罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第54話 死への冒涜

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【アビゲイルのいる部屋】

 僕は先ほどまで大人しかった肉の塊がジタバタと暴れ狂ってるのを見て何事かと思った。
 ご主人様の方を見るとガーネットがしっかりと守っている様子が見えたので、ひとまず安心するが、全く望ましくない状況だ。

「何してるの!? やめなさい!」

 アナベルは魔術式を展開した。
 話をしていた部屋の死体たちが一斉に動き出した気配を感じる。

 ――マズイ……

「アナベル、最後の実験だ。失敗したものから再構築できればもう一度実験できるだろ?」
「そうかもしれないけど、物凄く暴れてるわよ!?」
「いいからしかばねどもを一度部屋へ戻せ!」

 ビタンビタンともがくように暴れている肉塊を僕は拘束魔術で拘束しようとしたが、物凄い力と尚且つ対象が大きすぎて完全にはできなかった。
 かなり魔力を拘束に使っても、完全には抑えられない。
 抑えているのに無理に暴れようとするから、その肉の塊のところどころが裂けて出血し始めた。
 長く持たないと考えた僕は強引にアビゲイルとその肉の部分を切り離そうか考えたが、これだけ暴れていると下手をしたらアビゲイルまで真二つになってしまう。
 アビゲイルだけじゃない、この部屋にいる全員が危険だ。

「シャーロット、まだかかるのか!?」
「心臓の部分が複雑に融合していて……もう少しかかります……」

 ブチブチと自分の肉が裂けて出血しているにも関わらず、肉の塊は動くのを辞めようとしない。
 大気の水分を氷に変えてその肉の塊の足元を固めた。
 しかし、勢いがそれで収まることはなく、肉塊は暴れまわり足を引き千切ってまで僕らの方に向かおうとする。

 ――駄目だ、抑えていられない……!

 殺さないようにするには難しい。
 足元の氷を重ね掛けする。水分だけではなく、部屋にあるあらゆるものを絶対零度まで温度を奪い、足止めに使った。
 肉の塊も徐々に凍り付いて動きが鈍くなってきた。

 バキバキバキッ!!

 氷や、自分の凍った部位を砕きながら暴れている。

「シャーロット……まだ……!?」
「今……やっています!」

 肉塊が僕の腕を掴んだ。折られることを一瞬で悟って僕はそれを切り裂いた。
 肉塊は苦しそうにビタンビタンとのたうち回って暴れる。
 肉塊は千切れた部分から血が吹き出ている。端からどんどん凍てつき、動きが大分抑えられてきた。それでもまだシャーロットは終わりそうにない。アビゲイルは痙攣してビクンビクンと身体を震わせている。
 やっとのことで肉塊の身体がガチガチに凍り付き、やがてやっと動かなくなった。
 僕は拘束魔術と氷の魔術を一先ず解いて一息ついた。ガーネットとご主人様にかけていた幻術も気が散ってしまった段階で解けてしまった。

「あんた、何者なの……」

 驚いているアナベルを僕は肩で息をしながら一瞥した。
 肉塊が暴れて落ちた薬品同士が反応し、発火した。オレンジ色の光が部屋を照らす。

「あ……」
「……なに?」
「その赤い髪……!!」

 僕の髪の毛がその炎の光で赤く見えていることに自分も気が付いた。
 アナベルは僕に魔族のゾンビだちを飛びかからせた。それを切り裂くのは簡単だったが、その中にガーネットの弟が混じっていると思うとそうも簡単にできなかった。
 ゾンビの一匹が僕の腕に咬みつく。顎の力がすさまじく、僕の腕の肉はすぐに持っていかれてそこから血液が噴き出た。

「あぁっ……!」

 僕はソレがラブラドライトではないと判断すると、すぐさまその口から血の滴っている低級魔族のゾンビを粉々に粉砕した。
 腐った肉が散らばり、異臭が漂う。
 しかし一体だけでは済まず、次々に僕の身体にまとわりついて僕の身体を噛みちぎってくる。腕、脚、首、あらゆる部位に激痛が走り、僕は一々確認しながら一体ずつに魔術をかけた。
 しかし間に合わず、僕は噛み千切られる。

「あぁああっ!!」

 ゴキッ!
 ブチブチブチッ!!

