罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第46話 異形

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 僕はいつも何かに怯えている。

 小さい頃は何かに怯えていることなんてなかったけれど、両親が殺されてからはまた同じことが起こるんじゃないかってずっと心配していた。
 セージとも最初は上手くいっていなかったけれど、それでもセージが根気強く僕に接してくれたから徐々に僕は両親を失ったショックから立ち直ろうとしていた。
 セージとずっと一緒に居られると思っていた。

 でもそうはならなかった。

 セージも魔女に殺された。
 僕は二度も大切な者を殺されてそこから立ち直れなくなってしまった。
 ご主人様に助けられた僕はずっとずっと怖かった。
 今もずっと怖い。
 また失ってしまったらと考える度に僕はどんどん臆病になっていった。心を開くこともできずに、ずっと僕は閉じこもっていた。
 閉じこもったまま、僕は何のために生きているか解らなくなってしまっていた。
 そこからやっと自分の脚で歩き出せたような気がした矢先、ご主人様が病に負けそうになっている。
 それに今は魔女の総本部だ。
 本当にいつ殺されたっておかしくない。

 ――僕はいつまでこんなふうに怯えていなければいけないのか

 僕は魔女を殺した自分の手を見た。
 そこには返り血などついていない。人間は人間を殺すとき、この手を血に染める。
 首を絞めたり、ナイフを使ったり、突き落としたり、手法は色々あるけれど生々しい感覚がする。
 しかし、昔人間が作った火薬を用いた『銃』というものは違う。
 火薬を詰めた金属製の弾を火花を使って爆発させ、それを撃ちだす。当たり所によっては殺傷能力の高い武器だ。
 人間はその武器を好んだ。
 使う方法は引き金を引くという簡単なもので、相手を自分の『手』で殺したという感覚が薄い。
 だから簡単に殺せた。

 例えば、自分が作為的に何かしたら誰かが死ぬ場合は抵抗感が強くても、無作為の行為で誰かが死ぬとしたらその抵抗感は一気に低くなる。
 助けを求められたところを見捨てるとか、もう少し頑張れば助けられるのにそうしないとか
 と自分を説得できる場合だ。
 しかし、それは最もひどい後悔を呼び寄せる。
 どうして助けられなかったんだという自責の念。

 僕はその両方に押しつぶされそうになる。
 助けられたのにどうしてできなかったのかという後悔と、どうして殺すまで行ってしまったのかという後悔。
 もっと僕が残忍だったらそうは思わなかったのかもしれない。
 例えば人類が昔絶滅させることに成功したウイルスや、絶滅させることができた『蚊』という虫は人間に対してかなりの脅威を与えた。
 人間は脅威を取り除こうと徹底的に排除した。
 自分にとっての脅威であったなら、排除することは当然だろうか?

 ――違う

 話し合えば解るはず。
 ただ、の話かもしれない。
 虫とは意思の疎通ができない。空腹になれば『食料』にありつくのは普通のことだ。
 強者の生活というのは、搾取されることなく一方的に常に搾取し続け、飢えず、苦労せず、退屈であるということだ。

 ならば、この世に強者などいない。

 皆何かに飢えている。
 埋められない何かを求めていつも飢えている。




「こっちです」

 シャーロットの声で、僕は我に返った。
 辺りを見渡しても魔女の本部の中は入り組んでいてどこを歩いているのかさっぱりわからない。ただ、魔女の数は数えるほどしかおらず僕らを怪しむ様子もなかった。

「地下だっけ」
「はい、そうです」

 地下室は嫌いだ。実験のないときはいつも地下の牢屋に入れられていたので、自分からは入りたくない。しかしこの先だと言われている手前、入らないわけにもいかない。
 シャーロットを先頭に、僕とガーネット、ご主人様は横に並んで歩いていた。僕は少しシャーロットに近づき、聞いた。

