罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第94話 異界との懸け橋

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【ノエル 現在】

 僕が魔王に目的を告げると、魔王は呆気にとられたような顔をした後に、笑い出した。

「世界の創造だと……? はははははははははははは!」

 大広間が揺れるくらいの笑い声が響き渡った。

「くくく……そうか。魔女の隔離か……魔女でありながらおかしなことを言う。しかし、あれはイヴリーンの強大な魔力と、それに追随するほどの強い魔力の魔女たち数人で成し遂げた御業だった。魔女を隔離する為の術式に、魔女が協力するとは思えないが?」

 一瞬でも気を抜いたら、この場で八つ裂きにされて殺されそうだ。
 そう感じるほどの威圧感が魔王にはある。

「そうですね……しかし、僕と、あと2人の高位魔女は合意しています。しかし、術式が解りません。研究すれば解るかもしれませんが、時間がなくお伺いに参りました。お願いします、術式を教えてください!」

 僕は魔王に向かって深々と頭を下げた。
 もう誠実に頼む他には僕にはできない。言葉巧みに説得できるほど、僕は口が達者ではないからだ。

「あとたった2人か? それでは不可能だ。お前の魔力もイヴリーンに匹敵するほどのものだが、それだけでは足りない。無謀に思うが?」
「厚かましいとは存じますが、魔術を巧みに使う魔族に協力していただきたく思っています」

 厚かましいとは思いながらも、魔王に対してそう申し出る。蛇の尻尾がゆらゆらと揺れながら魔王は僕を見定めている様だった。

「まだ聞きたいことがある。とはどういうことだ? そもそも、お前が魔女を隔離したいのはなぜだ?」

 質問に対し、丁寧に答えなければいけない重圧感で潰されそうだった。
 後ろで沢山の魔族たちが控えている以上、魔王の機嫌を損ねでもしたら逃げることは到底できない。そもそも魔王から逃げられるとも思わない。
 もう僕らは逃げ場などどこにもない。

「むこうの世界にいる魔女の女王は、僕の翼の半分を自らに移植し、翼に侵され、正気を失いつつあります。正気を失うまでには大した日数はかからないでしょう。そして、このままでは暴走した女王に何もかもが破壊されてしまいます。それを防ぎたいのです」
「なるほど、理解した。して、次はガーネット、貴様に問いたい」

 ガーネットは名前を呼ばれると、より一層険しい表情で魔王を鋭い眼光で睨むように見ていた。
 手が心なしか震えているようだった。

「(何故……魔女……協力……?)」
「(是……魔女……命……救済……契約…………)」
「(魔女……奴隷?)」
「(否定……対等……)」

 魔族の言葉で話している為に解らない部分も多かったが、大筋の話の流れは理解できた。
 何故僕に協力しているのかということと、僕がどんな魔女なのかということを魔王は聞いている様だった。
 時々悪口のような言葉も聞こえたが、ガーネットは総じて前向きな言葉で僕を説明していた。
 その説明を聞いていたその場の魔族たちはザワザワと騒めいた。

「(……お前……変化……)」
「…………」

 ガーネットが黙ると、魔王は再び僕の方を向く。
 魔王の鋭い眼光にビクリと僕は身体が硬直する。

「ふむ……私たちも魔女には手を焼いている。いいだろう。魔族の手を貸してやろう」
「ほ、ほんとうですか!? ありがとうございます!!」

 その言葉が解ったリゾンは、僕らの会話を遮ってすごい剣幕で魔王に食って掛かった。

「(父上……戯言……否定……!!)」
「(黙れ)」

 魔王の言葉でリゾンは黙った。流石のリゾンも逆らえないのかと僕はリゾンを見つめる。
 苦虫を噛みつぶしたような顔をしてギリギリと歯ぎしりしているようだ。

「お前のことはよくわかった。複数の魔族の証言から、私はお前を信用しよう」
「複数の魔族……?」
「数名の魔族がここに報告に来たのだ。そこにいる者たちだ」

 魔王が指さした方向を僕は見た。魔族の列から数名が出てきたのが見える。
 出てきた魔族を見て、見覚えがあることに気づく。その魔族たちは僕がガーネットと一緒に出会った下級魔族だ。
 魔王に一礼するといそいそと出てきた。

「あ……お前たち……」
「(感謝……再度……対面……感謝)」

 魔族たちは僕の近くまで来てかしずいた。その様子を見て周りにいた魔族たちは騒めく。

「(優しい……魔女……私たち……救済……吸血鬼……死……向かう……救済)」

 より一層、周りにいた高位魔族は騒めいた。

「(静寂)」

 魔王が一喝すると周りのざわめきがおさまった。やはり魔族は魔王に逆らえないようだ。それだけ絶対的な存在なのだろう。

「そしてこの者たちが白い幼い龍族を見たと言っていたが、それは誠なのか」

 ――白い幼い龍族……レインのことか

「はい。怪我をしているところを見つけ手当てをしました。もう元気になっております」

 魔王はリゾンと一緒に入ってきた龍族の方を向いた。黒い大きな龍族は魔王にこうべを垂れた。

「(レイン……魔女……救済……生存)」
「!!」

 その龍族は驚いていたようだ。何か言いたげな黒い龍は、魔王の前だからか僕に話しかけてくることはなかった。

「レインは龍族の長の子供なのだ。魔女に召喚されてずっと行方知れずになっていた」

 僕はレインに僕の羽を預けていたのを思い出した。

 ――異界だが……声くらいなら届くか……?

