罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第55話 逆鱗

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 馬と他の動物を組み合わせた、僕らを運んでくれたキメラ馬のことを思い出していた。
 あの馬はどうにも、翼と身体の比率がおかしくて僕は納得できない。
 翼の風を受ける部分の面積があれだけでは身体は羽ばたいても飛べないからだ。
「もう少し大きな翼をつければよかった」のにと、あの馬を見た時は思った。
 しかしあまりに大きな翼であったとしても、やはり翼が重くて生活できないし飛ぶことはできない。

 馬に翼をつけるのはやはり無謀だ。

 しかし、魔女の身体に蛇の胴体をつけたり、他の得体のしれない生き物とを組み合わせることへの無謀さには負ける。
 僕の左の肺にまで爪を食い込ませているこの生き物は一体何なんだろう。

「アナベル! また偽物をつれてきた!!」

 は僕を力いっぱいアナベルに向かって投げつけた。左肺の痛みに注意力が削がれ防御が間に合わず、僕とアナベルは激突し、二人とも吹き飛ばされた。
 僕はアナベルが緩衝材になったが、アナベルは壁に思い切り打ち付けられる。は目は縫われていて見えない状態なのにどうやら物の位置は解るらしい。

「あんたは悪魔よ! あたしに嫌がらせばかりする!! どうしてノエルと2人きりにしてくれないの!?」

 その蛇のような身体で周りのしかばねも全て叩きつけた。その衝撃で屍たちはつぶれたりバラバラになったりして動きを止めた。
 僕の身体をガーネットが抱える。徐々に傷は塞がってきていたが、胸の傷を治すためにガーネットは更に僕の血液を飲んだ。
 傷口はすぐさま塞がったが、速度としては今までで一番傷の治りが早い。
 明らかに飲み過ぎている。

「この魔女を私が殺す!」

 ガーネットはアナベルの前に立つと、その鋭い爪で首を切り落とした。
 その断面を見ると組織が死んでいるような色をしていて、動脈が切れているはずなのにろくに出血しない。

 ――やっぱり出血があまりない……

 アナベルという魔女は、自分がバラバラになっても死なないように自分に魔術をかけているのだろう。
 だとしたら常に発動している術式。
 身体のどこかに術式の核があるはずだ。

「ガーネット、その魔女は自分に何らかの術式を常にかけている。その核を壊せば死ぬはず……」

 ガーネットはアナベルの首を片手で掴みながらその核を探した。

「僕はこっちの相手をする……」

 ズルズルと這いずっているリサに僕は近づいた。

「シャーロット、まだ……?」
「もう終わります……」
「早くしてくれ……!」

 アビゲイルの心臓の部分とほぼ分離が終わっていて、あと数分というところだった。

「アナベル、今日こそは許さないわ。バラバラにして遊んであげる」
「リサ、僕だ。ノエルだよ」

 殺すしかないのだろうかと迷ってしまう。
 こんな姿になってしまってただ殺されるなんて酷すぎる。傷痕や何度も射たれた注射の痕と、その精神的な錯乱はその凄惨さをそのまま物語っている。

「ノエルじゃないわ……あたしが丁寧に食べたの。まだノエルがあたしのお腹にいるのよ? ふふふふふふ」

 彼女が蛇の胴体を長いギザギザの爪でなぞると、シャリシャリという音が聞こえてきた。

「それは幻だ。僕はここにいる」
「そう……あぁ、わかったわ。ノエルの複製品ね? 声もよく似ているわ。でもあたしには本物がいるから大丈夫なの」

 リサは僕に巻き付き、僕の身体を締め上げた。
 素早い動きで対応できなかった訳ではない。殺すことへの躊躇いがそれを許してしまった。
 蛇は全身が筋肉のようなもので、物凄い力で絞められてミシミシと僕の骨が悲鳴をあげる。
 リサの目の糸をよくみると、魔術式が細かに刻まれているのが見えた。
 術式の詳細は途切れ途切れで解らないが、縫われている糸を切って目を開けたら、僕だと解るだろうか。

「リ……リサ……目をあけて僕を見ろ!」

 リサの目を縫っている糸を僕は魔術で切り払った。
 糸が切れたリサは微かに悲鳴をあげた後に、ゆっくりと目を開ける。目を開けたリサはギョロギョロと目を動かし、周りを見る。
 正気に戻ったようにも見える。
 そして巻き付いている僕に焦点を合わせると、何秒も僕のことを見つめた。

「リサ、僕だよ。本物だ。大丈夫か? リサ……」
「あ……あぁ……あああああ……」

 僕を見て、それから自分の身体を見て、目を更にギョロギョロさせて見開いている。
 僕から離れ、這いずりながら僕から逃げるように再び自分が捕らえられていた部屋へ戻って行ってしまった。

「はぁ……食われるかと思った……」

 リサをどうしたらいいか解らないけれど、ひとまずアナベルをなんとかしなければならない。
 僕は水の膜で保護しているご主人様に近づいて「もう少しこのままでいてください」と言った。ご主人様は「ふざけんな俺を出せ!」と言っているようだったが、ここが戦場で危険がある以上は出すわけにはいかない。
 ガーネットはアナベルの身体をバラバラにしていて、内臓の中や骨の中まで探っているが中々術式の核が出てこないようだ。
 酷い異臭がする。
 こんな身体でさっき僕を誘ったのかと思うと余計に気分が悪くなってくる。
 僕はネクロフィリアではない。

「ガーネット、見つかった?」
「いや……」
「ここに置いていこう。殺すのも時間の無駄だ」
「それはできない! 私の弟を侮辱した罪は償ってもらう」

 引き下がらないガーネットを見て、僕はその強い怨嗟が少しでも和らぐならと許容する。

「……わかった」

 アナベルの頭をテーブルの上に置いた。
 するとその生首の目が開き、笑みを浮かべて話し出す。

「あたしは死なないの。あたしが死なない限り、あの吸血鬼はあたしのしもべ」
「彼を解放しろ」
「あの化け物のいる部屋を封鎖してくれたら考えるわ」
「リサの?」
「言ったでしょう。手に負えないって」
「…………そんなにリサが怖い?」

 僕はアナベルの頭を持ち上げ、リサのいる部屋へと脚を運んだ。

「何するつもり!? やめなさい!!」
「彼を解放してくれたらやめてやる」

 リサのいる部屋に入ろうとすると、ビタン! と蛇の尾が飛んできた。

「来ないで!!」

 大きな声でリサがそう叫ぶ。
 アナベルは頭だけなのになんだか震えていた。歯をガチガチと鳴らし、震えている。
 よほどリサが怖いらしい。手に負えないようなものを作り出して滅亡したいという願望でもあるのだろうか。

「ガーネット」
「……なんだ?」
「これ、部屋に投げ入れていいよ」
「ちょ、ちょっと、何言ってるの? やめなさい! ふざけないで! 解ったわ。あの吸血鬼は返してあげるから!!」

 ガーネットはアナベルの頭を僕から受け取り、今一度アナベルと向き合った。

「私の弟をよくもあんな姿にしてくれたな? 死ねない苦しみを永遠に感じればいい」
「嫌! やめて!! 謝るわ! ほら、今解放したわよ! だからやめて!!」
「謝って済む問題ではない。絶対に許さないからな」
「いやよ、やめて! 許して!! キャァアアアアッ!!!」

 ガーネットが闇に向かって頭部を放り投げると、床に着地したのかゴロゴロという音が聞こえた。
 アナベルは頭だけで動けない状態のまま、リサの目の前まで転がった。
 アナベルは肺もないのに懸命に息をしようとするが、気道が床でつまって息が吸えないでいた。
 暗闇に怪しく光る二つのギョロギョロと動く目は、アナベルと目を合わせた。
 アナベルはこれ以上ないくらい目を大きく見開き、リサを見る。

「あたし、どうしちゃったの? なんなのこの身体……」
「リサ……元に戻してあげるわ。だからあのノエルの偽物をやっつけてあたしを戻して……?」

 リサはズルズルと動いて自分の蛇の胴体でアナベルの頭を包み込んだ。

「アナベル……あたしの目をドーラの幻覚の魔術をかけた糸で縫い付けて、その間にあたしの身体を実験材料にしたわね……?」

 ギリギリとアナベルの頭部は締め付けられていった。

「リサ……許して……あなたを治すわ……」
「この期に及んで嘘? あんたには治せない。あんたは嘘つきの最低なクズよ」

 ブチブチブチとリサの口の端を縫っていた糸が、彼女が口を開けるのと同時に裂けた。
 アナベルの頭を丸のみにできるほど大きく口を開く。

「やめてリサ! やめてぇええええええ!!!」

 アナベルの声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
 その後からすすり泣く声が聞こえてくる。アナベルは呑まれたのだろう、叫び声などは聞こえない。
 僕は部屋の外から、リサに向かって話しかけた。

「リサ、入ってもいい?」
「いやよ、あたしを見ないで!」

 そう言われたが部屋に入ろうとすると、ガーネットに肩をつかまれて止められる。

「やめておけ。もうじきあの白魔女も終わる。置いていけ。どうするつもりだ?」
「話がしたい。行かせて」
「…………いつもお前は止めても聞かないな」

 ガーネットをよく見ると、白目が充血していた。それにいつもより牙が鋭利になっているような気がする。

「ガーネット……」
「早く済ませてこい」

 僕は息を一度吐き出しながら、リサのいる部屋に一歩踏み出した。

「来ないでって言ってるでしょ!!」

 スパンッ!

 刃の魔術が僕の頬をかすめて飛んでいった。僕の頬と耳が切れるが、その傷はすぐに塞がる。
 痛みだけが一瞬残り、僕の歩みを止めた。


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