「妹さん、何したの。それともシャーロットを働かさせるための人質?」
「……それもあります」
「それも?」
「…………」
「……まぁ、言いたくないならいいよ」

 話そうとしない彼女に、僕はそれ以上聞くのをやめた。
 そのまま暗い地下へ降りて行った。明かりは床のそこら中に走らせてある管についている緑色の不気味な照明だけだ。
 そこは大理石ではなく武骨で冷たい金属の板と沢山の大小の管が床を走っている。
 時折部屋のようなものがあるが、しっかりと閉ざされている。専用の解除魔術がないと開かないのだろう。

「ここから出る時は、穏便にはいかない。キャンゼルを回収してさっさと出る」
「あの魔女を助けるつもりか?」

 ガーネットは小声で僕に耳打ちする。やはり不満そうだ。

「見殺しにはできない。ここにいたら確実に殺される」
「助ける方が危険だ。お前の主を危険にさらすのか?」
「…………」

 僕が黙ってしまうと、ガーネットは僕の肩を乱暴に掴んで、側壁に叩きつけた。
 肩甲骨のあたりを強く打ち、痛みを感じる。

「自分にとって何が大切なのか見失うな。貴様はいつもそうだ。何もかもは助けることは出来ないのだぞ」
「……そうやって諦めてしまったら、誰がその人を助けるの?」
「あの魔女はお前を二度も裏切ったんだぞ!」
「…………」

 僕が考え込んでしまっていると、ご主人様がガーネットの肩を掴み、自分の方へ向き直させた。

「揉めている場合じゃねぇだろ」
「気安く触るな」

 ガーネットは手を振り払い、僕のことも解放する。

「私の言ったことをよく考えておけ」

 彼は、不安そうにこちらを見ているシャーロットの方へと足早に歩いていった。

「来いよ」
「はい……」

 ご主人様にそう言われ、僕はとぼとぼと歩き出す。
 見殺しにするかどうかということを迫られていると思うと、僕は決断できないままでいた。

「お前は考えすぎだ」
「え……」
「どうしてお前は他人の命の責任まで感じるんだ」
「……助けてくれたからです」
「お前は一度助けられたら、何度裏切られても助けようとするのか?」
「……悪いことをしたとしても……その人の善意がすべて否定されるわけじゃないと思うんです。何人も殺す魔女だって、誰かに優しくしたりすることはあります。その逆に、どんなに普段優しい人でも残虐な一面があったりもします。全てを否定することはできません。善意が感じられる限り、助けたいと思うんです」

 それは、僕を育ててくれたセージの教えだった。
 セージはどんな景色を見ていたのだろうか。
 僕よりもずっと頭の良かった彼には、この世界はどう見えていたのだろう。

「助けたいと思う気持ちはそれでいいと思うけどよ、他人の命に責任を感じることはないんだぜ」
「……僕には、助けられる力があるから――――」
「ずっと街にいて魔女だってことを隠していたのにか? 突然どうしたんだ」

 ガーネットに言われたことを思い出しながら、僕は答えを探した。



 ――過去―――――――――――――――――――――


「お前は、生きていることを後悔しているのか?」

「ばかばかしい。お前は自分を追い詰めることで逃げているだけだ。奴隷の身分に自分をやつし、力を使うことなく生活することで、その罪の意識から逃れられると思っているのだろうがそれは違う。お前は力の正しい使い方を知っている。なのに、何故それをしようとしない?」


 ――現在―――――――――――――――――――――



「僕は……今までずっと逃げてきたので……自分から逃げてました。嫌だったんです」
「自分のことがか?」
「もっと普通に生まれたかったんです。魔女と魔族の混血なんて大層なものじゃなくて……ご主人様と同じ人間が良かったなって……無力であることを望みました」
「…………」
「でも、ガーネットに『罪の意識から逃げている』と言われて……そうかもなって思いました。自分を受け入れるのは大変でしたけど…………自分と向き合わないとなって。自分と向き合うってことは、この力を受け入れるということです……破壊は得意ですが……自分の思う正しい使い方を見つけるのは大変です」

