罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第57話 召喚

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【キャンゼルのいる部屋】

「この役立たずが!!」

 部屋は燦々さんさんたる状態だった。
 ゲルダが報告に来た魔女を、切り刻んで殺した肉片や血で部屋の半分は汚れている。入口を正面に見た時に右側だ。なぜならゲルダが右手を一なぎするたびに、魔女たちの死骸は右側に吹き飛ぶからだ。
 キャンゼルは元の姿に戻り、ガタガタと震えていた。
 脚の骨が折られたり、肉を焼かれたりの拷問を受けた後だった。もう自力では動けないため、拘束はされていない。

「ゲルダ、落ち着け」
「くっ……本当に役に立たないわ!」

 キャンゼルは震えながらノエルが来てくれることを切望していた。
 自分でどうにかするには荷が重すぎる。雷使いのクロエと、破壊を司るありとあらゆる魔術を扱うゲルダ。
 何をどうしたら助かるのかキャンゼルには解らなかった。

 ――ノーラなら……あたしに助言してくれるのに……

 そんな考えでは駄目だ。
 ノエルはいつも自分でなんとかしようとしていた。自分もそうしないといけない。

 ――でもこんな体じゃ逃げられない……シャーロットがいたら……

 シャーロットのことを思い出したときにキャンゼルはひらめいた。
 キャンゼルはまず、自分の身体の折れていたり、酷い状態の箇所を『再現』する。術を解けば、またこの状態に戻ってしまうだろうが、一時的に逃げる為ならそれでいい。
 あの二人に気づかれないように。
 突然立っていたゲルダが具合が悪そうにその場にしゃがみ込む。背中の翼の付け根を押さえてうめいている。

「そんな状態でノエルに会ってどうにかできるのか? まだ傷が痛むんだろう」
「大丈夫よ、クロエ……優しいのね」

 ゲルダはキャンゼルの方を向いた。

「どうしてノエルはあの吸血鬼と契約しているの?」

 刺すような冷たい声でキャンゼルに言い放つ。キャンゼルは魔術を中断させ、ゲルダの方を真剣にみた。

「知らないわ……」
「…………でしょうね? あなた、どう見ても捨て駒だもの」
「違うわ。ノーラは……あたしを迎えに来る」
「ふふふ……しゃくだけれど、ノエルは賢いわ。あなたを助けるなんてリスクはおかさない」
「そんなことない!」

 そう信じたい気持ちと、ゲルダが言うように自分を見捨てるだろうという予測はキャンゼルを蝕んだ。

「契約……なんて愚かなことを……あれだけ強い力を持ちながら何故わざわざ吸血鬼族などと契約を…………」

 ゲルダは考えながら、キャンゼルを見つめる。

「そういえば、吸血鬼が逃げた時……実験の途中でアビゲイルが逃がしたとか……」

 ブツブツと独り言を言いながら視線を逸らす。

「実験の内容は……臓器の取り出し、他の魔族の臓器との入れ替え手術。腹部の切開をした後に逃走。抵抗させないためにかなり消耗させていたし……怪我の度合いも報告書を見ると浅くない……あの町まで逃げても助かる見込みはなかったはず」

 ゆっくりと歩いていたゲルダは脚を止めた。
 クロエはイライラしながら聞いていた。ノエルに早く会いたい気持ちが焦らせる。

「助ける為? 助ける為……そんなことあり得る? 身を隠して人間として生きていたノエルが、危険を犯してまで吸血鬼と助ける為に契約を……?」
「さぁな……そもそも契約したからって身体の傷は治るのか?」
「元々、吸血鬼族は怪我の回復は早いわ。それは別として衰弱していた身体にノエルの魔力の塊のようなエネルギーが戻ればすぐに回復する。それに吸血鬼は血液の吸収率がいい。他の魔族とはそこが違うのよ。それに、上位魔族で尚且つ血の量が適量だからあのノエルのエネルギーに耐えられているの」
「適量?」
「魔女の血は与え過ぎたらいけないのよ」

 ゲルダは部屋の壁に寄りかかり、キャンゼルを見て笑う。

「理性を失った化け物になるわ」
「……どうでもいい。それよりも城の入口で待とうぜ」
「ここで待っていても来るわ。別に入口でもいいけど……ふふふ」
「何を笑っている」
「ふふふふふ……どうでもいいの? 吸血鬼が化け物になったら、ノエルも化け物になるのよ。あら、元から化け物だったかしらね……」
「なに……?」

