罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第84話 後悔

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 初めて踏み入れた異界を景色を見て、僕は少し呼吸がしづらいような気がした。
 しかし、半分は魔族の血だからかそこまでは辛くはないはずだ。
 出た場所は森の中のようだった。
 異界はとてつもない熱気が吹き荒れ、太陽の光が差さないどこまでも暗い場所だ。歩くには過酷な岩肌で、そこかしこから臭気が放たれている。
 空を見上げると赤黒く、そして見たことない小さい生き物から大きな物までがうごめいていた。
 興味深いものが沢山あり、僕は視線をあちこちに奪われたが、僕らはゆっくりしている場合ではなかったので異界の扉を閉じた。

「魔王様はどこにいるの? ここの場所がどこなのか解る?」
「…………あぁ、この辺りはおそらく魔王城からそう遠くない森の中だろう。あの空が若干明るくなっている方角が魔王城の方角だ」
「解った。歩くしかなさそうだね」

 ――翼で飛べたら……

 と心の底から思いながら僕はガーネットと一緒に道なき道を歩き始める。ラブラドライトを担いでいるガーネットは重くないのだろうか。

「弟さんはどこに埋葬するか決めているの?」
「……あぁ、吸血鬼族の亡骸を埋める場所がある」
「そう。先にそこへいこう」
「方向は同じだ」

 ガーネットはやけにいつもより一層素っ気ない口調でそう言う。
 朝起きたところまでは普通に見えたのに、シャーロットと話をして帰ってきてからやけに態度が変わったように思う。
 クロエとよほどなにかあったとしか考えられない。
 あるいは、シャーロットに水を頭からかけられて拗ねているのだろうか。もしくは……シャーロットが言っていたように、レインに衝撃的な言われたことを思い出して落ち込んでいるのだろうか。
 考えても解らない。
 率直に何があったか聞いても、恐らく彼は答えてくれないだろう。

「ガーネット、痛かったよ」
「……」

 隣を歩いているガーネットは何のことか解っている様子で、何を言うでもなく沈黙を守った。

「…………別に、怒ってない。けど――――」

 僕は歩くには厳しい岩肌の途中で立ち止まる。僕が立ち止まったのでガーネットも足を止めて僕の方を振り向く。

「…………なんだ?」
「僕に言いたいことあるんじゃない?」
「……」

 やはり言いたいことがあるようだった。
 僕が先ほど「痛かった」と言ったのは、クロエの頬に口づけをしたすぐあと、自分の左腕に鋭い痛みが走ったからだ。
 鋭い爪が食い込むような感覚だったため、すぐにガーネットだと気づいた。直後彼を見たら目を逸らして苦虫を噛みつぶしたような表情をしていたのが見えた。
 厚い生地の法衣に隠れていたから気づかれなかったが、法衣の中に僕の血がついている。
 魔法陣に垂らした血液はそのときのものだ。傷はすぐに塞がったけれど、僕の皮膚の表面についていた血液をそのまま使用して扉を開いた。

「言いたいことがあるなら、いつも通り言ってよ」
「……なにもない」

 あくまでも言ってくれないようだ。
 しかし、このままお互いにわだかまりがあるまま進んではいけないということだけは解る。

「…………あのさ」

 だから僕はガーネットに話し出す。
 また、言葉が喉につまって上手く声に出せないが、やっとの思いでその言葉の続きを紡ぎ出した。

「僕のこと嫌いでもいいから、今は協力してほしい。いつか必ず契約を解く方法を見つけるから……お願い」

 そう言うとガーネットはまた険しい表情をして、沈黙を守っていた重い口を開いた。

「……考え事をしていただけだ」
「………………その“考え事”の内容は教えてくれないんでしょう?」
「…………」

 そんなに僕のことが嫌いなのかと、悲しい気持ちは消えない。それでもこんなときに仲間割れをしている場合じゃない。

「…………僕はね、ガーネットと……なんていうかな、仲良くしたいというか……いい関係を築いていきたいと思ってるよ」

 自分のことを『嫌いだ』と解っている相手にそう言うのはものすごい勇気が要る。
 人間がよくやる愛の告白とやらも、自分が好かれていない、あまつさえ嫌われていると解っている相手に向かって「好き」などと言うのは相当な勇気だ。

「ご主人様から離れて、気づいた。僕は盲目的に彼に狂気ともとれるを向けていた。今もそう。周りのことなんてなにも見えてなかったし、興味もなかった。彼が僕の全てだった。なのに、どうして僕はガーネットを助けたのかなって、今でも解らない」

 僕の話をガーネットは真剣に聞いていてくれているのか解らなかった。
 ガーネットの方を見たら、興味なさそうな顔をしているかもしれないし、聞きたくないって顔をしているかもしれない。そんな顔を見たら話しが続けられない。
 卑怯だと思ったけれど僕は彼から目を背けて、赤黒い空を見上げながら話し続けた。

「そのときはね、魔女を憎んだまま死んでほしくないって思ったの。でも、どうしてそんなこと思ったかは解らない」
「…………」
「解らないんだけどさ、でも今では良かったって思ってるよ。こんなことになっても、ガーネットがいてくれたから支えられてるし……苦労かけて悪いなって勿論思うけど……」

 悪いと思っても今は出来ることがない。
 どうしたら魔女への怨恨が消えてくれるのかもわからない。

「あのとき死んじゃってたらさ……どうすることもできないから。笑い合ったり……喧嘩したりさ。喧嘩とか正直……嫌だけど、でも死んでたらさ、それもできないって思ってる」

 ガーネットの方へ向き直り、彼の表情をやっと見つめる。
 そこにあったのは、やはり険しい表情をしている彼の顔だった。どういう感情で険しい顔をしているのかは解らなかったが、僕は最後の言葉を続ける。

「必ず契約を解く方法を見つける。それまでは昨日言った通り、僕の背中を守ってほしい」

 そう勇気を振り絞って告げると、ガーネットは気まずそうに眼を逸らした。ガーネットの次の言葉を、僕は恐怖に侵されながら待っていた。
 長い沈黙を破り、ようやく話し始めたガーネットの言葉は賛同でも否定でもない言葉だった。

「…………私は、弟とはよく言い争いになっていた」

 片手で担いでいる彼の弟に視線をやりながら、そのまま遮ることなく彼の話に耳を傾けた。
 不気味な森の中から、何の生き物の声か解らない鳴き声が時折聞こえてくるのを除けば、彼の声を遮るものはない。

「弟はお前に似ている。魔族のくせに優しいやつだった。そんな情けない弟を私は身内の恥だと思っていた。だが、他の吸血鬼は弟の方に一目置いていたのだ。私は当然納得いかなかった……私は己の傲慢さから弟に冷たく当たった。それでも弟は、私を兄として接してくれていた。それが尚のこと私を苛立たせたのだ」

 どんな気持ちで話しているのか、僕にはわかった。
 激しい後悔が僕に伝わってくる。


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