 ご主人様の方を見ると、彼も僕の方を見つめた。
 今は誰もが振り返ってみるような絶世の美女だ。銀色の髪は法衣の中にしまっているとはいえ、その美しい輝きは隠し切れない。
 少しきつい目つきの奥には黄色みがかった瞳が僕を捕えている。白くきめの細かい肌に、綺麗な唇がピンク色に映える。
 まるで別人に話しているようで、おかしな感覚がしたが声はまぎれもなく彼そのものだった。

「お前は、あの吸血鬼に会ってから変わったのか?」
「……いいえ」
「なら、どこで変わったんだ」
「それは……――」

 答えようとした後に、シャーロットが立ち止まって僕の方を見た。

「ここです」

 厳重な扉にたどり着いた。扉の目の高さの位置にわずかな硝子の嵌めてある空洞部分があって、そこから部屋の中が覗き込める。
 僕はそこから中を覗き込んだ。しかし、中は暗くて何も見えない。

「この中にいます」
「……扉は壊していいの?」

 シャーロットは躊躇ったようなそぶりを見せたが、僕はその扉を壊すべく魔術式を構築した。扉を壊すだけに力を抑えなければならない。

「2人とも下がっていてください」

 僕は魔術式を構築し、エネルギーを集中させるようにする。おそらく生半可な魔術ではびくとしないほど頑丈に作られているだろう。
 ならば高エネルギーで金属を溶かし変形させ、無理やりにこじ開けるしかない。分子レベルまで分解するよりは大変ではない作業だ。

「……待って!」

 僕はシャーロットの方を向いたが、どうやらシャーロットが言ったわけではなさそうだった。
 声の主は扉の向こうにいた。
 顔全体は見えないが目と髪の毛と小さな鼻は見えた。髪の毛はシャーロットと同じ白い髪で、シャーロットの妹だというのは嘘ではない様子だ。

「アビゲイル!」

 シャーロットが彼女の名前を口に出した瞬間、その聞き覚えのある名前に引っかかった。
 僕を尋問した魔女が『アビゲイル』と名前を口にしていた。
「アビゲイルが魔族を逃がした」と。

「今だしてあげるからね……! 下がっていて!」

 余程大切な妹のようだった。
 まるでご主人様のことで必死になっている自分を見ているような気持ちになる。
 その気持ちに応えて、助け出さねばならないだろう。

「まって! お姉ちゃん! ダメなの! 開けちゃダメ!!」

 アビゲイルの必死の言葉に僕はすごく嫌な感じがした。しかし、発動した魔術を止めることができずに僕はそのままその扉を破壊した。
 アビゲイルと呼ばれたシャーロットの妹の姿が露わになる。

「っ……!」

 そこにいた全員が呼吸を忘れた。

 生きている間、眠っている間ですら呼吸を止めたりはしない。それを忘れるほどの衝撃は筆舌に尽くしがたいものだった。
 まるで息をするよりも大切なことが他にあることを思い出させるような……そんな瞬間だ。
 僕はアビゲイルからやっと目を離し、シャーロットの方に目を向けると、眼球が眼窩《がんか》から落ちてしまうのではないかと思う程目を見開いていた。
 それもそうだ。をみたら呼吸も止まるし、目が眼窩から落ちそうになるほど目を見開く。
 はゆっくりとが違う方向に動いている。

「お姉ちゃん……」

 得体のしれない肌色の巨大な肉の塊から人間の腕や脚が無数に生えていることよりも、人間の顔の部品がいくつもついていることに目を奪われる。
 大きな目と口がいくつもついている。目はギョロギョロと動き、口は何か物を言いたげにパクパクしている。

 異形いぎょうの姿と化しているアビゲイルの姿があった。


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