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第3章 渇き
第56話 醜い姿
しおりを挟む「リサ、話を聞いて」
「いやよ、こんな醜い姿あなたに見られなくない」
「大丈夫……シャーロットが治してくれる」
「嫌……いやよ……」
暗闇でも見える僕の目には、おぞましい姿のリサの姿がしっかりと見えていた。
蛇の胴体は5メートルはあろうかという長さで、毒々しい模様をしていた。色までは解らないが、その恐ろしい容姿からは想像できない可愛らしい女性の声ですすり泣いている。
「リサ、一緒に逃げよう」
そう言うと、リサは戸惑った声をあげる。
「え……?」
「ここにいたら殺されてしまう」
「いやよ! 出て行きたくない! こんな姿……」
「リサ……」
「どうして!? どうして今になって優しくするの!? あたしより吸血鬼の方を選んだくせに! あたしのことなんてどうだっていいくせに!!!」
リサは泣きながら僕にそう問いかける。
「僕は別に吸血鬼を選んだわけじゃない。僕は何も選べなかった」
また一歩、リサに近づく。
リサは警戒して僕との間合いを取ろうとする。
蛇の胴体がズルズルと動く。
「リサ、僕を好いてくれたことは嬉しいよ。僕はずっといろんな人や魔女に疎まれて生きてきた」
もう一歩リサに近づく。
「だからリサのことを信じられなかった。ずっと魔女に実験されていたんだから当然だろ? 怖かったんだ」
あと一歩でリサに手が届く距離。
「今のリサと同じだ。僕の気持ちが解るだろ? もうそんなに怯えなくていい。一緒に逃げよう」
「ノエル……」
僕はリサの腕に触れた。やけに冷たい。
リサは泣きながら僕に抱き着いてきた。
華奢な彼女の上半身を抱き留めると、実験の酷い情景が浮かんでくるようだった。
「暖かい……幻じゃないのね……」
「あぁ……」
「ずっとあたし……幻術の中にいた。幻のあなたは暖かくなかったの……でも、それが真実だと思ってた……」
「…………行こう。時間がない」
かける言葉を探すのは苦手だ。
いつも言葉が見つからない。
リサは僕を抱きしめていた腕をほどいて軽く僕を突き飛ばした。
「……リサ?」
「いいの。あたしは行かない……行っていいわ」
「どうして?」
「もういいの。あなたに抱きしめてもらえて……あたし、幸せよ。それだけでいいの……」
「何を言っているんだ。身体は治るから――――」
「あたしは……嫉妬の罪名をもらった魔女よ。でも、やっぱり嫉妬なんて美徳じゃなかった。あたしは苦しんだだけだったの。力を使えばあなたを自分のものにできるって思ってた。違ったわ。追い求められるほどあなたは遠くへ行ってしまう」
リサは僕の背中を手で押す。押されるがまま僕は部屋の出口へと向かう。
部屋から完全に出たところで僕はリサに向き直った。
「今ある幸せを抱きしめていることが、本当の美徳なの。あなたがあたしを少しでも求めてくれたことが、あたしにとって最高の幸せよ」
リサは僕の頬に冷たい手で触れる。
「あなたと一緒にいたら、あたしはもっとほしくなってしまう。だから一緒にはいけない。あたしはまたあなたを失ってしまうわ」
泣いている顔は、元々の可愛らしい顔とはかけ離れていたが、記憶の中にある元のリサの顔を思い出させた。
「ノエル、終わりました!」
ふり返ると、アビゲイルが肉塊から完全に分離している姿があった。シャーロットが抱きかかえている。ガーネットも弟を担ぎ上げ、僕の方へ歩み寄ってくる。
「話は済んだか、もう行くぞ」
「あぁ……」
もう一度リサの方を見ると、リサは泣きながら笑って「行って」と言った。
ガーネットに引っ張られて僕は何度かリサの方を振り向いたが、リサは部屋の奥へ消えてしまった。
――リサ……
いつまでもここにいるわけにはいかない。
ご主人様の水泡を解除すると、水は床に散らばった。
ご主人様は真っ先に僕の方へ歩いてきて、僕の左頬を平手打ちする。
パシン!
痛みと共に、僕の髪が揺れた。
「何をしている!? 争っている場合か!!?」
僕の腕をガーネットが引っ張って下がらせる。
「お前、死にかけたんだぞ。解ってんのか!?」
「ごめんなさい……」
「やめろ、出てからやれ! この馬鹿ども!」
僕は不安が込み上げてくる。
彼が治ったら、僕はもういらなくなるのだろうか。しかし、それを考えている時間はない。
「ガーネット、彼を担いで走れる?」
「あぁ……この馬鹿が暴れなければな」
「俺は自分で走れ……ゴホッ……ゴホッゴホッ……ガハッ……!」
ご主人様の口から血が吐き出される。
「ハァ……ハァ……」
「その身体では走れない」
ご主人様は口を噤んで顔をそむけた。
その様子に僕も目をそむけたくなったが、ガーネットにご主人様を担ぐように頼んだ。ガーネットはそれぞれの腕でラブラドライトとご主人様を担ぎ上げる。
僕の血の影響で、力がみなぎっているのだろう。
「大人しくしていろ。喧嘩なら無事に帰ってからにするんだな」
「……」
シャーロットはアビゲイルを抱きかかえている。
「シャーロット、アビゲイルは僕が担ごうか?」
「……お願いできますか? 少し疲れちゃいました……」
「あぁ、僕が背負う」
僕は小柄な少女をシャーロットから受け取った。アビゲイルは生きているようだが、意識はない。僕はアビゲイルを背中に背負う。
大して重みを感じない少女に対して酷く悲しい気持ちになった。
「行こう……」
「あのバカな魔女を助けるのか?」
「……できたらね」
「ふん……」
もう一度僕はリサの部屋の方に向き直った。部屋からは出てくる気配はなく。やはりリサはついてこないようだ。
僕らは来た道を走り出した。
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