 その嫌な音が自分の身体からしている訳じゃないと解ったのは数秒後だった。
 ガーネットが周りの屍を僕から引きはがし、屍の首をむしり取っている。屍の群れから僕を担ぎ出し、首の傷からあふれる血液に口をつけた。
 ガーネットが食事を済ませると、僕の傷はみるみる塞がった。

「何をしている!? さっさと一気に始末しろ」

 ガーネットはシャーロットの近くに着地した。

「ガーネット……」
「ぐずぐずす――――」

 ガーネットは言葉を途中でやめた。
 その嫌な予感は、外すことを知らない。ガーネットの視線の先を見ると、彼の弟が立っていた。
 濁った青い目と、首のつなぎ目、死人の肌。

「ラブラドライト……」

 ガーネットは動きを止めた。
 僕は唖然としているガーネットから離れ、困惑しているご主人様の手を引いてシャーロットの元へ行った。
 ご主人様は言葉をなくしていた。
 僕もこの状況でかける言葉をどこかへなくしてしまった。

「まだ……!?」

 それでも、シャーロットに対する言葉は滞りなく出てくる。
 震える声で僕は尋ねた。

「もう少しです……」

 ガーネットの方を見ると、以前目を見開いて弟のゾンビの方を見ていた。

「おい、ラブラドライト、私だ……お前の兄だ!」

 震えている声は弟の方には届いていない様子だった。どこを見ているか解らない目を見つめている。
 ガーネットは拳を強く握った。彼自身の爪が自分の手の平に食い込み、血が出る。

「あははははははは、無駄よ。死んでるもの。あたしが動かしてるだけ」
「!!」

 ラブラドライトはガーネットに飛びかかった。ガーネットの身体に鋭い爪が食い込む。

「あ゛ぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁ!」
「やめろ! ラブラドライト!! お前は操られるだけだ!」

 ガーネットが脚でラブラドライトの腹部を思い切り蹴ると、弟は壁の方へ飛んでいった。

「ガーネット、落ち着いて。彼はもう死んで――――」
「黙っていろ!!」

 蹴り飛ばした弟の方へ走って行き、弟を押さえつける。
 腕を押さえるが、暴れている弟を強く押さえるほど、暴れている弟の肉が裂け、骨がむき出しになる。吐き気を催す悪臭が立ち込めることもガーネットは感じないふりをした。

「白魔女! 私の弟を治せ!」
「無駄だって言ってんでしょ! そいつはあたしの実験動物なのよ!」

 アナベルが魔術式を展開する前に、僕は素早くアナベルの腕を魔術で切り落とした。
 両腕とも床に落ちたアナベルは叫び声も上げずにズリズリと壁にへたり込んだ。
 ラブラドライトは暴れていたのが止む。術式が解かれたのだろう。
 僕はすぐさまアナベルに掴みかかる。

「リサはどこにいる?」
「はっ……リサなんてどうするつもり? 完全に壊れてるのよ」
「いいから言え!」

 研究室で燃えていた炎を呼び寄せ、炎を槍の形状に変えてアナベルに近づけた。彼女の皮膚がじりじりと焼け始める。
 アナベルは死体が置いてあった部屋ではなく、その反対側の部屋をちらっと見た。

「あの部屋か」

 僕はアナベルから離れ、指さされた方の部屋へ向かおうと立ち上がる。
 ガーネットは弟を抱き上げて懸命に呼びかけ続けている。
 僕は見るに堪えないその状況から目を離し、リサのいる部屋の扉を掴んだ。
 その部屋は厳重に鍵がかけられている。

