罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第72話 現実

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【現在】

 うっすらと目を開くと、部屋に灯る蝋燭の光ですら僕には眩しく、何度も瞬きをして目を光に慣らす。
 隣に何か硬い暖かい感触があり、顔を向けると白いものがいることが解り、そしてその白くて硬いものはレインだという事が解った。
 眠っているレインを起こさないように僕は身体を起こした。
 背中が痺れるような感覚があり、身体の節々が上手く動かせずに痛む。
 どうやらずっと同じ体勢のまま眠っていたらしい。それもこれだけの違和感を感じるということは、かなり長い間だということも理解する。

 ――ここは、ご主人様の家……ご主人様のベッド……

 疲れ切っていた僕は気絶する前のことをよく覚えていない。
 ゲルダに龍を傷つけられて、それからのことはぼんやりと断片的に覚えている程度で、ほとんど思い出せない。
 これが夢なのではないかとすら思えてくるが、身体の重さが現実をつきつける。
 それはそうとご主人様はどこにいるのだろうと不安にかられ、僕は立ち上がったがやけに足元がふらつく。

「――――ですが……――――なん……――――」

 声が聞こえてきた方へふらふらと歩き近づいていくと、誰の声か判別がついてきた。

「なんだって……?」
「ですから……人間の身体として……は解決……した――――」

 話しているのは、シャーロットと……ご主人様だろうか。
 ご主人様の声を聞いた僕は一安心する。
 元気そうな声が聞こえて緊張がとけた。
 何の話をしているか解らないが、足取りもおぼつかなければ、頭にもよく言葉が入ってこない。僕は今出せる精一杯の力で扉を開けた。

 ――ご主人様……無事でよかった……シャーロットもいるし、これでお身体が……――――

 そうやっとのことで報われた気持ちになり、その気持ちを言葉に出そうとした刹那、ご主人様の顔が目に入った。
 優しい表情ではなく、焦っているような、それでいて、怒っているような。
 魔女相手だから険しい表情をしているのかと思ったが、その疑問はすぐさま払しょくされる。強風に晒されたか弱い花が一気に根こそぎ散るような、そんな感覚だった。

「俺の身体が良くならないってどういうことだよ!?」

 ――え……?

 ぎぃ……

 扉が開ききると、古い木は軋んでわずかに悲鳴をあげた。
 悲鳴をあげる僕の気持ちと同調するように、消えるようにその軋む音も消えていく。
 理解できずにたちすくす僕をその部屋の全員が見ていた。
 僕がご主人様を見るよりも、他の全員がずっと驚いたような表情をしていることに僕は気づかなかった。

「ノエル、大丈夫か!?」

 真っ先に僕の方へ近づいてきたクロエにも目もくれず、シャーロットの方へ僕は歩く。一歩を踏み出しているはずなのに、永遠にそこへはたどり着けないような奈落を感じた。
 ふらつく足元が浮いているような感覚から、まるで床に沈んでいくほど重く感じた。床が抜けてそのまま地中の中におぼれて行ってしまいそう。
 僕がふらつくと、近くにいたクロエよりもガーネットが僕をすかさず支えてくれた。

「……まだ寝ていろ」

 ガーネットの声も僕には届かないまま、僕はようやくご主人様とシャーロットの前にたどり着く。

「ノエル……」

 シャーロットはうろたえた様子で僕の名前を呼んだ。
 僕は心臓が不整脈をおこして止まりそうになるほど激しく脈打っているのを感じる。

「シャーロット、ご主人様の治療をして……」

 白い魔女は僕から目を逸らして視線を床に落とした。
 何故返事をしないのかと僕はシャーロットの肩を右手で掴む。

「どうしたの? 治せるでしょう? さっきの話はどういうこと?」

 片手で掴んでいたが、僕は両手でシャーロットの肩を掴んだ。
 シャーロットは僕の様子に恐怖を感じたのか、顔が引きつっていたが、僕にはシャーロットの顔がどうとかその姿がどうとか、そういったことは認識できない状態になっていた。

