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第4章 奈落の果て
第78話 魔女とは違う魔力
しおりを挟む龍の元に通いはじめて数日経った。
相変わらず警戒していて怪我の様子を見られずにいた。包帯もボロボロに裂けてしまっていて交換しないとならない。折れかけていた翼につけていた添え木はとれてしまっている。
「あのさ……まだ傷が良くないでしょう? 薬草を貼りたいんだけど、触ってもいいかな……?」
「嫌だ! ぼくに変な薬を試すつもりでしょ!?」
「……飛べなくなってもいいの?」
そう聞くと、その龍は沈黙してしまう。顔を背けて首をふる。
「飛べなくなんかならないよ!」
「君の翼の部分は折れかけていたんだよ。おかしなくっつきかたをしたら飛べなくなってしまう。今治さないといけないんだ」
嫌がっていた龍は赤い瞳で僕を見つめながら嫌がった。子供が駄々をこねるときにやるやつだ。感情に任せてひたすら嫌がる。
「絶対に危害を加えたりしないから、手当てさせてよ」
必死に龍を説得しても、龍は嫌がって話を聞いてくれない。
そうしているうちに日も大分落ちてしまって、僕は家に帰らないといけない時間になってしまった。それでもなんとしてでも包帯を巻きなおさないといけない。
僕は困ってしまった。
ここのところ困ってばかりだ。
そんなことを考えていたら足音が近づいて来ていることに気がついた。
「……静かにしてて」
僕は龍にそう言うと、足音のする方へ向く。すると中年の男が1人歩いてくるのが見えた。町の人間だ。松明を持って道を照らしている。
その光が僕に反射してその男の視界に入ると男は驚いた声をだした。
「うわぁっ!?」
びっくりして後ろに後ずさる男はなんとも間抜けに見えた。
「お前……あの男の家の…………こんなところでなにしてんだ」
「薬草を摘みにきたんです……」
僕は自分の身体で穴の中の龍を懸命に隠した。
「薬草? ふん、町の先生もこんな得体の知れねぇ女をよく雇うもんだ」
「………………」
「あの男の奴隷服なんか着やがって胸くそわりぃ。そんなもん着てるからお前は気味の悪い目で見られるんだ」
「………………」
「なんとか言えよ!」
男は僕の首の鎖をつかみあげる。
その手を僕は軽く振りほどいたが、それが男の勘に触ったようで怒りを露にする。
「てめぇ! ふざけてんのか!」
僕が頑なに何も言わずに顔を背けて、その場から動こうとしないのを男は不審に思う。
「なんだよてめぇの後ろ、何かいるのか!?」
――マズイ……
僕は首を横にふって抵抗するが、男はジリジリと距離を詰めてきて僕の肩を掴んだ。
「な、何もいませんよ」
抵抗も虚しく男の力で僕は穴の前から強引に退かされた。
白い龍を見られたら……
――どちらか殺すしかない
男は僕が退いた穴を見た。
「あぁ? なんだこりゃ?」
――終わった……
そう思って恐る恐る振り返ると穴のなかには何もなく、空洞が広がっていた。
「なんだよお前この穴、こりゃ動物の穴か?」
「……わかりません」
「チッ……もういい、さっさと消えやがれ」
そう吐き捨てて男は更に奥まで消えていった。
その光が見えなくなった頃に、僕の背中に必死にしがみつく龍に腕をまわして抱き抱えた。やはり鱗が痛い。
「ふぅ……危なかった。大丈夫……?」
「……うん」
僕はゆっくりと龍を下ろそうとしたが、龍は僕の服にしがみついて離れようとしない。
「どうしたの……?」
「手当てしてくれるんでしょ……? 翼のところ、痛いんだ……」
やっと素直になった龍に、僕は安堵した。ようやく手当てができる。
「うん、少し待っててね」
汚れている包帯を取ると、剥がされたと思われる鱗の部分から、新しい鱗が生えてきているのが見えた。
しかし、まだ生々しい傷が止血された程度だ。
こちらにいるから本来の回復力が発揮できないのだろうか。
龍に新しい薬草を張り付けて、それを包帯で覆っていく。丁寧に翼の部分にも添え木をあてて固定する。
「ねぇ……さっきの人間だよね?」
「そうだよ」
「どうして人間の方があんな偉そうだったの? 魔女のドレイなんでしょう? ニンゲンって生き物は」
「人間は魔女の奴隷なんかじゃないよ。知性のある、僕らと変わらない生き物。僕は……人間として生活してるからね。魔女だって知られてないんだよ」
「どうして? すごく力の強い魔女なのは解るよ。翼人と魔女の混血なんでしょ?」
「……そうだよ。僕は魔女の実験台にされてた。君と同じだよ。もう暴力は嫌なんだ」
龍は僕の顔をじっと見つめていた。
手当てが終わったら僕は龍から離れる。
「僕からも聞いていいかな?」
「なに?」
「異界から魔女に召喚されたんだよね?」
それ以外にこちらへ来る方法はないはずだ。
「……そうだよ」
「どうやって逃げてきたの?」
「ぼくを逃がしてくれた魔女がいたんだ。実験の途中で治療もまだだったけど……傷だらけのまま必死に逃げてきたの……」
――何故逃がした……?
そんなことをしたらただでは済まない筈だ。
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「夢中で逃げてたから……解らないけど、魔女とは違う魔力を感じて必死になって来たらここだった。多分……君のその魔力に…………あ、そうだ、名前教えてよ」
会った頃より、ずっと明るく話してくれるその龍に僕は柔らかい笑顔を向ける。僕が微笑んだのをみて、龍も嬉しそうにして首をかしげている。
「僕はノエル」
自分の名前を名乗るのは久しぶりだ。
「ノエル! ぼくはレインだよ」
「そう。名前教えてくれてありがとう、レイン」
それから僕らは仲良くなった。
レインは僕が訪れるとはしゃいで遊んでくれとせがむようになり、元気に回復していった。
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