子の嵌めてある空洞部分があって、そこから部屋の中が覗き込める。
僕はそこから中を覗き込んだ。しかし、中は暗くて何も見えない。
「この中にいます」
「……扉は壊していいの?」
シャーロットは躊躇ったようなそぶりを見せたが、僕はその扉を壊すべく魔術式を構築した。扉を壊すだけに力を抑えなければならない。
「2人とも下がっていてください」
僕は魔術式を構築し、エネルギーを集中させるようにする。おそらく生半可な魔術ではびくとしないほど頑丈に作られているだろう。
ならば高エネルギーで金属を溶かし変形させ、無理やりにこじ開けるしかない。分子レベルまで分解するよりは大変ではない作業だ。
「……待って!」
僕はシャーロットの方を向いたが、どうやらシャーロットが言ったわけではなさそうだった。
声の主は扉の向こうにいた。
顔全体は見えないが目と髪の毛と小さな鼻は見えた。髪の毛はシャーロットと同じ白い髪で、シャーロットの妹だというのは嘘ではない様子だ。
「アビゲイル!」
シャーロットが彼女の名前を口に出した瞬間、その聞き覚えのある名前に引っかかった。
僕を尋問した魔女が『アビゲイル』と名前を口にしていた。
「アビゲイルが魔族を逃がした」と。
「今だしてあげるからね……! 下がっていて!」
余程大切な妹のようだった。
まるでご主人様のことで必死になっている自分を見ているような気持ちになる。
その気持ちに応えて、助け出さねばならないだろう。
「まって! お姉ちゃん! ダメなの! 開けちゃダメ!!」
アビゲイルの必死の言葉に僕はすごく嫌な感じがした。しかし、発動した魔術を止めることができずに僕はそのままその扉を破壊した。
アビゲイルと呼ばれたシャーロットの妹の姿が露わになる。
「っ……!」
そこにいた全員が呼吸を忘れた。
生きている間、眠っている間ですら呼吸を止めたりはしない。それを忘れるほどの衝撃は筆舌に尽くしがたいものだった。
まるで息をするよりも大切なことが他にあることを思い出させるような……そんな瞬間だ。
僕は目を離しがたいアビゲイルからやっと目を離し、シャーロットの方に目を向けると、眼球が眼窩《がんか》から落ちてしまうのではないかと思う程目を見開いていた。
それもそうだ。あんなものをみたら呼吸も止まるし、目が眼窩から落ちそうになるほど目を見開く。
ソレはゆっくりと各々が違う方向に動いている。
「お姉ちゃん……」
得体のしれない肌色の巨大な肉の塊から人間の腕や脚が無数に生えていることよりも、人間の顔の部品がいくつもついていることに目を奪われる。
大きな目と口がいくつもついている。目はギョロギョロと動き、口は何か物を言いたげにパクパクしている。
異形の姿と化しているアビゲイルの姿があった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる