罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第91話 殺し方

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「…………ッ……」

 気が付くと僕は裸で鎖に繋がれていた。首と両手首足首を鎖でつながれ、しかもその鎖には魔術封じの術式があしらわれている。
 術式を見ていると少し古い術式のようだった。
 裸で繋がれているだけならまだ良かったが、僕の片翼はベルトのようなものでしっかりと固定されていて全く自由が効かない。
 そして、石の床が冷たい。
 それよりもそこら中に血が飛び散った跡があることに目が行く。暗く、そして何もない部屋だった。ただかなり広い構造になっている。

「……起きたか」

 ガーネットの声が聞こえて、僕は彼の方を見た。ガーネットも裸同然の恰好で鎖に繋がれている。
 いつも通りの落ち着きようだった。それを見て妙に安心する。
 それと同時に裸で彼の前にいることにわずかな恥じらいを感じる。ガーネットも僕の方を見ないようにしてくれているのか、視線は扉の方を向いていた。

「はは……ごめん。こうなるとは予想していたんだけど……」
「だから言ったのだ。魔族は話が通じるような奴らじゃない。……まさかとは思うが、こんなところまできてあっさり殺される気じゃないだろうな?」

 僕は血が飛び散っている床に目を這わせた。
 この血液は僕らものではなさそうだと漠然と思う。さしずめ処刑部屋か拷問部屋だ。
 穏便には済みそうにない。

「力を誇示して従わせられるかどうかも解らないし……それが仮にできてもそれじゃゲルダや他の魔女は倒せない……協力という形じゃなければいけない」
「はぁ……この後に及んでまだそのようなことを……」
「でも……僕らをすぐに殺さなかったところを見ると、話す余地くらいは――――」

 ギィ……

 扉が開く音が聞こえた。僕は話をしている途中だったが口を閉ざした。
 高位魔族らしき者たち数人と、リゾンが入ってくるのが見える。
 体長10メートルはあろうかという身体の硬いうろこに覆われている黒い龍族、金髪の口ひげを蓄えた吸血鬼族、緑色の体毛の大きな角が生えている獣の姿の者…………姿は各々異なってはいるものの、上級魔族と感じさせる威圧感があった。

「(穢れた血……タージェン……娘……)」
「(魔女……混血……吸血鬼……)」
「(殺す……憎しみ……)」
「(危険……誓約……同胞……殺され……憎しみ……)」

 全員が僕を見ながら話をしていた。

「満場一致でお前らを殺すということで合意しているわけだが、殺し方で意見が割れている。どんな殺され方がいいか意見を聞いてやってもいいぞ」

 ――すぐに殺さなかったのはその為か……

 話し合いの余地が少しでもあるかもと期待していたが、見事にそれは打ち砕かれた。絶望的な気持ちになりながらも、ここですぐに諦めるわけにはいかなかった。
 僕は、魔族たちに頭を下げた。

「……頼む。僕は……僕らは争う為に来たわけじゃない。話し合いにきたんだ。協力してほしい。魔族にとってけして悪い話じゃ……――――――」

 ガッ!

 リゾンは僕の首の鎖を掴み上げて自分の方へ向かせた。
 やけにそれが懐かしく感じる。
 僕はやはり、首に鎖をつけているのが落ち着くようだ。そんなことを一瞬考えたが、そうされている相手が相手なら全く穏やかではない。
 今は死と隣り合わせだ。じゃれ合いでは済まない。

「魔女風情が気安いぞ」
「……ここで僕を殺しても何も変わらない……魔王と話がしたいんだ……頼む……」
「父上と? 何様なのだ貴様……」

 ジャラジャラと鎖の音が聞こえる。
 リゾンは出逢ったばかりのガーネットの態度と同じだった。ここから話を通してもらうのはかなり難しそうだと感じる。

「(リゾン……話……聞け)」

 ガーネットがそう言って説得しようとする姿を見ると、僕はこんなときなのに安心した。
 あの傲慢な態度のガーネットがここまで変わってくれたことが嬉しくて。
 これから死ぬのなら尚更、憎しみが一つ解かれてくれてよかったと感じる。
 ガーネットの言葉に、リゾンと共に入ってきた者の一人が口を開いた。金色の髭を蓄えた年を取っている吸血鬼族だ。
 この吸血鬼族も向こうの言葉が解るようだった。

「……混血の娘よ、魔王と話してなんとする? ……そのような戯言を上げ連ね、魔王を殺すことを企てているのではあるまいな」
「ふん、だとしたら救いようもない愚かな魔女だ」
「違う! 僕は争いに来たんじゃない!」

 リゾンは僕の髪を長い爪の生えている指で弄びながら嘲笑った。
 他の魔族たちはガーネットに話しかけている。リゾンは僕の鎖から手を放し、赤い髪を指でいては満足げに笑っていた。
 僕は注意が散漫になりながらも、ガーネットとの会話を聞いていた。

「(吸血鬼族……魔女……しもべ……悲嘆……命……惜しい……裏切り……ガーネット)」
「(否定……魔女……傷……怨み……忘却……否定)」

 ガーネットが魔族の言葉で話す。

「では何故、この穢れた血に協力する?」

 リゾンは僕に解るようにわざと僕に解る言葉で話したと解った。

「それは……――――」
「僕が無理やり契約したんだ。彼には悪いと思っている……」

 ガーネットが口籠ったので、僕はそれに割って入る。
 魔族の彼にとっての立場を考えたら、そう言っておくことが彼の名誉を守ることだと僕は直観でそう言った。

「違う!」

 しかしガーネットが声を荒げて否定した。
 僕は驚いてガーネットを見る。僕だけではなく、その部屋にいた他の魔族もガーネットを驚いた様子で見ていた。

「……私の命を救う為に契約をしたのだ」

 ガーネットはそのまま続ける。

「最初はとんでもないことをしてくれたと責め、恨んだ。しかし、嫌々ながらも共に行動していたら、他の魔女とはまるで違うということが解った。それに私は契約で逆らえないのにも関わらず、私の意思を尊重して話し合って解決しようとする。この魔女の実力は確かだ。この凄惨な現状を打開するためにこちらに来たのだ。話を聞け。その魔女なら……ノエルなら、なんとかできる」

 ガーネットがそんな風に思ってくれていたなんて思わなかった。
 あれだけ無理だと僕に反論していたのに。

「心まで魔女に染められたのか。無様だな」

 リゾンは僕から離れ、ガーネットの前に立つと腹部を蹴りあげた。僕にもその痛みが伝わってくる。

「がはっ……」

 僕が腹部を押さえ、前かがみになったのを見て、リゾンは面白そうに笑った。
 ジャラジャラと鎖が音を立てる。

「契約というのは面白いな。本当に魔女と繋がっているのか? ではこれは?」

 リゾンは爪でガーネットの顔を切り裂いた。
 僕の顔に同じように傷跡ができて血が滴る。しかし傷はすぐに塞がった。僕の血を飲んで間もない僕らは治癒能力は高いままだ。

「凄い回復力だ。それも魔女の血の力か?」

 僕が心配そうにガーネットを見つめると、それをリゾンは見逃さない。

「ほう、この吸血鬼にご執心じゃないか。こいつがそんなにお気に入りなのか?」

 ――違う……お気に入りなんかじゃない

「大事な……僕の半身だ。手を出さないでくれ。僕の家族だ」

 もう、ただの契約している吸血鬼ではない。ガーネットは僕の大事な家族だった。文字通り、血を分けた家族。
 自分が痛いからやめてほしいのではない。
 彼が痛いからやめてほしいと願っていた。

「……おいノエル………こいつらを殺せ……」


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