罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第74話 最期のくちづけ

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 その意味は誰もが解っただろう。

「おい何言ってんだよ。お前まさか自分が魔女だから……俺にバレたからって俺が態度変えると思ってんのか? だったら……――」

 僕は首を左右に激しく振った。
 怖かった。それでも受容れてくれたことが嬉しかった。

 僕が魔女でもいって
 穢れた血でも……いいって――――

「ご主人様……僕は……僕は少しでも……あなたの心の中にいられましたか?」

 声を振り絞って、懸命に僕はそう口から言葉を紡ぐ。
 本当はこんなこと言いたくない。
「一緒にいたい」「離れたくない」と素直に自分の気持ちを言うのなら、まだ素直に言えそうな気がするが、僕の口から必死に紡がれる言葉は僕の気持ちとは逆の言葉だ。

「なんだよ、お前……さっきから。ふざけているのか? お前……まさか死ぬんじゃないんだろ? なぁ……? ずっと昏睡状態で心配したんだぞ……お前が……もう目覚めないかもしれないって……」

 死ぬのは僕じゃない。

 僕だったらどんなに良かったかと考えると、心臓が止まりそうになるほど締め付けられて、不整脈を起こして本当に死んでしまうかもしれないと感じた。
 僕が話を進められず、泣いているとガーネットが沈黙を破った。

「死ぬのはお前だ。人間」

 僕は耐えられずにしがみついていた手を放し、立ち上がってご主人様に腕をまわし、抱きしめた。

 ――あぁ……これが最後の抱擁になるのかな……

 もう二度とこの暖かさも匂いも感じられないのかな。
 もう二度と、声も聞けないし言葉も交わすこともできないのかな……――――――
 感情なんて不完全なもの、もはや捨ててしまいたいとすら願う。

「……は? 言っている意味が分からねぇ。おい、説明しろ」

 僕は止まらない涙でご主人様の髪を濡らしながら、声にならない声で言った。

「このまま僕が傍にいたら……あなたは死んでしまう」

 僕はご主人様を離した。
 そして彼に唇を重ねる。柔らかい感触がした。
 少し冷たい彼の唇は、震えている様だった。

 最期のくちづけだ。

「お別れですね……ご主人様」
「お前……待てよ……そんなの……!」

 僕はご主人様から離れた。ガーネットを涙で濡れた目で見ると、腕を組んで寄りかかっていた椅子から身体を起こした。
 僕の赤い長い髪が重く揺れる。ご主人様が僕を掴もうとした手を、ガーネットがご主人様の腕を掴んで阻止する。

「引き際を∥弁《わきまえ》えろ。見苦しいぞ」
「ふざけるな! 放せ!」
「ハッキリ言わないと解らないのか? お前は――――」

 その先の言葉は、聞きたくなかった。

「ノエルに捨てられたんだ」

 僕は溢れる涙で前が見えなかったが、こうする他に一体どんな選択肢を僕が選べたというのだろう。
 クロエはニヤッと笑って満足げにしている。
 シャーロットも心なしか涙ぐんでいるようだった。
 ガーネットはご主人様が僕に掴みかからないように止めていてくれた。

「放せよ……! お前は俺のもんだろ!? 一生俺のものだって誓ったはずだ! お前は約束を違えるのか!?」

 やめてください、それ以上言わないで……お願い……――――

 他のどんな酷い言葉で罵倒されるよりも、耳を塞ぎたくなるような言葉で罵倒されて苦しさに溺れてしまいそうになる。

「ノエル……ここを離れてどこへ行くのですか?」
「……シャーロット……本当にありがとう。頼みがあるんだ。ついてきてくれるか?」

 つらそうな目をした彼女は、苦笑いを無理やり作った。

「ええ……行く場所も、縛られる理由もないですから……アビゲイルも助けていただきましたし……」

 僕はご主人様の部屋へ入って、丸くなって眠っているレインを起こした。
 その部屋の匂いや、自分がいつも眠っていたベッドの横はやけに懐かしく感じた。
 もう二度と、ここには来ないのだと思うと胸が詰まる。

「……ノエル? ノエル! 起きたんだね!」

 レインは僕を見ると、喜んで僕の腕に抱かれるよう胸に飛び込んできた。
 僕に頬ずりをしてくるが、相変わらずレインの鱗は鋭くて痛い。バタバタと喜んでいるレインをしっかりと抱き留め、その汚れている包帯をゆっくりとほどいた。
 怪我は完全には治っていないけれど、もう包帯をとっても問題ない程度にはなったようだ。包帯をすべてほどくと、レインの美しい白くて硬い鱗が見えた。