 キャンゼルも驚き、ゲルダの方を見開いた目で見ると心の底から笑っている様な表情をしていた。

 ――ノーラはそれを知っているのかしら……

 ウイーン……

 扉が開いたのと同時に、冴えない魔女が入ってきた。法衣のフードを深くかぶり、顔は見えない。どこにでもいるような魔女だ。
 ノエルではないことにキャンゼルは酷くがっかりした。その魔女は辺り一面の血と肉塊の海を恐ろし気に見渡し、震えだした。

「ゲ……ゲルダ様……はぁっ……ご、ご……ご報告申し上げます……」

 やけに甲高い声で、上ずっているというか、まるで声の出し方を忘れてしまったかのような声だった。

「何かしら?」
「リ、リサが地下で暴れて……アナベルを殺しました」
「あら、アナベルをどうやって殺したの?」
「丸のみに……したようです」
「あら、そう」

 ゲルダは表情一つ変えずに指でトントンと自分の腕を軽く叩いている。

「それで?」
「……アナベルの屍が自動制御魔術が暴走し、地下から出てきて暴れていて手に負えない状況です。ゲルダ様、お力添えをお願いいたします」
「…………」

 ヒュンッ

 冴えない魔女の法衣のフードを針が突き抜け、顔が露わになる。
 そうされると、その魔女は恐怖で顔が引きつり、尻餅をついて目を見開いた。脚ががくがくと震わせている。

「ひぃいっ……」
「私は今忙しいのよ。あなたがなんとかしなさい。なんとかできなければ殺すわ」

 ゲルダはその恐怖でのたうち回る魔女を見ていたが、少ししてゲルダはその辺に何人か転がっている魔女の血液を利用し、異界への魔法陣を形成し、異界の扉を開いた。

「これだけいれば、龍族の召喚も可能でしょう?」
「おい、やめておけ……危険だ」

 クロエの反対も聞かず、ゲルダは術式を続行する。
 キャンゼルと報告に来た魔女は恐れおののき、共に扉近くの、血で汚れていない方の部屋の隅へと移動した。
 物凄い熱気がその扉から放出され、やけに熱い。
 やがて獣のような吠える声と共に鱗のついた爬虫類のような大きな腕が出てくる。

「ゴォオオオオオッ!!!」

 赤い色をした龍が現れた。
 外見は大きな蜥蜴とかげのようだが、蜥蜴よりも鱗は鋭く、そして大きい。爪も鋭く、背中には翼がついている。
 苦しみもがきながらもゲルダに無理やり服従させられている様子が見て取れた。
「ふん……やはり腐りかけでも最高位魔女か……」と、クロエはその赤い龍族を見ていた。ゲルダにしっかりと術式によって制約されている。

「ガァアアアアアアッ!!!」
「うるさいわ。黙りなさい」

 ゲルダがその龍の頭を押さえつけると、龍は牙を向きながらもそれに従った。

「契約よりも制約のほうが強いってこと、ノエルに教えてあげるわ」

 龍は鼻息を荒くしながら、キャンゼルと報告に来た魔女の方へ頭を向けた。そのまま二人の匂いを嗅ぐ。

「嫌ぁ……食べないで……」

 キャンゼルが情けない声を上げてそう懇願すると、龍は口を大きく開けた。

「魔女は食べたらダメよ。殺すなら切り裂いて殺しなさい。ノエルが来たら、その鋭い爪で殺すの。翼の部分は傷つけたらダメよ」

 龍はそう指示されると、大きな口を閉じた。龍はジッと二人を見つめた。

「わ、私は、屍退治に向かいます。きょ、恐縮ですが、この魔女も連れて行ってよろしいでしょうか? 人手の確保をしたく存じます」
「駄目よ。その魔女はノエルをおびき出すエサな――――」

 キャンゼルの隣から爆炎が起こった。
 物凄い熱量で部屋の半分を焼き払うように炎が乱舞する。

 キャンゼルは突然のことで何が何だかわからなかった。ただ熱量が激しく、服から出ている肌が焼けつくような感覚がしたことくらいしか解らなかった。

「自分の折れてない脚を再現しろ。走るぞ。早くしろ」

 その声はノエルの声だった。
 先ほどまで別人だったが、それは幻術だったからだ。
 幻術は解けて赤い髪のノエルが姿を現した。


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