罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第71話 幸せな旅

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「イヴリーンの伝説はおとぎ話ではない。実話だ。私はあちらの世界にいた頃から生きている。翼人という魔族だ」

 自身の翼を羽ばたかせるとその翼のはばたきをルナは目を輝かせてみていた。私にとっては珍しくもない翼をそんな風に羨望の眼差しで見つめられるとなんだか歯がゆい気持ちになる。

「いいなー! 私、ずっと空を飛んでみたいって思ってたんです」

 無邪気にそう言ってはしゃぐルナを見て、タージェンは毒気を抜かれたような顔をしている。
 敵意がなくなった様子を見て、私はタージェンの身体を拘束しているダイヤモンドを砕いて自由を与えた。

「……この荒くれ者の六枚の翼がある者はタージェンと言う。こっちの魔女はルナだ。それで……タージェン、単刀直入に言うが私はずっとあちらの世界に戻る方法を研究していた。最近、私がよくいなくなるのはあちらの世界に行っているからだ。そこでルナと出逢った。魔女にも色々いるが……ルナは私たちの敵ではない」
「あぁ……そう……みたいだな」

 私は少し落ち着いた様子の2人に、両方の世界の話をし始めた。
 2人は互いに信じられないような顔をして、私に対して質問攻めにしてきたのは言うまでもない。
 まだ話の途中であったが、ルナが途中で随分と具合が悪そうになったことを私は見逃さなかった。呼吸が乱れ、息苦しそうに胸を押さえている。

「ルナ、こちらの環境は魔女には身体に毒だ。長くはいられないだろう。無理せず戻るといい」
「やっぱり……ですかね。肌もビリビリして……」

 自分の肌をさすりながら、ルナは苦笑いをしてみせる。身体からは冷や汗が噴き出ているし、顔色もいつもの桜色の血色のいい皮膚が白くなってしまっている。

「そうだろう……空間移動をした負荷もあったしな。タージェン、ルナを向こうの世界に送ってやってくれ」

 突然指名されて驚いたタージェンはルナと私の方を交互に見て動揺する。

「わ、私がか?」
「あぁ、向こうの世界を少し見てくるといい。ルナはあまり無理するな。タージェンは向こうの世界の言葉で話してやれ。解るだろう」

 2人を追い立てるように異界の扉を開き、追い払うように背中を押して扉に押しこむ。
 両者の性格からして、殺し合いになるようなことはないだろう。悪くてもタージェンがルナに対して敵意を向けるだろうが、ルナを守るという行為は必要なさそうだ。
 タージェンは複雑そうな表情をしていたが、別段嫌がるそぶりは見せなかった。任されたことに責任を持つ性格であるし、ルナが悪いものかそうでないかくらいは判断できる。

「ルナ、異界の扉のことは他の魔女には絶対に言ってはいけない。また争いになってしまうから。扉は長く開けてはおかない。2人とも解っているな」
「もちろんです。でも、もし私が女王になったら…………」

 念押しをする私に向かって、ルナは胸に手を当てながら苦しそうに
 それでも笑顔で

「一緒に暮らせる世界にしていきたいですね」

 そう言って、異界との扉をくぐって姿を消した。

 後姿を見送ると私は、呆然とその状態のまま立ちすくしていた。
 そのルナの言葉のあまりの重さに似つかわしくない、とてつもなく広大な夢物語だと解っていながらもルナならできるような予感がした。

 そこからしばらく、ルナと私とタージェンは世界に秘密で世界を行き来していた。
 少しずつタージェンもルナも打ち解けていった。
 言葉の壁は2人には全く無いようだった。
 両者とも驚くほどに相手の言葉を理解し、学習し、使い分けていた。しいて言うなら、タージェンの方が少し多く勉強が必要だった程度だ。
 タージェンも向こうの世界を好むようになり、3人で向こうの世界を歩くこともあり、向こうの世界の様子を知ることができた。
 言葉も魔族の言葉を使うことが減り、向こうの世界の言葉で会話することが殆どになった。
 異界にはない美しい世界をタージェンは知って、まるで夢を見ているようだと話していた。
 ルナは人間と魔女の争いから徐々に身を引いて、我々と過ごす時間が増えていったことは気づいていたが、2人が恋仲になっていたことまでは私は気づかなかった。



 ◆◆◆



【5年前 セージ】

 私が最後まで話し終わると、ノエルは聞いていたが私の膝の上で眠そうにしていた。
 眠そうにしているノエルを抱きかかえると、ベッドまで運ぶ。
 横に寝かせて毛布をかけてやると、私の手を弱々しく握ったまま眠りについたようだ。
 その様子を見て微笑ましい気持ちになった私は、暫くノエルの隣に座ってそのまま暫く手を握られたまま見つめていた。
 手から伝わる柔らかで暖かな感触は生まれた当時のなつかしさを感じる。
 生まれて数日後のノエルの手は小さく、柔らかく、生命の脈動を感じ、感動を覚えた。
 そしてそれは今も私の目の前で存在している。

「一時はどうなるかと思ったが、お前が良い子に育ってくれてよかった」

 本当に私は安堵して、ゆっくりとノエルが起きないように手を放す。
 ノエルは眠りの中、幸せな旅をしていた。


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