「どうしたの? ……泣いているの?」
「レイン……お願いがあるんだ」
「なーに? ぼく、ノエルの為なら何でもするよ!」

 僕はその無邪気なレインの声を聞いたら、少し笑顔になることができた。

「彼の……ご主人様の傍にいてくれないかな」
「えー!? あの怒りんぼの人間のそばに!!?」

 僕がレインと話している間にも、ご主人様の声はずっと聞こえていた。必死に僕に対して行くなと言っている。

「彼を……僕の代わりに守ってほしいんだ。レインにしか頼めない。悪い魔女がきたら……彼を魔女から守って欲しい」
「なんで? ノエルが傍にいたらいいのに……ぼくはノエルといたい。ぼくをおいていかないで……」

 僕は再びレインを抱きしめた。
 小さい身体から小刻みな震えが伝わってくる。
 ずっと寂しい想いをさせてしまっていた。僕もレインを異界に返してあげたい。でも、彼を守る誰かがいないと駄目だ。
 魔女では駄目だ。
 しかし、龍族は魔術系統の魔族ではない。せいぜい炎の魔術を一瞬使うのが精いっぱいだったはずだ。

「レイン……正直、よく覚えていないんだが……赤い龍に君を頼むと言われたことだけは覚えているんだ」

 法衣のポケットから龍の鱗を取り出すと、レインに見せる。
 それをみてレインは動揺して僕の顔を何度も見た。
 その赤い鱗にはレインは見覚えがあるようだ。
 レインの瞳から雫が落ちるのを見て、僕は赤い龍も涙を流していたことを思い出した。
 残酷な光景も同時に蘇る。

「その赤い鱗の龍は……亡くなった。助けられなかった……」
「そんな……」

 赤い鱗をレインは抱き留めながら泣いていた。

「僕はこれから、こんな悲しいことがおきないように『あること』をしないといけない。それには……レインに協力してもらわないとできない。僕がそれをきちんと成し遂げるまで、彼の傍にはいられない。僕の大切な人なんだ……レインのように守ってくれる仲間がいないと……僕が彼から離れられない」

 僕も泣きながら、レインを抱擁する。

「…………解った……ぼく、頑張るよ。……また会えるよね? ぼくのこと忘れちゃったりしないよね……?」
「レインのこと、忘れたりなんかしないよ。約束だよ」
「うん! 約束!」
「……お願いね。必ず異界に帰すから……僕の羽を渡すからもしものときは僕を呼んで? 僕もその羽に合図をだしてレインを呼ぶから」

 そう言って僕は自分の翼から一つ羽を毟り取った。

「シャーロット、きて」

 現れたシャーロットに赤い鱗と僕の羽を渡した。

「これを使ってレインの首にかけられるように、首飾り状にしてほしい」
「解りました」

 赤い鱗が鎖のように変化し、僕の羽がふわふわとその鎖の円に連なってついている。
 それをレインの首にかけた。
 一度は解ってくれたレインだったが、やはり寂しいのか僕がレインを降ろすまで自分からは離れようとはしなかった。

「おい!! 俺の言うことが聞けないのか!!」
「大概にしろ。ノエルがお前を想ってのことだとどうして解らないんだ」
「ふざけんな! そんなこと頼んでねぇだろうが!!」
「……なんなのだ? 貴様の感情は全く理解できん。ノエルをこれ以上苦しめるな」
「苦しめて何が悪い!? 俺のものだ! 誰にも渡さねぇ!!」

 今も尚、僕に対してそう言い続けている。

「シャーロット……彼を眠らせてくれないかな……」
「……よいのですか?」
「……うん」

 人間が考えた偶像に、万物を創造したと言われる存在がいる。それは“神”と呼ばれ、人間の心を支えたという歴史が残されていたのを思い出す。
 神というものがいるなら、酷く残酷だ。
 こんな別れ方するくらいなら、どうして僕と彼を合せたのだろう。僕はあのまま死んでしまっていれば良かったかも知れないとすら思った。
 どうして与えてからまた奪うのか。これ以上、僕から何も奪わないでほしい。
 僕はそんなにも欲張りな願いなどしていないはずだ。

「勝手に俺から離れるなんてゆるさねぇ! だったら俺がお前を……――――」

 シャーロットが魔術式を彼にかけたら、彼は瞬きする間に眠ってしまった。
 そしてガーネットの腕にもたれるように倒れる。ガーネットはやれやれといった様子で再び彼をベッドへと運んだ。

「……ノエルはこれからどうするの?」
「僕は……」

 クロエとシャーロットを見つめた。

「魔女の殲滅せんめつ……」
「えっ!?」

 シャーロットが物凄く驚いた様子で僕を見た。クロエは聞いた瞬間にお腹をかかえて笑い出した。

「すげぇな。流石俺の女。やることがちがうぜ」
「――と、思ったこともあったけど」

 続けざまに話し出すとシャーロットはホッと胸をなでおろし、クロエは「なんだよ」と文句を言っていた。

「僕はこれから異界に行こうと思う」

 それを聞いた全員が唖然として僕の方を見つめていた。


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