罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第97話 セージの証言

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 ガーネットは部屋に帰ってきてからもずっと苛立っていた。
 腕を組んだまま、カリカリと自分の腕をひっかいている。痛いというほどでもなかったが、穏やかではないということだけはその仕草で解った。

「だ……大丈夫?」
「……あぁ」

 僕に怒っている訳ではない様子だったが、それ以上のことは聞けなかった。
 そんな中、魔王様の従者が部屋に来た。魔王様が僕らと話をする時間を取ってくれたようだったので、魔王様のいる大広間へと僕らは向かった。
 イライラしているガーネットに、何か言った方がいいかと考えたが下手なことを言ったらまた喧嘩になってしまいそうで、彼の機嫌が直るのを待つことにした。
 最近、少し彼のことを解ってきた。
 嵐が過ぎるのを待つように、怒っているときは少し時間を置くのが良い。嵐の中に繰り出すと、大体はろくなことにならない。

 そうこうしている間に、魔王様のいる大広間につく。
 見前に立つのは2回目だが、その威圧感には慣れない。魔王というものの重さはその周りの空気も重い。だから皆、こうべを垂れるのだろうか。

「よく来たなノエル。その椅子に座りなさい」

 従者の小鬼が運んできた豪奢な長椅子が魔王様の前に置かれる。

「はい、失礼します」

 一礼して僕が座ると、ガーネットも一緒に座った。腕と脚を組んで座り、明らかに魔王の御前でする作法ではなかった。
 僕はその態度にヒヤッとするが、魔王様は気にしている様子はない。

「そう固い口調で話さなくともよい」
「え……あの……口調の改善の努力はいたしますが……難しいかと……」
「はっはっは! そうかそうか。礼儀正しいな。隣の吸血鬼とは随分違う」

 嫌味を言われているのにも関わらず、ガーネットは無反応に苛立っているだけのようだった。

「さしずめ、リゾンと揉めたのであろう」
「まぁ……そのようなところです」

「よくわかったな」と思いながらも、小鬼の従者が城の中に沢山いるから、その報告を受けたのだろうと僕は考えた。

「ノエル、余計なことを言うな」
「ごめん……」

 魔王様は怪訝そうな表情をしているように見えた。
 いくつもある顔が、眉間にシワを寄せている。
 正直に言うと怖い。

「……再確認なのだが、契約というのは魔女にとって有利な条件なのだろう? 魔族を従えられると聞いたが……何故ノエルがガーネットの機嫌を取っているのだ?」

 そう魔王に言われると、僕は苦笑いをするしかなかった。
 一方ガーネットは魔王に聞こえない程度の音量で舌打ちをしていた。

 ――魔王様に……舌打ち……!

 聞こえていないだろうとチラリと魔王様の方を見たらしっかりと僕と目が合う。

「聞こえておるぞガーネット。まったく……手に負えない吸血鬼だ。ヴェルナンドが手を焼くはずだな」
「やかましい。さっさと要件を言え」
「フフフ……これは尚更興味深い」

 子供をあしらうような態度が更にガーネットの気に障ったようだ。

 ――ヴェルナンドって……吸血鬼族の長かな……

 そう聞く間もなく、ガーネットは魔王様に対して続けて偉そうな態度で言葉を続けた。

「私を好奇なものを見る目で見るな。顔をはぎ取るぞ」
「ちょっと……ガーネット……」
「ふん」

 またガーネットはそっぽを向いた。
 冷や汗がじっとりと出てくる。
 魔王様は笑っているようだったが、僕は威圧感のある魔王様に対して緊張を解くことは出来なかった。
 そんな僕の心情を知ってか知らずか、魔王様は穏やかな口調で話し始めた。

「ガーネット、しばし彼女と2人きりで話がしたい。席を外してくれないか」
「なんだと?」

 そう言われたガーネットは逸らしていた顔を魔王様の方へ戻した。
 今にも、先ほど言ったように顔をはぎ取りかねない形相だったので、僕は慌てて彼の代わりに理由を伺った。

「何故ですか?」
「本当にお前たちは面白いな……フフフ。……ノエルが良いというのなら私は構わないが、お前の生い立ちに関わることだ。立ち入った話をガーネットに聞かせてもよいのか?」

 魔王様の言葉を聞いて、ガーネットの様子に変化があった。
 露骨に不機嫌そうだったが、その不機嫌さがなくなり、動揺しているような表情になる。だが、表情の変化はほぼない彼の、その感情をくみ取ることができるのは僕だけかもしれない。
 彼は僕の方をチラッと見てきた。当然彼と目が合う。ガーネットはすぐに気まずそうに僕から視線を逸らした。