「ノエル、落ち着け……」
「答えてよ……シャーロット!!」

 僕は自分の翼を隠している魔術式が解け、3枚の片翼が露わになる。
 魔術式が暴走するように展開され、僕の意志とは関係なく冷気で空気が凍てつき始め、別の魔術式で空気は焼けるように熱気を帯びて、そしてまた違う魔術式で大気中の空気が分裂反応すらしはじめた。

「ノエル駄目です! 魔術式を収めてください!」

 シャーロットがそう言われた後、隣にいたご主人様が苦しみだして咳き込み始めた。いつもよりも激しく咳き込み、倒れこむように膝をついた。
 咳を押さえるように口元を当てている手に、滴るほど血液が付着しているのが僕の目に入ると展開されていた魔術式が解け、再びその空気は正常に戻る。
 空気は正常に戻っても、ご主人様は尚も苦しみ続ける。

「ノエル、大事な話があります。聞く覚悟は……ありますか?」
「どういうこと……」

 シャーロットは言いづらそうにしているが、椅子を引いて僕を座らせようと促す。でも僕はご主人様から離れられない。

「シャーロット治して……」
「……それについて今からお話します……ガーネット、彼を寝室にお願いできますか」
「あぁ……」

 ガーネットはぐったりしているご主人様を担ぎ上げ、レインがまだ眠っている彼のベッドへと運んでいった。
 僕はついていこうとしたけれど、クロエに腕を取られて阻まれる。

「放して……」
「駄目だ。話を先に聞け。あの男に深く関わることなんだぜ。お前が知りたがっていることを話そうとしてる」

 そう言われて、僕はクロエの手を払い、ご主人様の方に気が散りながらもシャーロットの前に座る。

「…………いいですか。単刀直入に言いますけど、暴走しないように平常心を保ってくださいね……」

 良い話ではないというのはどう考えても解る。
 僕は聞きたくない気持ちで手が震えだした。
 それに、魔術を暴走させてしまった後から身体がまた物凄く重く感じる。

「うん……身体が怠くて……魔術がうまく使えない……」
「片翼で魔術を使うのは危険です。以前説明した通り、命を縮める結果になってしまいますよ」
「……ごめん、よく覚えてないんだ。ゲルダと対峙してたところまでは覚えてるんだけど……」

 そう言うと、戻ってきたガーネットは不安そうに僕の方を見つめていた。

「マジか? お前あのときヤバかっ――――」
「黙っていろ」

 クロエがそう言っている途中でガーネットが遮った。2人は睨み合いになるが、不思議と言い争いを始めない。殺し合いが始まってもおかしくなさそうなのに。

「……ノエル、あなたの主の身体の病気は治りました」
「え……」

 てっきり物凄く悪いことを言われると思っていた僕は拍子抜けしてシャーロットの顔を見た。
 なんだよ、脅かすなよとホッとした僕は身体に入っていた力が抜ける。

「じゃあ、さっきのはなんだったの? 驚かせな――――」
「……でも、彼は魔力中毒を起こしているのです」

 聞きなれない言葉に、僕は呆然とする。

「……? なにそれ……?」

 シャーロットが言いづらそうにこちらを見つめる。

「簡単に言うと……ノエル、あなたの強すぎる魔力に対して、彼の肉体と精神が耐えられていないということです」
「なに…………? どういうこと…………? で……でも、僕はご主人様に魔術を使ったことは――――」
「使わなくても、あなたから常に魔力は出続けています。それも並の魔女の数倍、数十倍の濃度の魔力が出ていて……それは、あなた自身は抑えることはできません……簡潔に言うと……」

 シャーロットは泳がせていた目を、僕にしっかりと向けてその言葉を言い放った。

「あなたが彼のそばにいると、彼はあなたの魔力に耐えられず、死ぬ……あるいは正気を失うでしょう」

 まるで僕はその場に取り残され、時間が止まったような気がした。


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