76 / 191
第4章 奈落の果て
第75話 疑心暗鬼
しおりを挟む【ノエルの主】
俺は目を覚ましたときにはもうそこにアイツはいなかった。
飛び起きるともう夜が明け、朝日が窓から入ってきている。辺りを見渡すとそこには白い龍がいた。
日差しを受けてうっすらと発光しているように見える。
俺が起きたのと同時に物音でその白い龍は目を覚ました。
「あ、起きた! ぼくレイン。ノエルからあなたを守るように言われたんだ。よろしくね」
魔族の癖に流暢に話すその龍は、敵意なく俺に向かってそう言ってくる。
「……あいつはどこにいったんだ」
「ノエルのこと? 異界にいくんだって!」
――異界?
「魔女をセンメツしようかと思ったけど、それはやめて異界に行くんだって。ねぇねぇ、センメツってなに?」
「……魔女を皆殺しにするってことだ」
そんなこと、できるわけがない。あいつは、弱いただの女だ。俺の、奴隷の女だ。誰よりも優しくて、虫一匹殺すこともできずに外に逃がそうとする女だ。
草花を眺めながら毎日水を取り替えていた姿を思い出す。俺は興味がなかったが、いつも庭で育てている草や花の成長に一喜一憂していた女が、殲滅だなんて信じられない。
信じられない気持ちの反面、魔女をあっさりと殺すあの姿が思いだされるとまるで別人のように遠く感じた。
「皆殺しにするんだー! あはははは楽しそうだねー! ぼくもやったことあるよ!」
白い龍は残酷なことを楽しそうに口走っていた。魔族の感覚は解らない。
頭を抱えながら俺は考え事に耽る。あいつが魔女だとわかってから、まだ一日、二日しか経っていない。
怒涛の時間が一気に過ぎて、わけが解らなくなっていた。魔女だということも受け入れられないまま、吸血鬼と契約をしていることも、他の男と昔一つ屋根の下で暮らしていたってことも、あいつに色目を使う男がいるってことも、わけがわからない。
「最悪だ……」
俺は、幾度となくあいつに「魔女は嫌いだ」と言ったことを思い出した。
それを、あいつはどんな気持ちで聞いていたんだろうか。
あいつも魔女が嫌いだと言っていた。
それは魔女に捕まっていたから当然だと思っていたが、自分自身が魔女であることが嫌だと言っていたのなら、あまりにも酷いことを言わせていたと感じる。
結局、話し合う時間もなかった。苛立ちも、悔しさも、悲しみも、憎しみも、後悔も全部が一緒に渦巻いている。
「ねぇ、君名前はなんて言うの?」
「うるせえ。探しに行くぞ」
異界とはなにかも解らない。どこに探しに行ったらいいかわからない。それでもそうせずにはいられない。
「ノエルは『捜さないで』って言っていたよ? ぼくもノエルに会いたいけど……でもたまに会いに来てくれるっていうから、我慢することにしたの」
さっきから事情に詳しいその白い龍は、あいつのなんなのだろうかと俺は思った。
「……お前はなんなんだよ。あいつのペットか?」
あいつが魔女なら、あの吸血鬼もこいつも納得ができる。
「ぼくはね! 魔女に捕まっていたところから逃げてきて、ノエルが助けてくれたんだ! だから僕ノエルが魔女でもノエルのこと大好きだよ! いつも僕に優しくしてくれるの」
白い龍はそう言って無邪気にしている。
「お前、あいつに会いたいんだろ? だったら俺に協力しろ」
「えー、ぼくお腹すいたよー! 肉が食べたい!」
「……肉か……確かアイツが保管庫に加工した肉が置いてあったな……」
「いつもノエルはぼくに食べ物持ってきてくれたんだよ。ケガも手当してくれて、だからぼく、元気になった!」
この龍は一体いつからアイツに世話されていたんだという疑問が浮かぶ。
しかし、そんなことは些細なことだ。もう細かいことなんて何も気にならない。
「ねぇねぇ、人間さん。何か凄い力でもあるの?」
「あぁ? なんでだよ」
「だってね、ノエルは翼人と魔女の混血で凄いんだよ。最強の魔女なんだよ! もう、ドカーン! て悪い魔女なんかすぐやっつけちゃうんだよ」
「翼人との混血?」
「そうだよ! ノエルは片翼しかないけど三枚の翼があって、すごく綺麗なんだよ」
あの背中についていた白い片翼を思い出した。三枚の大きな翼。俺がいつも見ていた背中の模様がそうだったんだ。
何も知らなかった自分が馬鹿みたいだと感じる。
「俺は……ただの人間だ」
「そうなの? いつもすっごい心配していたよ」
羽ばたきながら、その龍はあいつの話をした。何人もの魔女と渡り合い、命からがら帰ってきたことを聞いたとき、俺は胸が痛くなった。
命がけで出かけて行ったあいつに、ひどく冷たく当たってしまったことを後悔した。
俺は……あいつがいない寂しさを埋めようと他の女に手を出した。
それが、どれだけあいつを傷つけているか、そんなこと、考えなくても解っていたのに……――――
ドンドンドンドンドン!
「おい! あけろ!!」
扉を強く叩く音が聞こえた。
町の人間の荒々しい声に、白い龍はビクリと身体を硬直させる。
扉を開くとそこには町の人間が俺の家の周りに何人もいて、俺を睨みつけてきた。
「……なんだよ」
ヒュンッ!
いきなり風を切る音がして俺は肩の辺りに痛みが走った。
――なんだ? ……石?
「何しやがる!?」
「おい! 裏切り者!!」
町の人間は全員手に武器を持っているのが見えた。
「あ? 何のことだよ……」
「白を切る気か!! 魔女を匿っていたなんてお前は信用できない! 魔女に俺たちを売ったんだろう!! この異端者!」
「そうだ! ノエルが魔女だと知りながら匿っていたんだろう!! 魔女の内通者だ!! やっぱりお前は昔からおかしかった!」
町の人間は怒りをあらわにして俺を攻め立てた。
昔のことまで引き出して言いたい放題だ。
俺が反論する間もなく次々に罵倒の言葉が飛んでくる。
「それにその後ろにいる魔族はなんだ!? 魔女が来た日に現れた! お前……まさかお前も人間じゃないのか!?」
「ふざけんな!」
――ふざけんなよ……
俺が人間じゃなかったら、あいつとわざわざ離れなくてもよかったのに。俺が人間じゃなかったらこんなことにはならなかったのに。
好き勝手言いやがって。
こっちの気も、事情も何も知らないくせに。
俺たちの絆も、気持ちも、今までの思い出も、2人の時間も、何も知らないくせに……!
俺が口を開く前に、白い龍が声を上げた。
「なんでそんな怒っているの? ノエルが町の人を助けたのに、守っていたのに!」
龍が町の人間に対し、問いかけると罵詈雑言を口走った。
「ノエルは前から不気味だと思っていたんだ」
「そうだ。ノエルがご執心なお前も人間じゃないんだろう! だから2年前魔女をあんなに殺せたんだ!」
俺は聞くに堪えず、反論する。
「お前らにあいつの何が解るんだよ! 俺はあいつが魔女だって知らなかった!」
「嘘をつくな!」
ヒュンッ!
また石が飛んできた。俺が咄嗟に頭をかばうように腕を前に出す。
すると龍が俺の前に飛び出し、炎が巻き起こった。あいつほどではないが強力な炎はその石を消し炭にした。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる