罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第73話 ただ、側にいられたら良かったのに

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 シャーロットが言っている意味が、解らなかった。いや、解らないわけじゃない。解りたくなかった。信じたくなかった。

 そんなことあり得ない。
 そんなわけない。
 そんなこと、あるはずないんだ。
 そんなわけないそんなわけないそんなわけない。

 ぐるぐると理解と不可解と否定が混じってうずまいていく。

「シャ……シャーロット……冗談だよね……? 僕の……こと……か……からかって……」

 僕は鼓動が早まった。
 自分の鼓動がうるさい。嫌な汗をじっとりと感じた。
 僕は定まらない目でご主人様の部屋の方を見た。今も尚、咳き込んでいる様子が扉越しに聞こえてくる。

「……もうかなり重症の魔力中毒です……実験施設や街で以前、同じ症状の人を見たことがあります……人間だけが発症する奇病は度々報告がありましたが、最近魔力中毒は解明され――――」

 頭に、何も入ってこない。自分だけ、時間軸に取り残されているような感覚だ。

「俺も見た事あるぜ。街はずれにいた廃人の奴隷も魔力中毒の果てだったろ」
「ええ……彼らは手の施しようのない人々でした……」

 街のはずれにいた人々は、皆廃人となっていた。
 精神が錯乱し、狂気に蝕まれていた。疫病に侵されていたように見えたのは、あれは魔力中毒によるものだったのだろうか……――――

「僕が……これ以上傍にいたら…………死んじゃうの……?」

 聞きたくないのに、僕は聞かずにはいられなかった。

 だって、いままでだってずっとそばにいた。
 一緒にいた。
 そんなはずない。
 何かの間違いだ……――――――――

 けして僕は理解力がない訳ではないし、どちらかと言えば子供のころから物分かりのいい方だったはずだ。
 どうして自分がこんなにも今の状況を理解できないのか、理解ができない。

「……徐々に状態は悪化し、最終的に昏睡状態になり、そのまま息を引き取るでしょう」

 きがつけば、涙が溢れてきていた。
 涙が頬を伝ってぽたりぽたりと落ちていく感覚だけが鮮明だった。

 ――そんな……そんなこと……僕はただ、傍にいたかっただけなのに……

 ただそばに置いてほしかっただけなのに。
 僕の居場所になってほしかっただけなのに。
 彼が幸せならそれでいいって思っていたのに、いつの間にか僕はこんなに我儘になってしまった。欲張りになってしまった。
 強欲の罪に対する罰なのだろうか。
 人間が定める罪というものは、けして許されてはならない事柄なのだろうか。

「そんな……そんなこと…………じゃあ、ある程度の距離を保って……とかは?」

 代替案を彼女に提案するが、シャーロットは首を横に振る。

「……それがあなたに可能なのですか? 仮に一日に一回、数十分程度の接触でも症状は悪化していくでしょう。他でもないあなたの魔力だからこそ」

 そう言われた僕は尚更現実を受け入れられなかった。
 ずっとご主人様の傍にいて、ずっとこんな力なんていらないって思っていた。
 破壊する力なんて何の役にも立たない。
 魔女の力も、翼人の翼もいらないから、普通の人間になりたいと僕はずっと思っていたのに。

「ご主人様……ッ……」

 僕はひたすらに涙が溢れてきた。僕の肩をクロエが触れようとしたが、ガーネットがそれを阻む。僕の隣にいたガーネットの腕を掴んで強く握った。
 強く握ったと言っても、僕の肉体の力なんて大したことはない。
 その精一杯の力でガーネットに縋るようにしがみつくと、彼は困った様子だったがそのまま手を振り払う事なくただ僕が落ち着くまで待っていてくれた。
 彼を失う恐怖も辛さも何もかも受け入れられなかった。



 ◆◆◆



 どれほど僕は泣いていたのだろう。
 もう何もかもがどうでもよくなっていた。
 彼がいない世界なんて、ないのと同じ。お願いだからもう奪わないで。
 これ以上奪われたら壊れてしまう。

 ――違う

 違う違う違う。

 ――僕がこの世を壊してしまう

 ガーネットもシャーロットも、クロエさえも泣いている僕に何も言ってこなかった。
 僕は、どうするべきか解っていた。
 解っていても、それを実行するのはあまりにも残酷だった。

「……ご主人様……うぅ……うっ……」

 何度目か解らない呼び声に、返事があった。

「…………何泣いてんだ。バーカ」

 ご主人様の声が聞こえた。
 僕が泣きながらご主人様の方を見ると、彼はこっちを見ていた。
 口の周りの血を乱暴に腕で拭うと、口の周りの血が霞む。

「お前はどこにもいかないだろ? 俺もお前を手放す気はねぇ」

 いつも通りのご主人様だった。
 それを見て僕はもっと涙が止まらなくなり、下を向いて泣いていた。
 これが最後に交わす言葉になると思うと、喉元で言葉がつかえて何も言えなかった。

「そいつ嘘ついてんだ。俺のこと治してなんかいねぇ……ゴホッ……ゴホッ……」

 シャーロットは目を背けた。僕も泣いていて言葉が出せない。
 もしそうならどれだけいいだろうか。

「……いつまでそんな吸血鬼にしがみついてんだ。俺以外を触るなって言っただろ」

 ご主人様は僕に近づいてきて抱きしめてくれた。ガーネットを掴んでいた手を放し、ご主人様の服をギュッと強く握った。
 いつものご主人様の匂いがした。僕は息が詰まって頭が痛くなってくる。

「つーかお前、俺に包み隠さずに言えよな。お前が……魔女だって俺は気にしてねぇよ。魔女でも人間でも、お前はお前だろ?」

『魔女だって気にしない』という言葉が突き刺さった。
 深く突き刺さって胸が痛く苦しくなる。
 ずっと魔女だって解ったらそばに置いてくれなくなるんじゃないかって思ってた。身体が治ったら僕のこと要らなくなっちゃうんじゃないかって思ってた。
 その不安を払しょくすると同時に、この不条理が殺意を露わにして深く僕を突き刺す。
 僕が魔女じゃなかったら傍にいられたのに。

 ――僕が魔女だから傍にいられないのに……

「町の連中がお前のこと……怖がっても、俺がお前を守ってやる」

 それ以上言わないでください。
 それ以上は余計に辛くなってしまうだけだから。

 言葉に出してそう言いたいのに、苦しくて言葉が詰まって言えない。言いたいことが雪崩のように急き立てるのに、その言葉は不規則でうまく表現できない。
 激しく感情ばかりが打ち付けるばかりで、それがどれほど苦しいか、文字通り言葉にすることは出来ない。

「……ご主人様……」

 やっとの思いで僕は口を開けた。やはり声が震えてうまく話せない。

「なんだ?」
「……僕は……ご主人様なしでは……生きて……いけません」

 そうとぎれとぎれに言うと、ご主人様は安堵したような様子で軽く息を吐き出した。

「なんだよ今更、解っている」
「僕は……あなたが……あなたが…………大好きです……」
「……あぁ、解ってる」
「っ……うぅ……ッ……ご主人様…………一緒にいられて幸せでした」

 ご主人様の顔は見られない。しかし、不穏な空気を彼が感じ取ったのは解った。

「“でした”ってなんだよ……おい。これからもお前は……俺の……」
「僕のこと、あのとき……助けてくれて……あ……ありがとうございました……」

 少し、ご主人様の声が焦り始める。
 僕ら以外の三人はただ黙って僕の言葉を聞いていた。


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