罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第67話 生涯を捧げた魔術

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 僕は夢を見続けていた。
 過去にあった出来事。
 夢を見ている間ですら、酷い過去に向き合わなければならない。
 自分が魔女だということも、自分が翼人だということも、殺された家族も、どこにも逃れられない。
 それでも時折なら幸せだった出来事の夢を見る。
 例えば、僕の両親の話をセージから聞いたときのこととか。



 ◆◆◆



【5年前 ノエル】

 どの本を読んでいても、ほぼ必ず出てくるものがある。
 それは『親』という存在だ。母や父というものは大体どの話にも出てくる。
 僕はぼんやりと覚えている両親のことを思い出そうとすると、やっぱり思い出したくないことまで思い出すことになり、どうしても思い出すことが阻害されてしまう。

「ねぇ、セージ。僕の父さんってどんなだった?」

 机に向かって書き物をしているセージに尋ねると、羽のペンをインクの瓶にたてかけて僕の方をみた。

「そうだな……無鉄砲で私の言う事を聞かないような男だったな……」
「セージは僕の母さんも知ってるの?」
「お前の母か……」

 セージは窓の外を眺めながら、自分の髭を触りながら思い出しているようだった。

「ノエルの母も、規格外なことに寛容であったというか……今までの常識に囚われない性格というか……」
「ふーん……僕の母さんと父さんはどうやって知り合ったのかな。魔女と翼人……魔族は世界を分けて住んでいたんでしょう?」
「…………それは、私の責任でもある」

 暗い顔をして下を向き、どこを見ているとも言えない様子でその後セージは言葉を失った。
 僕は座っていた椅子から立ち上がり、セージの元へ歩いて行った。

「セージ?」
「お前の母と父が出会ったのは、私に責任の一端があるんだ」

 眉間にしわを寄せるセージに、僕は抱き着いた。彼を驚き、身体が強張っていた。

「それってすごい! セージがいなかったら僕はいなかったかもしれないんでしょ? それってセージが僕のこと作ったのと同じだよ!」

 無邪気にそう言ってはしゃいで飛び跳ねる僕に、セージは戸惑いながらも手を回して抱き留めてくれた。しわがれた骨ばった手で抱き上げられると僕はその温かさを感じる。
 セージは困ったような顔をして、それでも微笑みながら僕の身体を抱き留めてくれていた。

「両親のことを教えてセージ」
「……本当に聞きたいのか?」
「うん」
「そうか……」

 僕がそう言うと、セージは自分の膝の上に僕を抱えながら話始めた。



 ◆◆◆



【セージの回想】

 魔女が異界と呼ぶ場所は、灼熱の熱気と、毒の沼、日の射さない暗い空間、息苦しい空気……世界と言っても精々全方向に500キロメートルで終焉している狭い空間。
 そのあまりにも過酷な環境に慣れるにはかなりの時間がかかった。
 翼人だけではなく他の魔族たちも全員、狭いその世界に隔離され怒り狂った。
 その怒りは争いを呼び、異界は瞬く間に血で染められ、見かねた私は魔術の研究を始めた。

 まだ若かった私には十分な時間があった。
 必死に帰る方法を探す間、やがて時間は残酷にも過ぎていく。
 もう隔離されてからの長さを数えるのもやめてしまった頃、徐々に新しい翼人が生まれ始めた。
 元々魔族は魔族特融の言葉を使っていたのもあって、向こうの世界の言葉を忘れ始めていた。
 憶えていたむこうの世界の言葉を頼りに、私は翼人族にいつか戻るときの為に言葉を教えようとしたが、聞く耳を持って聞いてくれたのは数人しかいなかった。

 もう彼らは自分たちのいた世界のことなど忘れてしまったのだろうか。

 そう思うと私は深く失望せざるをえなかった。
 新しくできた翼人の子孫らはあちらの世界を知らない。
 しかし、そんな私の話をいつも熱心に聞いてくれた子供が一人いた。

「セージ、向こうの世界のこと教えて」
「タージェン、お前は本当に勉強熱心だな」

 六翼を背中に携えた幼い翼人が私にいつものようにそうせがむ。
 赤くて丸い瞳が私を見つめる。純白の羽がふわふわと揺れていた。

「だって、セージは向こうの世界にいたんだろ? 見たい! 空が青くて、魔族じゃない生き物が沢山いて、ニンゲンっていうのと、マジョっていうのがいるんだろ?」
「タージェン、魔女の話はするな。こちらの世界では禁句だ」
「マジョが魔族を裏切ったからだろ?」
「そうだな。全員が怨みを持っている」
「あー、そういう暗い話はいいから、俺があっちに行ったときに困らないように言葉を教えてくれよ!」
「なんだ、せっかちだな。仕方ない。今日は向こうの世界の童話をきかせてやろう」