 ――聞きたいならそう言えばいいのに……

 お風呂では「私に傍にいてほしいならそう言え」なんて言っていた彼は、どうにも僕にはそう言えないらしい。

「…………構いません。彼は僕の大切な相棒ですから」

 魔王様は僕の言葉を聞いて優しい顔になった気がした。とはいえ、やはり怖い。顔がいくつもあるのだから怖いと思っても仕方がないと僕は思う。
 ガーネットは他者の前でそう言われるとムズムズするのか、落ち着かない様子だった。
 なんだかんだ言って、意外とこの吸血鬼は解りやすいのかもしれない。

「そうか。では話そう。その前にいくつか礼を言わなければならないな」
「お礼……ですか?」
「レインを保護してくれたこと、ラブラドライトの遺体を埋葬してくれたこと、ガーネットの命を助けてくれたこと、我らの非礼に激昂せずに殺さずにいてくれたこと……他にも礼をいう事は沢山ある。礼を言わないなどと言うのは魔族の王たるものの恥。心優しき魔女よ、感謝するぞ」

 魔王が僕にこうべを垂れてそう言うと、部屋にいた小鬼が大騒ぎし始めた。「魔王様が頭を下げた!」という趣旨の言葉を発して大騒ぎしているようだ。
 唖然としていたが、事の重大さに気づいて僕は椅子から立ち上がった。

「そ、そんな! 頭をあげてください!」

 僕がオロオロしていると魔王様は頭を上げた。

「あと……もう一つ礼を言うことがある。フフフ、そんなにお前が困ってしまうようなら、最後に言おうとするかな」

 椅子に再度座るようにうながされ、僕は椅子に座った。
 魔王様は蛇の尾をうねうねと動かしながら、真剣な表情になる。

「さて……本題に入ろう。……私は複数の魔族の証言によってお前を信用しようと言ったが、一番の決め手がなにであったか解るか?」

 先ほど、魔王様にお礼を言われたことが沢山ある。その中の一つであろうが、客観性がなければ信憑性には繋がらないと僕は考えた。

「……あの異界に帰した獣族の者たちの証言でしょうか?」
「それも関係はしているが、決め手とは言い難いな。無論、私が礼を言った中にもあった、こちらにくる道中に魔族たちと闘ったとき、お前が殺さないように魔術を使っていたのは評価の一つにはなっている」

 僕の生い立ちとどんな関係があるのか、接点が見つけられずに困惑するが魔王様はすぐに答えを言った。

「私がお前を信用したのは、セージの証言があったからだ」

 ――セージの証言……?

 その言葉を聞いて、もしやと僕は希望の光が一瞬射した。

 ――セージが生きている……?

「……しかし、セージは何年も前に亡くなってますが……」
「あぁ、そうだ。死んでいるのは知っている。生前のセージが、私の元へ来たのだ。ノエルの話をする為に異界嫌いのあの翼人が来たとたとあっては、私も話を聞く他あるまい」

 その言葉で僕は驚きよりも落胆が先行した。
 もしかしたら生きていてくれたのかと思っていたが、それが現実的な願いではないことくらいは理解している。
 確かにあのとき、セージは死んだ。
 ガーネットが落胆している僕の顔を見ながら、驚いたような顔をしていた。

「セージだと……? お前とセージに何の関係があるのだ?」
「セージを知っているの? 僕を育ててくれた翼人の話をしたでしょう。それがセージなんだけど……」

 ガーネットとセージは知り合いなのだろうかという疑問は、すぐに解決した。

「知っているに決まっているだろう……驚いたな。あの『三賢者』の一人がお前を育てていたなどと……」
「三賢者……?」
「そうだ。私の直下にいた三人の賢者だ。翼人族、龍族、吸血鬼族からなる天才たち。セージはその一人だった」

 どうやら、異界でセージは有名人らしい。
 セージのことを思い出すと、僕は物凄く悲しい気持ちになる。
 いつまでも呪縛のように、僕のことを自分自身が責め続ける。
 言いつけを守っていたら生きていたかもしれないセージのことを考えると、自分を責めるのは当然だ。
 魔王の言葉の続きを聞くには勇気が必要だったが、僕はまっすぐに魔王様を見つめた。

「セージが……なんて言っていたのか、聞かせてください。魔王様」


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