罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第79話 破綻した作戦

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【現在 ノエルの主】

「それでね、ノエルは新しく逃げてきた魔族を異界に帰してあげたんだ! それからね、あの吸血鬼を助ける為にケイヤクしたの。ぼくもケイヤクしたかったのに、ノエルが駄目だっていうんだ……ぼくはあんな吸血鬼嫌いだし、ノエルも絶対あいつのこと好きじゃないけど、でも助けるの。ノエルはいつも優しいんだよ!」
「…………」
「だからね……ノエルを困らせないでほしんだ……」
「そんなにあいつが好きなのか?」
「うん! 母さんがいたらこんな感じなのかなって思うんだ。いつも優しくて、でも強くて、いつでもぼくを守ってくれる。でもこんどはね、ぼくがノエルを助けるの!」

 白い龍の話は無駄が多く、時間がかかったがそれでも長くは感じなかった。
 俺の知らないあいつの話を聞いていると、ほっとした。
 俺の知らないところで残虐に他の動物を殺すような魔女じゃなくて本当によかったと感じる。
 だが、男の魔女と吸血鬼と白い魔女と話をしていたときには、魔女としての側面が顔を覗かせた。

 俺は怖かった。
 魔女の城であいつは正気を失っていたのを見た。
 つるぎのようなもので、片翼三枚の魔女を何度も何度も切り刻んでいた。剣のようなものと言ったのは、それには持ち手がなかったからだ。持つ部分まで鋭い刃で、あいつの手からもおびただしく出血していた。
 それを気にする様子もなく振り下ろしていた。それになんの意味もあるように俺には見えなかった。
 殺すためではなく、ただ痛めつける為だった。俺には見ればわかる。
 あんな姿を見たら恐ろしく思うのは普通のことだ。
 それが焼き付いて離れない。
 今までの優しいあいつがまるで嘘だったかのように見えた。

 ――あんなに泣いていたのが嘘なわけがない

 俺の為に泣くあいつの姿は嘘じゃない。
 何もかも、嘘じゃない。
 それなのに、一瞬のあの姿がまるであいつの全てを否定するかのように焼き付いている。あまりにも衝撃的だった。
 頭の中の整理には時間がかかりそうだ。

「そうだな……」
「ノエルが帰ってきたら、お祝いしようね!」
「帰ってきたら……な。そうだな。それまで、色々時間がかかりそうだ……」

 白い龍の話をその後も聞いていた。



 ◆◆◆



【ノエル一行】

「貴様、本当に正気じゃないな。無理に決まっているだろう」
「危険を冒さないといけないのは承知の上で言っているんだよ」

 夜の森の中、僕らは野営をしていた。
 僕とガーネットの議論は平行線をたどっている。ガーネットは無理の一点張り。相変わらず説得するのに骨が折れるなと僕は落胆する。
 たき火を囲んで僕とガーネットとシャーロット、クロエ、意識のないアビゲイル、遺体のラブラドライト、それから馬がいる。
 穏やかに燃えている炎とは裏腹に、穏やかとは言えない空気を作り出していた。

「おい白魔女、貴様もなんとか言え。ノエルの無鉄砲な無計画には本当に頭が痛くなる」
「えーと……」

 シャーロットは僕らの口喧嘩の間に挟まれて困っている。

「……ガーネットが協力してくれないと、これは成功しないんだよ?」
「私が協力したところで上手くいくはずない」
「やってみないと解らないでしょう」
「やらなくても解る上に、やってからでは遅いんだぞ! いい加減に正気になれ。お前はいつもいつも……正気という概念が存在しないのか?」
「僕は正気だよ」

 ガーネットはこの話を始めてから、何度目か解らない頭を抱える仕草をした。
 クロエは激しい口論にも関わらず、もう飽きてしまっていて眠っている。緊張感のない奴だ。それに信じたわけでもないのにいつまで僕についてくるんだと、僕も苛立ちを募らせていたので心の中でクロエに八つ当たりをする。

「ノエルの作戦は全く持って緻密性がない。漠然としている。いつでも正気じゃない」

 無理矢理言うことをきかせることもできる……できればそれはしたくない。
 ガーネットには感謝しているから。
 幾度となく、危険なことに付き合わせて、多少の文句は言いながらもついてきて助けてくれた。まだ数日ほどしか一緒にいないが、この数日あまりにも非日常すぎた。
 ガーネットはいつも落ち着いているように見えるが、魔族はこれが普通なのだろうか。

「じゃあもう1回言うけど、僕とガーネットで異界に行くでしょう? それで異界の王に話にしに行って――――……」
「同じことをもう1回言われても納得できるか。作戦でもなんでもない。異界に魔女が行くだって? 死ぬ為に行くようなものだと言っているんだ。お前は異界を見たことがないからそんなことを言えるのだ。そもそも異界は魔女に対してかなりの憎しみを募らせているんだぞ。それも異界の創成期からだ。魔女のお前が行ったら一歩歩くごとに襲われることになる。八つ裂きにされるのが落ちだ」

 話は平行線をたどっていて、進展していく気配がない。

「八つ裂きにされたら……もうそれまででいい」

 僕が投げやりに言うと、隣に座っていたガーネットは僕の胸ぐらを右手で掴みあげた。
 罪名持ちが着ていた法衣をずっと着たままになってしまっているが、なんだかこの服は落ち着かない。
 この法衣には『強欲』と刺繍がされていて、それを見るとまるでその二文字に行動が支配されているような感覚に陥って、非常に気分が悪い。

「ふざけるな! お前と私は契約しているんだぞ。お前が八つ裂きになれば私も当然八つ裂きになる! あの男のことで自暴自棄になるな! お前の身体はお前だけのものじゃないんだぞ!!」

 僕の身体は、いつもご主人様のものだった。
 勝手に傷をつければ怒られたし、いつも身体を好きにされるのは彼だけだった。

 ――解っているよ、ガーネット……

 僕は隠していない三枚の片翼でガーネットを包み、抱き寄せるように動かした。少し驚いていたが、僕の左側に座っていた彼は僕との距離は更に縮まった。

「……ガーネット、確かに僕の身体は君の物でもある。でも、あのとき僕は死にかけていた君を助けた。だから君の命は僕のものだ。だから、地獄の果てまで一緒に歩いてもらうよ」

 僕とガーネットの距離は物凄く近い。
 あとほんの十センチ程度で唇が触れ合うくらいの距離。
 互いが互いの目を見つめる。
 ガーネットの赤い瞳には、自分の赤い瞳が映り、僕の赤い瞳にもまた、ガーネットの赤い瞳が映っていた。
 ガーネットの金色の睫毛が瞬きで揺れているのが見える。
 僕はそのまま翼で更にガーネットを抱き寄せると、もうすぐ唇が触れ合うほどの距離になる。


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