「ふふ、馬鹿ね」

 アナベルの声が聞こえたと同時に、僕は後ろから腹部を貫かれた。

 僕の右腹部から剣のようなものが突き刺さっているのを確認する前に、意識が一瞬遠のいて僕は倒れる。
 倒れながら扉の鍵を壊し、開けた。
 同時に僕は開けた扉の部屋に身体の半分が倒れ込む。
 後ろにいた僕を刺した魔女のゾンビに向かって懸命に手をかざすと、粉々に粉砕させた。
 死肉がちらばり、吐きそうな匂いがした。吐きそうになって腹部に力が入ると剣が食い込んで激痛が走る。
 ご主人様は僕の方に走ってくるのが見えた。

 ――駄目だ、来ちゃいけない!

 僕は厚い水の膜を形成し、ご主人様を包み込んだ。
 彼はその水の膜を壊そうとするが、柔軟に変形して壊すことはできない。何か言っているようだったが音も遮断されて聞こえなかった。

「あぁ……くっ……」
「ノエル!」

 ガーネットも腹部に傷を負い、抱えていた弟を手放した。
 弟はゆっくりと立ち上がり、ガーネットの首を掴んだ。

「がはぁっ……やめろ……ラブラ……ドライ……ト……!」

 倒れた拍子に、床に転がっていたアナベルの腕が見えた。切断されているにも関わらずその腕は奇妙に動いていた。
 僕はズルズルと引きずられて扉の前に出され、ゾンビたちは扉を閉め、鎖をたどたどしい動きだが、着実にしっかりと巻き付けた。扉は再び固く閉ざされる。

 ――まだ魔術は続いていたのか……

「シャーロット、その魔術をやめなさい。やめないと全員ぶち殺すわよ」

 そう言われたシャーロットは目をギュッとつむり、涙を流しながら術式を解いた。
 アナベルは自分の腕を自分の口で拾い上げ、腕を台の上に置いて元の腕の場所とくっつけた。口で器用に縫い針を使って腕を縫って行く。

「う……うぅ……あぁ……ッ……」

 腹部の痛みと、首の圧迫感で声を出すこともろくにできない。僕は腹部に刺さった剣を抜いた。抜いた部分からドクドクと僕の血液があふれ出す。

「はぁ……はぁ……」
「こんなところまでノコノコやってきて、生きて帰れると思っているの? 下手に抵抗しなければこのまま苦しまず殺してあげる」

 首を絞められているガーネットの窒息感で僕も意識が遠くなってきた。剣を抜いた部分は徐々に塞がり始めていたが、傷が塞がり切るまで持ちこたえられない。

「ノエル…………!」

 ガーネットは弟の手を何とか引き離した。その瞬間絞まっていた気道が確保され呼吸がまともにできるようになる。
 僕はやっとの思いで思い切り息を吸い込む。

「っはぁッ……はぁはぁ……ゴホッ……ゴホッ」

 咳き込み、息をしている間にもガーネットとラブラドライトは激戦をしている。見なくてもそれは体感できた。
 僕の身体に無数の裂き傷ができてはゆっくりと塞がって行く。
 僕はアナベルに手を向けたが、僕の身体を何人もの魔女のゾンビが取り押さえる。
 堅く閉ざされたリサの部屋に背中を打ち付けられた状態で僕はしっかりと抑えられている。

「大人しくしていないと駄目じゃない」

 アナベルは自分の腕を縫い終わったらしく、その手の動きを確認している。

「放せ!」
「黙っていて。抵抗したらあの水泡の中の人間を殺すわよ」

 そう言われてしまうと僕は何もできなくなってしまう。
 何もしなくても僕らは殺されると解っていても、ご主人様に危険が及ぶことだけはどうしても怖気づいてできなくなる。
 すると僕の背後から声が聞こえた。

「ノエル……? ノエルなの?」

 扉ごしだったからよくは聞こえなかったけれど、か細い声が真っ暗な部屋の奥から聞こえた。その声にはどことなく聞き覚えがある。
 そうでなくても、この扉の中にいるのは彼女しかいない。

「今、『ノエル』と聞こえたわ……」

 ジャラジャラと暗闇の奥から音が聞こえる。

「リサ?」
「はぁっ……本当? 本当にノエルなの?」

 息を大きく吸い込む音が聞こえた後に、はっきりと僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。少ししわがれていたけれど、その声は間違いなくリサの声だった。
 鎖の音であろうが、ジャラジャラという音はやがてガシャン! ガシャン!! という激しい音に変わっていった。

 ガキン!

