罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第83話 異界へ

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「な、なに言っているの? そういうことはっ……! えっと……お互いのことをよく知ってから……じゃなくて、好きな人とすること……でしょう……?」

『しどろもどろ』というはこういうことをいうのだろう。
 僕は歯切れが悪く、なんと答えていいか解らず、言葉を詰まらせながらクロエに向かって言う。

「クククッ……お前、本当に可愛いな。でも、その理論で行くとお前のご主人様は、どうなんだよ?」
「そ、それは……というか、僕をからかわないでよ!」
「からかってねぇよ」

 クロエは僕の顔を無理やり向かせ、顔を近づけてくる。拒否する間もなく、抵抗もできず僕はクロエに自由を奪われた。

 ――が、僕の頭と腕は強い力で押さえられた。

 爪が食い込んで痛い。
 そのまま僕はガーネットの手によって乱暴に引きはがされ、後ろに座り込むように倒れる。

「なにしやがる、このザコ吸血鬼……!」
「……異界へこれから行くんだぞ。ふざけるな」
「んだよ、てめぇ……俺の邪魔ばっかしやがって……あれか? ノエルに惚れてんのか?」
「なっ……何を世迷言を! 魔女など……嫌いに決まっているだろう!」

「嫌い」と、そうはっきりと言われたとき、心臓が貫かれたように一瞬止まったような気がした。
 少しはガーネットに好かれていると思っていた自分の希望的観測が恥ずかしい。
 他の魔女と僕は違うなどと言ってくれていたけれど、結局彼にとって僕も他の魔女も大して違わないものらしい。

 ――そうだよね。結局魔女と魔族……母さんたちが特別だったんだ……

 ご主人様の件で精神的に衰弱していた僕には、その言葉で止血されていた傷口が再び口を開く。
 気づいたらまた涙が流れていた。
 ハッとして涙を拭ったが、その様子をガーネットが見ていたのは目をぬぐっていたので僕には見えなかった。

「なら引っ込んでろ!!」

 クロエがバチバチと雷の音を出し始めたと同時に、ガーネットもバキバキと鋭い爪が伸びていく。
 本当なら止めに入るところだけれど、そんな気力はなかった。
 涙を拭いて、心を無にして魔法陣を書く棒を辺りを見回して探し始めたとき、水しぶきが突然僕の顔に飛んできた。

 バシャンッ!

「いい加減にしてください」

 大量に水を浴びた2人は、面食らった顔をしている。
 僕も当然、いきなり水を頭からぶっかけられた2人と同様に、面食らった顔をしていた。自分の顔は見えないが、相当驚いた顔をしていたことだろう。

「レインに言われたことを忘れたのですか?」

 そうシャーロットが強い口調で言うと、2人は水浸しで気まずそうに顔をそむけた。
 僕はそれを見て更に面食らう。
 上手い例えは見つからないが、いきなり空からカエルが降ってきたような。
 シャーロットがそんなに怒ることがなにかあったのだろうか。
 それにレインに言われたこととは一体何なのだろうと僕は物凄く気になった。殺し合い寸前の2人がそう言われたことで物凄く大人しくなるなんて。
 そんなに衝撃的なことを言われたのだろうか。

「え……なに、レインから言われたことって?」

 僕が全員の顔を見るも、誰も僕と目を合わせてくれない。

「だが、俺はずっと――――」
「クロエ」

 シャーロットが言葉を強めに遮った後、クロエはそれ以上言わなかった。

「なんでもありません。お2人とも反省しているようですし」

 そうはぐらかされ、結局答えてくれなかった。
 もやもやとした気持ちのまま魔法陣を再び書き始める。
 クロエやガーネットを横目で見るが、2人とも自分の服の水を払っているだけで何も言わない。

「……」

 魔法陣を黙って書いていると、時折涙が溢れそうになる。それでも僕は涙をこぼさないように時折目を拭いながら式だけを懸命に思い出して書いた。
 僕が涙ぐんでいたのは長い横髪が目元を隠して見えなかったはずだ。

 ――クロエは僕のことを好いてくれてるのか……昨日もクロエが拗ねて眠る前はろくにガーネットとシャーロットに話ができなかったし……

 ずっと、長い間好いてくれていたのかと考えると、それに全く応えないのも悲しいことなのかもしれないと考え始める。
 考えるのを辞めようとすると、ガーネットの「嫌い」という言葉が何度も再生される。
 その言葉を振り払おうとするたびに、その言葉で僕はガリガリと削られて行く。
 そのまま誰も言葉を発しないまま、地面に異界に通じる入口を作る魔法陣を書き終わった。僕は立ち上がってクロエの方を向く。

「……クロエ」
「んだよ」

 僕が呼ぶと不機嫌そうに返事をした。
 そんなクロエの近づき、一瞬迷いながらも彼の頬に軽く口づけする。
 僕が離れるとクロエは驚いて目を見開いているのが見えた。

「これでいいでしょ。ちゃんとシャーロットたちを守ってよね」
「ノエル……」

 クロエに背を向けて離れようとすると、右手首を掴まれた。掴まれた部分から、クロエの手の温度が伝わってくる。
 僕の少し冷たい肌からは、クロエの暖かい手はやけに熱く感じた。

「俺はお前が真剣に好きなんだ。昨日話したろ? 嘘じゃない。だからお前も真剣に考えてくれ」
「……考えておく」

 そう言うと、僕はクロエから離れた。

「シャーロット、クロエ、頼んだよ」
「はい」
「あぁ」

 僕は赤い火花のような、毒のある花を根ごと丁寧に摘んだ。
 土がある程度ついたまま、シャーロットに作ってもらった鉢植えに植えて、背負うタイプの植物の繊維を編んだ鞄に丁寧に入れた。
 ガーネットは横たえていたラブラドライトの遺体を抱える。シャーロットが酷い状態だったラブラドライトの表面の皮膚だけをなんとか修復してくれたおかげで、腐敗してもげそうになっていた四肢は一応きちんとついていた。
 防腐作用のある葉で身体をつつみ、糸で固定し、その上からシャーロットが新たに作った服を着ている。
 肩に担ぐ格好でラブラドライトを担いでいるガーネットを確認し、僕は魔法陣に向き合った。
 左腕をまくり、自分の血液を魔方陣垂らす。僕の血液に反応して異界の扉が開き、深く深く暗い深淵を呼び起こした。

「ガーネット、行こう」

 僕らはその熱気と臭気が漂う異界に向かって足を踏み出した。


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