罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第85話 交渉の決裂

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 ガーネットがこんな風に話しをしてくれるのは初めてだったので、一言一句聞き逃さないように僕は耳を傾けた。

「ある日、弟と言い争いをしていたときに突然空間にゆがみができ、私を庇って弟は魔女に連れ去られた。おかしいだろう? 喧嘩していた相手のために犠牲になるなど……結局喧嘩別れだ。言い争いの内容も、私たちが言い争うようなことでもなかった。魔族のこれからの話だった。まったく、そんなことで争っても……私たちだけの力でどうにかなる問題でもないのにな……」
「………………」
「私もまもなくして魔女に捕まった。わざとそうしたのだ。魔女たちの言葉を覚えるのはそこまで難しくなかった。魔女たちの話を聞きながら弟がいる場所を探そうとしたが、拘束魔術が強く抜け出せなかった。結局会えないまま……こうなってしまった」
「………………」
「弟が『兄弟を助けて』と言ったのは、魔女に囚われた私の話を弟が耳にしたからだろう…………」

 ガーネットは、悔しいと感じた時にいつもそうするように、自分の唇を強く噛んだ。
 出血するほどではなかったが、痛みは伝わってくる。

「そんなことがあったのに、私は変わっていない。見栄や傲慢さが本音を言うのを妨げている。結局、弟とこうなってしまった後にお前に弟のことを聞いて、もっといい方法があったのではないかと今になって思う」

 言いづらそうに視線を泳がせたり、ガリガリと空いている方の手で頭を掻いてみたり、落ち着かない様子で言葉を切ってから、中々話を再開しない。

「…………だから……つまりだな…………私は、同じてつを踏む愚かな魔族ではないということだ。それに……お前は勘違いをしているぞ」
「勘違い……?」
「…………もういい。考えているのも馬鹿馬鹿しくなってきた。さっさと行くぞノエル」

 ガーネットは顎で先を行くように指し、誘導されるがまま僕は険しい道を再び歩き始めた。
 どうして先ほどまで不機嫌そうだったのか僕には解らなかったが、いつものガーネットに戻ったと感じた僕は少しほっとした。

 ――僕の考えすぎだったかな……でも、クロエに言っていたように嫌いなのは嘘でもないだろうから……

 そんなことを僕が考えながら歩いていると、森の木々が切れてそこそこの高度の崖になっている場所に出た。
 高いところまで登ってきたので異界の様子がある程度見渡せる場所だったのが幸運だったが、それ以上に絶望感も湧いてくる。
 見える景色は向こうの世界では考えられないような異様さがあった。
 溶岩が湧き出る泉や、血も凍てつきそうなくらいの氷の大地、意思があるように不気味にうごめく森……そんなものが見えた。
 魔王がいるという方角には大きな都市のように家のようなものが建ち並び、その中心に城のようなものが見える。距離は目測で8キロ程度。
 一体異界の気候はどうなっているんだろうか。何もかもがめちゃくちゃに見える。
 なにより、ガーネットが明るくなっている方角がそうだと言った意味が分かった。見渡している最中に城のようなものの近くで火柱が度々上がっているのが見えた。
 太陽の紅炎こうえんのように城の周りを炎が舞っている。

「……あの炎はなに……?」
「あの炎は、立ち上るガスがあの辺りの高熱の大気で発火して発生しているらしい。炎を好む龍族があの辺りを住処にしている」
「どうやって行くか……歩いていくにもな……吸血鬼の墓所はどのあたり?」
「ここから見て城の手前の少し離れた場所に、大きな木があるのが見えるか?」

 よく目を凝らすと、確かに他よりも明らかに大きな木があるのが見えた。

「うん、一本だけ大きな木がある」
「…………弟を運んでは来たが……ここから先は運ぶのは無理だ」
「どうして?」
「お前の背中を守るにはこの状態では無理だ」
「……じゃあ、弟さんを埋葬するまで僕がガーネットの背中を守るよ」
「ふん……」

 無理だなんていうくせに、やはり弟を置いていきたくないようだった。そう顔に書いてある。
 とは言ったものの、あそこまで行くのはかなり大変そうだ。
 ここまで奇跡的にも魔族に襲われなかったけれど、ガーネットの言うようにここから先はそうもいかないだろう。
 そう考えている内に、後ろからただの鳴き声とは違う声が聞こえたことに気づく。

「(血……匂い……魔女……! 吸血鬼……!)」

 後ろから魔族の言葉が聞こえた。
 驚いて振り返ると、ぞろぞろと低級の魔族と思われる者たちが集まってきていた。目だけがやけに光っている。
 種族はバラバラのようだが、一様にこちらを睨んでいる。

 ――いつの間に……

「後をつけられていたようだな……どうする? 全員殺すか?」
「駄目だよ。交渉に来たのにもめ事を起こしたら……」
「その余裕があると思っているのか?」

 どうして魔族感知できなかったのかと一瞬考えたが、これほどまでに多くの魔族がいる中、個別の魔族の気配を感じることなんて不可能だと気づく。
 魔族の気配など異界では飽和状態である上に、臭気が立ち込めているからか感覚が鈍麻しているのも関係している可能性もある。
 どうやらその魔族たちは血の匂いに呼び寄せられたようだ。
 僕の法衣についている血の匂いはそんなに濃いのだろうか。
 考えている余裕もろくになく、魔族がとびかかろうと構えているのが見えて僕は後ろに少し後ずさった。
 更に後ずさりできるほど地面の幅がない。

 ――まずい、ここは崖なのに飛び掛かられて落ちたら……

「(待て……是……魔女……危害……無……冷静……)」

 ガーネットが異界の言葉でその魔族たちを説得しようとしてくれていた。
 相変わらず僕は断片的にしか異界の言葉が分からない。

「(魔女……否、穢れ……血……! 殺す……殺す! ……反逆……吸血鬼!)」

 僕には交渉が決裂したことだけは僕は解った。


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