 と何かが奥で外れた音が聞こえた。
 その音への注意をかき消すように僕の腕を屍が再び食いちぎる。

「あぁあああああぁッ!!!」

 スパンッ!
 ……バタン。

 ゾンビの頭が床に転がった。同時に僕の背後の扉が後ろへ倒れた。何が起きたのか解らない僕は目の前の光景をただ見ていた。
 ゾンビの口には僕の血の滴る肉が口の中に入っていて、それが見えた。
 他のゾンビも数秒後に細切れになって床に散らばった。

「なにっ!?」

 アナベルは何かを恐れているように硬直した。ガーネットの相手をしていたラブラドライトは僕の前に立ちふさがる。
 ズリズリと部屋の奥から何かを引きずる音が聞こえて、僕は腹部を押さえながらゆっくり身体を起こした。
 アナベルが恐怖にひきつっている表情を見て、僕はリサの話をしていたときのアナベルの様子を思い出す。

 ――アナベルはリサが怖い……?

 暗闇から僕の両脇からズルリと血色の悪い細い腕が伸びてきて、僕を後ろから抱きしめた。
 やけに冷たい腕だった。
 僕はヒヤリと動きが止まる。

「本当……? 嘘じゃない?」

 僕の肩にリサの頭が乗せられる。
 金髪でボサボサの長い髪が僕の肩にかかった。
 僕に絡みついているその腕は注射の痕と思われる痕が沢山あった。
 僕をしっかりと掴んで抱きしめ続ける。

「あたしね、ずっとあなたと暮らしていたのよ。あなたに毎日ご飯を作って、あなたは毎日あたしを愛してくれて、ずっと……ずっと一緒なの。ずっとよ……ふふふふふふふ…………どうしたの? 腕、傷ついているわ……解った。アナベルにいじめられたのね……」

 屍共がザワザワと集まってくる。
 アナベルはリサに注視している間に、シャーロットに目配せして魔術を続けるように伝える。
 アナベルはそれに気づかない程リサを注視していた。

 ――なんだ? リサはそんなに強い魔女じゃなかったはず……何をそんな恐れている?

「り……リサ、違うわ。わ……私がイジメたわけじゃない」
「アナベル……ダメよ。こんなことしちゃ……」

 ズルズルズルズルズル……

 闇の奥から音が聞こえる。
 何故だろう。リサではない何かがまだ部屋にいるのか?

 ――誰か別にいる?

「ねぇ、ノエル……」
「なに?」

 変な汗が出てくる。背後の何かの気配が何か解らない。先ほどまでずっと余裕そうな様子だったアナベルがあんなに怯えている。
 僕を抱きしめていた腕が急に強くなり、僕の身体に強く爪を立てた。
 それは明らかに魔女の力の強さではない。鋭い爪が僕の鎖骨の下あたりの肉を切り裂いて胸に食い込む。

「あなたはノエルじゃないわ。だって……ノエルは……――――」

 暗闇の中から大蛇のような胴がズルズルと見えた。
 リサは僕を掴み上げたまま、狭い部屋から出てきた。

 それは魔女の姿ではなかった。

 腰から下が鱗で覆われていて、そこから蛇のような長い胴体がズルズルと動いている。
 リサが下を向いていた顔をゆっくりと上げると、目は太く赤い糸で縫われていて開いていない。
 口は左右に裂けた分は太い糸で縫われていた。

「昨日私が殺して食べたもの」


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