 幼いその翼人の成長も、私にとっては驚くほど速く感じた。
 そうして気も遠くなる年月、私は魔術の研究を続け、ついに元の世界に帰る方法を見つけた。
 私は年老いて髭も髪も白くなり、手入れもせずにいたら伸び放題になってしまった。
 しかし、そんなことは気にならない。

「この魔術式で……いいはずだ」

 私は自分の血液を媒介として、その魔術式を発動させるとそこから大きな穴が開いた。
 その美しいあの青い空や、瑞々みずみずしい草花、美しい風景、その全てを夢見てまた元の美しい世界で生きていたいと私は願い続けてきた。
 一歩踏み出し、物凄いエネルギー量で身体を圧迫されながらその扉をくぐると、そこは元の美しい世界……

 ではなかった。

 人間が這いつくばり、痩せこけた人間がそこかしこに重なり合い倒れている。
 多少息苦しい感覚があり、肌がビリビリするような気もするがそれは大した問題ではない。魔女の呪いは上位魔族であればそれほどの影響は受けない。
 私は異界の扉を一度閉ざし、周りの様子を観察していると魔術が飛んできて人間の命を簡単に散した。
 私は気の陰に隠れ、その様子を観察していた。

「嫌だ、助け――――」

 ぐしゃり。

 大きな岩が頭部に直撃し、見るも無残に人間は絶命した。魔女は笑いながら煙のあがる町へと走り去っていった。

 ――どうなっている……魔女は人間の為に我ら魔族を裏切ったはず……

 私が戻りたいと願っていた世界は、青い空は灰色で染まり、木々は枯れ茶色に成り果て、空気は血の匂いを漂わせている。
 私はその死が散乱している世界に絶望しながらも、何かの間違いだと思おうとした。私たちを隔離したイヴリーンは人間を愛していたはずだ。
 人間の為に生きていたはずだ。

 ――なのに、なぜこんなことになっている?

 私は解らなかったが一度異界に戻ることにした。
 森の木々の中、魔法陣を再び描き異界の扉を開き異界へ戻ると、やはりそこは醜悪な世界が広がっていた。
 私は絶望した。
 ずっと恋焦がれていた世界は、もうどこにもないのかと。
 負荷のかかる空間移動を終えて、やっとの思いで家につくと研究書が山のように積まれている風景が目に入る。
 その研究書も今見ると希望の書ではなく、絶望の書に見えた。

「…………はぁ」

 力尽きたように椅子に座ると、深いため息が口から洩れる。
 一体自分は何のために異界から元の世界に戻ることを願っていたのか解らなくなってしまう。

「どこに行っても争いから逃れることは出来ないのか……」

 争いは醜い。
 略奪と蹂躙と苦痛と悲哀と怨嗟しか存在しない。
 私はそこから逃れて静かな暮らしを手に入れたいと願っていただけだ。たったそれだけの難しくない願いはいつになっても成就しない。
 人間と魔女と魔族が共にいたときはそれぞれが争い、魔族が消えた後は人間と魔女が仲良くしているものだと思っていた。しかし、それは叶わなかったようだ。
 魔族は魔族で違う種族同士でいさかいが絶えない。かと思えば、同種族同士ですら争いが絶えない。
 どこに行けば静かに暮らせるのだろう。
 頭を抱えてそう考えていたとき、自分の家の扉を開く者が現れた。

「セージ、どこに行っていたんだ。探していたぞ」

 六翼の若い翼人が私の部屋に入ってくる。
 茶色い髪を後ろへ流し、赤い瞳が私を見つめた。相変わらず服に頓着がないようで、ぼろ布のようなものを身体に巻いている。

「タージェン……入るときは合図くらいしろ」
「魔王の儀がとり行われるっていうのに、主役がいなくなってどうするんだ」
「はぁ……私は魔王なんてものには興味がない。何度言わせる気だ」
「どうしてだ!? いつまでこんなところに閉じこもっているつもりなんだ? 力も魔術も知恵も、他の種族よりも長けているのに……争いを終わらせたいと言っていたじゃないか!」
「私が長になったとしても、争いはなくならない。無意味だ」

 先ほどそれを目の当たりにしてきた。
 イヴリーンがどうなったのか解らないが、どうなってしまったのかは予想がつく。

「暫く一人にしてくれ。私はもう疲れた」

 私はタージェンを無理に追い出した。
 扉を内側から無理やり溶接し絶対に開かないようにした。うるさい声も聞こえないように完全に外からの音を遮断する。
 ため息を吐きながら、私は寝床についた。空間移動ではかなりの負荷が身体にかかったのだろう。疲れ切った私はすぐに意識を手放すことになる。


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