罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
96 / 191
第4章 奈落の果て

第95話 背中合わせ

しおりを挟む



 魔王様が協力してくれると言ってくれてから、一晩が経った。正確には12時間程度経ったと言った方がいいだろう。
 異界では日の移り変わりなど解りはしない。
 僕があの後、入浴を済ませて倒れ込むようにベッドに入ってから、そのくらいの時間が経過したと、ガーネットが教えてくれた。
 僕はベッドのやわらかい感覚に溺れるように眠っていたようだ。ガーネットも同じ部屋で休んだらしいが、眠れなかったらしい。
 ガーネットも疲れていたはずなのにどうしたのだろう。



 ◆◆◆



【ノエル 12時間前】

 僕らは魔王城の大浴場に案内してもらった。小鬼に替わりの着替えを用意してもらい、血の付いた法衣を洗ってもらうことにした。
 大浴場につくと、魔王様が裕に入れるほどの大きな浴場であった。深さもかなりのものだったが、浅い部分もあり、僕らでも入れそうだった。

「入ろうか、ガーネット」
「わ……私は別にいい」

 一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいのだろうか。動揺しているような素振りが伺えた。

「第一、どうして一緒に入る必要があるのだ? 別々に入ればよかろう」
「だって、どうせここには魔王様以外来ない訳だし、交代で入ってたら時間かかるし……」

 そう言うも、ガーネットは入りたくないという態度で拒み続ける。

「リゾンに捕まった時、僕の裸見たでしょ?」
「……見ていない」
「僕は……ガーネットの身体……見ちゃった……」
「なっ……!!!」

 その後の「この馬鹿者が」「変態魔女め」「お前のような子供の身体などどうということはない」「私の身体を見ようなどとは頭が高いぞ」などの罵倒の言葉を待っていたが、予想以上に動揺しているようでガーネットは何も言えなくなってしまっていた。

「冗談だよ。正直、よく見えなかったけど……身体中にあるんでしょ? その傷痕。見られたくないよね」

 上半身だけでも物凄い傷痕だらけなのに、脚の方もきっとひどい傷痕が残っているのだろう。
 誰にだって見られたくないものはある。

「でもお風呂は入らないと駄目。僕はあっち向いてるから、ガーネットはそっち向いて入って」

 僕が法衣に手をかけて脱ぎ始める。

「ば、馬鹿者! 急に脱ぎ始めるな!」

 くるりと僕とは反対側を向いて、脱いでいる僕を見ないようにしてくれた。

 ――何恥ずかしがってるのやら……

 僕は服を脱ぎ終わると、良いことを思いついた。

「ガーネット、こっちむいてみて」
「……何故だ」
「いいから、大丈夫だって」

 なかなか僕の方を向いてくれなかったが、僕がせがむと観念したようにガーネットがこちらを向く。
 すると血色の悪いガーネットは少しだけ顔が紅潮しているように見えた。

「ほらね、大丈夫でしょ?」

 僕は自分の翼でクルリと身体を巻いて、胸や性器が見えないようにした。
 それでもガーネットはすぐさま目を逸らす。

「もう……早くお風呂済ませて戻ろうよ。僕、もう眠いんだから……」

 そそくさと大きな湯舟からお湯をくみ出し、そして布で身体をゆっくりと洗う。その温かい感覚がやけに久しぶりな気がした。旅に出てからは水で簡単に汚れを洗い流す程度は時折していたが、お風呂にゆっくりと入る機会がなかったからだ。
 ガーネットの方を見ていなかったが、ガーネットも服を脱いで身体を洗おうとしている音が聞こえる。

「見るんじゃないぞ」
「解ってるよ」

 僕らは身体を洗い終えて、背中を向け合って湯舟の浅瀬に浸かった。疲れがお湯に溶けていくような気持のいい感覚がする。

 ちゃぷん……

 時折互いが動く音が、液体の音として聞こえる程度で会話はない。
 人間は『裸の付き合い』というものがあって、裸で腹を割って話すと打ち解けるという文化があるようだった。
 僕はご主人様と一緒にお風呂に入っても、何も打ち明けることができなかったということを考えると、暗い気持ちになる。

 ――うまくいくのかな……うまくいっても……僕はもうご主人様に会えない……

 レインと交信したときに聞いた彼の声を思い出すと、胸がズキリと痛んだ。別れ際の言葉の全てが鮮明に思い出されると、僕は涙をこらえることができなかった。
 声を殺して涙を流した。
 ガーネットに気づかれないようにしているつもりだったが、彼は僕の異変にすぐに気づいてしまった。

「ノエル?」

 呼び声が聞こえて、僕はハッとして冷静に息を吐き出す。

「……なに?」

 できるだけ普通に、声が震えないように、できるだけいつもどおりの声で言ったつもりだった。

「…………いや、私は先に出ているから好きなだけ入っていろ。扉の外で待っている」
「……もう少し入っていたら? 中々入れないよ。魔王様の浴場なんて」

 それも本心ではあった。嘘をついているわけではない。
 なのに、ガーネットはすぐに別の意味に気が付いた。

「……私に傍にいてほしいならそう言え」

 そう言われたら、僕は一度は引いていた涙が再び溢れてきた。
 我慢していた声が漏れてしまう。

「うっ……うぅ……ガーネットのバカッ……っ……!」
「………………」

 ジャブジャブと水を切って歩くような音が背後から聞こえてきた。その音が止まると、僕は背中にトン……と暖かい感触がした。

「馬鹿はお前だろう」

 さっきまで少し遠かったガーネットの声が、真後ろから聞こえた。
 ガーネットは僕が野営地でしたように、背中を合わせて座り、よりかかるように軽く僕に体重を預けた。僕も同じように彼によりかかる。
 その状態で僕は泣いた。膝を抱えて泣いていた。
 ガーネットは何を言うでもなく、ただ僕のそばにいてくれた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...