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第4章 奈落の果て
第77話 ノエルとレインの出会い
しおりを挟む【半月程前 ノエル】
いつも通り、夕暮れ時に山に薬草を取りに来た日のこと。
僕はすぐに異変に気づいた。そこかしこの植物に血液のようなものがついているのが目に入った。
――おかしい
ここには肉食獣はいないはずなのに。もし肉食獣がいるとしたらこの目で確かめないといけない。町に降りてきたら大変だ。
そう考えて僕はその血の痕を追っていくと、それほど長くは続いていなかった。
しかし僕は驚いて言葉を失った。
視線の先には白い小柄な龍が蹲って動けなくなっているのを発見したからだ。
「龍族がなぜこんなところに……」
それもあるが、問題はその龍族が何かを食い散らかしたのか、あるいはその龍族が怪我をしているかのどちらかだ。
僕はゆっくりとその白い龍に近寄る。
すると龍は僕に素早く気づいた。気づくと同時に赤いギラギラとした瞳で僕を睨み付け、口を大きく開けて威嚇した。小柄な龍だが、その迫力は上級魔族のそれだ。
「く、来るなら来いよ! 魔女なんて大嫌い! ぼくは魔女なんかに負けないから!!」
はっきりとこちらの共通言語でそう言った。
「……? 普通の魔女じゃない……翼人の気配……」
僕は背筋が凍り付く感覚がした。
バレた。僕が魔女だということも、翼人との混血だということも。
咄嗟に言葉が出てこなくて唖然として数秒が経った。ふと僕は我に返る。
「こ……こんなところで何をしているの……?」
おそるおそるそう訪ねると、相変わらず警戒したまま龍は話し出した。
「また僕を実験に使うんでしょう!? ぼくは父さんのところに帰るんだ!」
声が恐怖で震えているのが解った。
小さな身体で懸命に僕のことを威嚇してくる。
それに良く見たら身体中怪我をしていた。先程の血液はその龍のものらしい。白い鱗に覆われている身体は、鱗が何枚も剥がれていて肉が見えていた。そこから出血しているらしい。
「待って。僕は魔女だけど、魔女じゃないというか……えっと……その……危害を加えるつもりはないから落ち着いて」
「そんなの信じられない! 魔女はみんな嘘つきで酷いやつらばっかりだ!」
「…………」
――そうだよね……魔女なんて、信じられないよね……
でもやっぱりそう言われると傷つく。
そうは言っても、どうしたらいいか解らない僕は困ってしまった。
このまま放っては置けない。
町に降りてきたら人間に殺されるし、このままにしたら死んでしまう。
それにまだ子供の龍に魔女は本当に酷いことをしたように感じた。
そうこうしている間にその龍は倒れてしまった。慌てて僕は近づいて龍の身体を抱き上げる。
龍の鱗が鋭くて痛い。
しかしそんなことを気にしていられる余裕がないほど出血が酷い。それに翼が折れかかっているようだった。放置したら飛べなくなってしまうかもしれない。
「間に合ってくれ……」
僕は薬草と包帯を籠から取り出してその龍に巻いた。
傷口に黴菌が入らないように、あと痛み止めと血液凝固を促す葉を取り出して龍に張り付けながら包帯を巻いていく。
翼の部分に添え木をして、しっかりと固定する。
「…………大丈夫かな……」
龍は少し容態が落ち着いたのか、安らかな寝息を立てて眠っているようだった。
片手で抱き止めて、もう片方の手で土や岩が混じった部分に魔術式をかけて、龍の身体が入るほどの小さな穴をあけ、そこにゆっくりと龍を下ろした。
これ以上、僕にできることはない。
明日また見にこよう。
◆◆◆
ご主人様に酷く怒られてしまった。
昨日、龍を抱き上げたときについた血の説明をするのに苦労した。それに抱き上げたときに鋭い鱗でついた腕の傷についても言及され、反論の余地も何もなかった。
「はぁ……怒られてしまった……」
それでも僕は再び山にやってきた。
今日は町で仕入れたウサギの肉を買ってきてみた。僕はあまり肉は食べないからご主人様に訝しい目で見られたが、なんとか誤魔化し切る。
お腹もきっと空いているだろう。
――まだいるといいけれど……動けるような状態じゃなかったし……
僕が穴まで行くと龍はいた。
起きているようで僕の方を見てびくりと身体を震わせる。
「生きてた……良かった……」
僕が安堵の言葉を述べると、龍は不思議そうな表情でこちらを見てきた。
「お腹すいてるでしょ。ウサギの肉を買ってきたんだ。食べられそう……?」
僕が肉を見せると、龍は首をもたげて嬉しそうにした。しかし一瞬でそっぽを向いて
「そ、そんなもので騙されないから! 毒を塗ってあったり、食べると死ぬ魔術がかかってるんでしょ!?」
なおも震えて僕を見つめている。相当怖い目に遇ったに違いない。
「大丈夫だよ……ほら」
僕は少し肉を千切ると、近くにいた鳥に投げて見せた。鳥たちはその肉をつついて美味しそうに食べている。
その様子をおずおずと見ていた龍は、僕の手に持っている肉を見つめた。
近くの平らな石を拾い上げて、龍に取りやすい位置に石を置き、その上に肉を置いて僕は下がった。
「気が向いたら食べて。僕はもう戻るけど、明日また来るよ。翼が折れかけてるから、羽ばたいたら駄目だよ」
「………………」
僕が置いた肉にめがけて鳥が群がろうとしているのを、龍は見逃さなかった。
鳥が肉を盗ろうと近付くと、龍は炎の魔術を展開した。その炎は子供の龍とは思えないほどの威力で、鳥は一瞬で焼き鳥になってしまった。
恐ろしい。
僕も下手をしたら昨日丸焦げにされていたかもしれない。
「……ここには人間もくるから、人間に見つかると殺されてしまうかもしれないよ……気をつけて」
「…………――が……と」
「え?」
聞き取れなくて聞き返すと、龍はまたそっぽを向いた。
「なんでもない! 早くどっか行っちゃえ!」
龍に追い払われて僕は帰路についた。
やはり恐ろしい上級魔族だ。怪我が治ったら襲ってくるかもしれない。早く異界に返さないと……ここも危ない。
――しかし、こんな辺鄙なところにどうして? どこから来たんだろう。どういう経緯で?
疑問はたくさんあるけれど、警戒されてる今は何も聞くことはできない。
僕は暫くそこに通うことにした。
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