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第4章 奈落の果て
第96話 伴侶(ツガイ)
しおりを挟む【ノエル 現在】
相変わらず、僕の隣の吸血鬼は不満げにしていた。
僕がリゾンを探しに行くと言ってからずっとだ。
喜怒哀楽の激しい奴だと言うには、“喜”と“楽”があまりにも希薄な気がする。
「おい、放っておけ」
「そういう訳にもいかないよ……リゾンは強いし……協力してほしい」
リゾンが出て行ってしまって、僕はリゾンを何とか説得しようと捜していた。
迷路のような豪奢な廊下を右往左往とリゾンの部屋を捜しまわる。迷ったら出られなそうだなどと不安に駆られていた。
本当に魔族を説得するのは骨が折れる。ガーネットもなかなかいつも納得してくれない。というか、納得させられているのかどうかすら怪しい。
「魔王……様って種族的には何なの?」
「魔王は、元は別々の複数の魔族だった。魔王になるには各種族の長が身体を融合させ、そして魔王となるんだ。記憶は元の記憶が受け継がれ、自我は魔王固有のものだ」
「身体を融合……」
そう言われてシャーロットの妹を思い出した。うねうねと動く手足を思い出す。
しかし魔王は完全に同化して一つの生き物となり統率を保っている。全く別物だ。
アビゲイルは目覚めただろうか。あれだけ酷い実験をしていたのだから分離できたこと自体が奇跡だと僕は思う。
「リゾンはご子息だって話だけど……」
「リゾンは魔王の一部の吸血鬼族が、まだ魔王として融合する前の子供だ。だから魔王の子供というものは実は沢山いる」
異界のルールはよく解らない。
ガーネットが僕らの風習がよくわからないのと同じだ。僕も徐々に異界のことも知っていかなければならない。
城の中はそこら中に血が飛び散っていたりして、お世辞にも綺麗とは言い難い状態だった。
何故廊下に血が飛び散っているのかは解らないが、血が飛び散っていてもあまり魔族は気にしないようだ。
「まさかとは思うが……リゾンに気があるなどと言いだすのではないだろうな?」
「そんなわけないでしょ……何言ってるの」
そう僕が言っても、なんだかガーネットは落ち着かない様子だった。
同じ吸血鬼族だからか何かライバル心のようなものがあるのだろうか。
「リゾンの部屋って……ここ?」
「……そうだ」
やけに豪華な扉の部屋の前にたどり着いた。
――どうやって話しかけたらいいんだろう……一応ノックくらいしてみるか
ノックという概念が異界にあるのか僕は少し考えたが、一応ノックすることにした。
コンコンコン……
「リゾン、いる?」
…………………………返事がない。
いないのか、あるいは居留守を使っているか、どちらかだろう。
「……いないなら仕方ない。ひとまず、部屋に帰ろうか」
「私に何の用だ」
引き返そうとしたときに後ろから声が聞こえた。
振り返ると銀色の髪の毛を束ねたリゾンがそこにいた。髪を束ねていると雰囲気が違う。相変わらず不機嫌なようで、鋭い目つきで僕らを睨んでいる。
しかし殺意は感じない。危害を加えてくるつもりはなさそうだ。
「話がしたくて。いいかな?」
「……私をあざ笑いに来たのか?」
「違うよ」
あんなに出会ったときは敵意むき出しだったのに、今は途端にしおらしく見える。
魔王様に多数の魔族の前であれほど強く非難されたら落ち込むのだろう。
「あなたは強い。あなたにも力を貸してほしいんだ」
少しリゾンが壁に肩をもたれて考えた後、身体を起こしてニヤリと笑った。
「……お前の血を飲めば私はもっと強くなれるのだろう?」
落ち込んでいるかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。横暴なところは健在だ。
リゾンが僕に近づこうとすると、ガーネットが間に入りそれを阻んだ。
「こいつの血を口にしたら『契約』したことになる。ただの食事とは違う」
「肉体的な痛みや命の共有……か。恐ろしい血の力だな。ますます興味深い」
それでもリゾンはガーネットを片手で無理やりどかし、僕の方へ近づいてこようとする。ガーネットは険しい顔でリゾンの腕を掴み上げて止めた。
「おい、それ以上ノエルに近寄るな」
「………」
リゾンはガーネットがギリギリと自身の腕を掴んでいるのを見て、ペロリと舌で自分の唇を濡らした。
その後に艶めかしい目つきで僕の方を舐めるように見る。
「くくく……そこまで言うなら、私の力を貸してやってもいい。その代わり、条件がある」
僕はその言葉に、嫌な予感を瞬時に感じ取った。
「私が力を貸したら、私の伴侶となれ」
その言葉は空虚な廊下に静かにこだまし、冷たく響いた。
驚いた僕は言葉を失って、リゾンを呆然と見つめる。
言葉を発するということを一瞬忘れてしまっていたが、僕が否定するよりも早くガーネットが先に声を上げた。
「(遊戯…………伴侶……貞操……命令…………他……吸血鬼……伴侶……)
僕には断片的にしか言葉は解らないが、ガーネットが怒っているということだけは分かった。
「(何故……怒り……? 魔女……共有……)」
リゾンはガーネットが掴んでいた手を乱暴に振り払うと、2人は対峙し鋭い眼光で睨み合った。
「(…………ノエル……人質……劣る……否定……)」
「(主旨……否定…………ガーネット…………滑稽)」
ガーネットは酷く怒っているようで、早口でまくし立てる。そのせいで最早僕には聞き取れない状態だった。
「……魔女よ、このうるさいのが邪魔をするから、今度は連れてくるな。2人で話をしようじゃないか。くくく……」
「不愉快だ! いくぞノエル!」
ガーネットが有無を言わさずに踵をかえしてリゾンから遠ざかるので、僕はそれを追いかけるしかなかった。
何を話していたのだろう。
しかし、ガーネットがこの上なく怒っているようだったため、内容を聞くことはできなかった。
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