「レインに僕の羽を持たせています。魔術で交信できるかもしれません。やってもよろしいですか?」
「なんと……そうか。やってみてくれ」

 僕は魔術式を構築して、魔術でレインに語り掛けた。
 魔術式を構築すると周りの魔族が騒めいたが、魔王が牽制するとそれがピタリと止まった。

「……レイン、聞こえる? レイン。聞こえたら答えて」

 僕の問いかけに対し、少しの間を置いてレインは応えた。

「……ノエル? ノエルなの?」

 レインの声が聞こえた瞬間、龍族の長と言われた黒い龍は気持ちを堪えきれなかったようでレインに語りかけた。

「(レイン……無事……生存……どこ……)」
「(お父さん……?)」

 龍族の性別はよく解らないが、あの黒い龍は父親らしい。

「(レイン……どこ……?)」
「(人間界……元気……心配……否定。ノエル……救済……魔女……優しい……好き……危害……加える……許す……否定)」

 魔族たちは再び騒めきだした。魔王が二度も牽制したけれど、騒めかずにはいられないほどの衝撃的な言葉だったようだ。

「ノエル、魔王様のところにいるの? なんで? ぼくも連れてってくれたらよかったのに! そしたらね、ぼくがノエルのことみんなに紹介したのに!」
「ありがとう。そっちに帰ったら会いに行くから、待っていて」
「うん! わかった! 待っているね!」

 すると、扉が開いた音が聞こえた。
 嫌な予感がしたが、その嫌な予感は数秒もしないうちに的中する。

「おい白トカゲうるせえぞ、さっきから。誰と話してやがるんだ」

 僕は心臓が跳ね上がったのを感じた。
 この声は、ご主人様の声だ。

「え? ノエルと話しているんだよ」
「本当か!? おい、お前! 返事をしろ!」
「あーちょっと! ぼくが話しているのに邪魔しないで――――」

 僕は急いで魔術式を解いて交信を遮断した。

 ――話せない……話したい。でも話したら……――駄目だ。こんなところで話すわけにはいかない

「すみません。お見苦しいところを……レインはあの通り元気です」

 取り繕うにそう言うと、魔王はそれを聞いて頷いた。

「そのようだな。よかろう。我ら魔族は力を貸してやろう。(聞け……皆……魔女……ノエル…………協力……賛同)」

 魔王がそう言ったとき、周りがより一層大きく騒めいた。
 否定の声を上げるものも多かったが、あのときリゾンと共に入ってきた大きな獣とレインの親の龍族が咆哮を上げた。

「(是……魔女……一族……救済……我……協力…!)」

 その咆哮を聞き、否定を叫んでいた魔族たちは口をつぐんだ。
 あの大きな獣の魔族は僕が助けた魔族の長らしかった。

「龍族と獣族はノエルに協力するようだ。あのとき助けておいて良かったな」

 ガーネットが僕にも解りやすく通訳してくれた。まだ怒っているかと思っていたが、もう怒っていない様だった。
 その言葉を聞いて安心する。

「うん……やっぱり話し合えば解ってくれるじゃない」

 そう言うと、ガーネットは「ふん」とそっぽを向いた。

 ――素直じゃないな、この吸血鬼は……

「(父上……! 拒否……否定!)」

 僕がガーネットに対して半ば呆れている中、リゾンはどうしても納得できないようで、魔王にまた食って掛かった。
 すると魔王が大声で言葉をまくし立てた。
 早口な上に知らない単語いくつも使った為、僕は魔王の言葉がほとんど聞き取れなかった。ビリビリと大広間が魔王の言葉揺れる。
 僕はびっくりしてガーネットの後ろに隠れるように後ずさった。

「ノエル、みっともない真似をするな」
「でも……やっぱり魔王様怖いし……」
「ふん……忘れたのか? 魔族が相手を名前で呼ぶということは、相手を認めたということだ。魔王はお前を名前で呼んだ。だから魔族がざわめいたのだ。魔族は魔女など絶対に名前で呼んだりしないものだからな」

 そう言われて、恐る恐るガーネットの顔を見たら、ガーネットは何やら気まずそうに顔を逸らした。

「ガーネットは僕のこと、認めてくれてるんだね」
「つけあがるな馬鹿魔女」

 そう言いながらも、彼の言葉に棘はなかった。

「ガーネット、魔王様はなんて言ってるの?」
「……『お前には魔族の未来が見えないのか。考えの至らぬ痴れ者が』と言っている」
「魔王様は魔族の未来を気遣っているんだね……」

 住んでいる世界は違うけれど、民を思う気持ちは変わらないんだなと思い、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
 目頭が熱い。気を抜いたら泣いてしまいそうだった。

「息子の非礼を許してほしい。(リゾン……去れ)」

 魔王がそう言うとリゾンは言い返そうとする様子を見せたが、そうせずに大広間から出て行った。

「詳しい話は後にしよう……このことは魔族全土に通達する。各魔族の長が集まったら会議を開く。それまでは休まれよ」
「はい! ありがとうございます!」

 そういって僕はガーネットと顔を見合わせて笑った。僕は久々に心の底から笑った気がする。
 ガーネットは笑ってはいなかったが、いつもより少し柔らかい表情をしていた気がする。




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