罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第75話 疑心暗鬼

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【ノエルの主】

 俺は目を覚ましたときにはもうそこにアイツはいなかった。
 飛び起きるともう夜が明け、朝日が窓から入ってきている。辺りを見渡すとそこには白い龍がいた。
 日差しを受けてうっすらと発光しているように見える。
 俺が起きたのと同時に物音でその白い龍は目を覚ました。

「あ、起きた! ぼくレイン。ノエルからあなたを守るように言われたんだ。よろしくね」

 魔族の癖に流暢に話すその龍は、敵意なく俺に向かってそう言ってくる。

「……あいつはどこにいったんだ」
「ノエルのこと? 異界にいくんだって!」

 ――異界?

「魔女をセンメツしようかと思ったけど、それはやめて異界に行くんだって。ねぇねぇ、センメツってなに?」
「……魔女を皆殺しにするってことだ」

 そんなこと、できるわけがない。あいつは、弱いただの女だ。俺の、奴隷の女だ。誰よりも優しくて、虫一匹殺すこともできずに外に逃がそうとする女だ。
 草花を眺めながら毎日水を取り替えていた姿を思い出す。俺は興味がなかったが、いつも庭で育てている草や花の成長に一喜一憂していた女が、殲滅だなんて信じられない。
 信じられない気持ちの反面、魔女をあっさりと殺すあの姿が思いだされるとまるで別人のように遠く感じた。

「皆殺しにするんだー! あはははは楽しそうだねー! ぼくもやったことあるよ!」

 白い龍は残酷なことを楽しそうに口走っていた。魔族の感覚は解らない。
 頭を抱えながら俺は考え事にふける。あいつが魔女だとわかってから、まだ一日、二日しか経っていない。
 怒涛どとうの時間が一気に過ぎて、わけが解らなくなっていた。魔女だということも受け入れられないまま、吸血鬼と契約をしていることも、他の男と昔一つ屋根の下で暮らしていたってことも、あいつに色目を使う男がいるってことも、わけがわからない。

「最悪だ……」

 俺は、幾度となくあいつに「魔女は嫌いだ」と言ったことを思い出した。
 それを、あいつはどんな気持ちで聞いていたんだろうか。
 あいつも魔女が嫌いだと言っていた。
 それは魔女に捕まっていたから当然だと思っていたが、自分自身が魔女であることが嫌だと言っていたのなら、あまりにも酷いことを言わせていたと感じる。
 結局、話し合う時間もなかった。苛立ちも、悔しさも、悲しみも、憎しみも、後悔も全部が一緒に渦巻いている。

「ねぇ、君名前はなんて言うの?」
「うるせえ。探しに行くぞ」

 異界とはなにかも解らない。どこに探しに行ったらいいかわからない。それでもそうせずにはいられない。

「ノエルは『捜さないで』って言っていたよ? ぼくもノエルに会いたいけど……でもたまに会いに来てくれるっていうから、我慢することにしたの」

 さっきから事情に詳しいその白い龍は、あいつのなんなのだろうかと俺は思った。

「……お前はなんなんだよ。あいつのペットか?」

 あいつが魔女なら、あの吸血鬼もこいつも納得ができる。

「ぼくはね! 魔女に捕まっていたところから逃げてきて、ノエルが助けてくれたんだ! だから僕ノエルが魔女でもノエルのこと大好きだよ! いつも僕に優しくしてくれるの」

 白い龍はそう言って無邪気にしている。

「お前、あいつに会いたいんだろ? だったら俺に協力しろ」
「えー、ぼくお腹すいたよー! 肉が食べたい!」
「……肉か……確かアイツが保管庫に加工した肉が置いてあったな……」
「いつもノエルはぼくに食べ物持ってきてくれたんだよ。ケガも手当してくれて、だからぼく、元気になった!」

 この龍は一体いつからアイツに世話されていたんだという疑問が浮かぶ。
 しかし、そんなことは些細なことだ。もう細かいことなんて何も気にならない。

「ねぇねぇ、人間さん。何か凄い力でもあるの?」
「あぁ? なんでだよ」
「だってね、ノエルは翼人と魔女の混血で凄いんだよ。最強の魔女なんだよ! もう、ドカーン! て悪い魔女なんかすぐやっつけちゃうんだよ」
「翼人との混血?」
「そうだよ! ノエルは片翼しかないけど三枚の翼があって、すごく綺麗なんだよ」

 あの背中についていた白い片翼を思い出した。三枚の大きな翼。俺がいつも見ていた背中の模様がそうだったんだ。
 何も知らなかった自分が馬鹿みたいだと感じる。

「俺は……ただの人間だ」
「そうなの? いつもすっごい心配していたよ」

 羽ばたきながら、その龍はあいつの話をした。何人もの魔女と渡り合い、命からがら帰ってきたことを聞いたとき、俺は胸が痛くなった。
 命がけで出かけて行ったあいつに、ひどく冷たく当たってしまったことを後悔した。
 俺は……あいつがいない寂しさを埋めようと他の女に手を出した。
 それが、どれだけあいつを傷つけているか、そんなこと、考えなくても解っていたのに……――――

 ドンドンドンドンドン!

「おい! あけろ!!」

 扉を強く叩く音が聞こえた。
 町の人間の荒々しい声に、白い龍はビクリと身体を硬直させる。
 扉を開くとそこには町の人間が俺の家の周りに何人もいて、俺を睨みつけてきた。

「……なんだよ」

 ヒュンッ!

 いきなり風を切る音がして俺は肩の辺りに痛みが走った。

 ――なんだ? ……石?

「何しやがる!?」
「おい! 裏切り者!!」

 町の人間は全員手に武器を持っているのが見えた。

「あ? 何のことだよ……」
「白を切る気か!! 魔女を匿っていたなんてお前は信用できない! 魔女に俺たちを売ったんだろう!! この異端者!」
「そうだ! ノエルが魔女だと知りながら匿っていたんだろう!! 魔女の内通者だ!! やっぱりお前は昔からおかしかった!」

 町の人間は怒りをあらわにして俺を攻め立てた。
 昔のことまで引き出して言いたい放題だ。
 俺が反論する間もなく次々に罵倒の言葉が飛んでくる。

「それにその後ろにいる魔族はなんだ!? 魔女が来た日に現れた! お前……まさかお前も人間じゃないのか!?」
「ふざけんな!」

 ――ふざけんなよ……

 俺が人間じゃなかったら、あいつとわざわざ離れなくてもよかったのに。俺が人間じゃなかったらこんなことにはならなかったのに。

 好き勝手言いやがって。
 こっちの気も、事情も何も知らないくせに。
 俺たちの絆も、気持ちも、今までの思い出も、2人の時間も、何も知らないくせに……!

 俺が口を開く前に、白い龍が声を上げた。

「なんでそんな怒っているの? ノエルが町の人を助けたのに、守っていたのに!」

 龍が町の人間に対し、問いかけると罵詈雑言を口走った。

「ノエルは前から不気味だと思っていたんだ」
「そうだ。ノエルがご執心なお前も人間じゃないんだろう! だから2年前魔女をあんなに殺せたんだ!」

 俺は聞くに堪えず、反論する。

「お前らにあいつの何が解るんだよ! 俺はあいつが魔女だって知らなかった!」
「嘘をつくな!」

 ヒュンッ!

 また石が飛んできた。俺が咄嗟に頭をかばうように腕を前に出す。
 すると龍が俺の前に飛び出し、炎が巻き起こった。あいつほどではないが強力な炎はその石を消し炭にした。


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