罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第104話 好意か肉欲か

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【ガーネット 現在】

 ノエルから、やけにいい香りがする。
 あのスズランという花畑から私たちは吸血鬼の墓所へ向かっていた。その道中に吸血鬼の住む場所を経由することになる。

「落ち着いたか?」
「うん。ありがとう。なんだか肩の荷が下りたような気がして……変な感じ」
「…………以前私がお前に、何故力を使わないのかと迫ったことがあったな」
「……そうだね」
「お前の過去の出来事など考えもしなかった。無神経だったな……すまない」
「気にしてないよ。普通、そう思うよ」

 ノエルは特段気にしている様子もなかった。
 私がバツの悪そうに言っていることも大したことがないような口ぶりは、それはそれでしゃくであった。

 ――これでは、私ばかりが気にしている様ではないか……

 数年ぶりに帰ってきた私の町は、大して変わりはなかった。変わらないその様子に私は少しばかり安堵する。
 四角く大きな白い家が連続的に建ち並び、床には煉瓦が神経質なほど正確に埋め込まれ整地されている。
 街灯に青い炎が灯り、心許なく町を照らしていた。
 ノエルは私の育った町を見て「ここがガーネットの育った町なの?」と目を輝かせている。
 その姿を見て「なにがそんなに面白いのか」と思っていたが、先ほどまで号泣していた姿から比較すると、まだ笑っていてくれた方がいいとも思う。
 泣いているノエルの姿は、見ていてどうしたらいいか解らない。
 私は励ます方法を知らない。
 励ましても、励まさなくとも、ノエルの精神状態は悪化していっているように思う。

 ――狂気に沈んだら……本当にセージが危惧していた破壊者になってしまうのだろうか……

 しかし、三賢者に頼むと申し付けられるより前から、もう私は覚悟を決めていた。
 セージがノエルが危険であったら殺そうとしていたという想いと同じ。
 もし今のノエルでは無く、残虐無慈悲な魔女であったなら、私はあらゆる手段を駆使して自害していただろう。

 ――そうならないよう、注意を払わなければならないな……

 町は静まり返っていた。
 普段なら何人も外に出て商売をしている者もいるはず。

「早く行こうか」
「あぁ」

 誰も外に出ていない理由は簡単だ。
 ノエルという魔女を町の者たちは忌避しているからだ。魔王が協力するとは言ったが、吸血鬼族全体がそう思っているわけがない。
 まして私が従属するかのように傍にいることによって、ノエルは「吸血鬼を従えている魔女」という不適切な肩書がある訳だ。

 ――説明する価値もない……

 私はそう考えているが、ノエルはけしてそうは言わないだろう。
 リゾンに対してあれだけ説得を試みたのだ。各々おのおのに対して頭を下げて回りかねない。
 そう考えていると家の一つの扉が開き、女が1人出てくる。真っすぐ私たちに向かって近寄ってきた。
 私の目の前に対峙したその女は、私たちの行く手を阻むかのように立ちふさがる。

「何の用だ」

 私は目の前にいる吸血鬼族の女――――エルベラに向かってそういった。
 吸血鬼族であれば、誰でも彼女を知っているはずだ。
 吸血鬼族一の美しい容姿をしている。豊満な胸は腕を組むとその上に乗るほどに大きく、最低限胸と性器を隠す程度の面積しかない服を纏っている。
 身体にしっかりと密着したその服は、エルベラの身体の女性らしい曲線を強調しており、より一層官能的に映る。
 ノエルは呆然とエルベラを見ていた。
 見比べてしまうと、ノエルはあまり女性的な体つきをしていない。
 胸がないわけではないが身体の輪郭線が出るような服を着ているわけではなく、魔女の城に行ってからずっと罪名持ちの魔女が着ていた法衣をずっと着ている。
 背中の部分は翼の隙間分は破けてしまっているが本人は気にしている様子もない。
 華奢な身体とボサボサになっている赤い髪。
 それでも、その長い髪の隙間から見える私と同じ赤い瞳は淀みなく輝いている。

「死んだと思っていたけど、生きていたのね」
「そんな話をする為に呼び止めたのか?」

 エルベラは私に近づき顔に触れてきた。冷たい手の感覚が伝わってくる。

「あなた、いい男になったわ。私の伴侶ツガイにさせてあげる」

 エルベラの申し出に私は戸惑った。
 ノエルはエルベラが何を言っているのか良く解っていないようであったが、場の空気を感じ取ったのか私の顔を一瞬見てから「お邪魔みたいだね。先に言ってるよ」と言って、道も解らないであろうその先を一人で小走りで行こうとする。

「おい、待て!」
「少し先で待ってるから」

 私の話を聞く気もなく、ノエルは遠くに行ってしまった。
 自然と眉間にしわが寄る。
「少しは私の話を聞いたらどうなのだ」と言ったところで、聞くようなものであったらこんなに苦労するわけがない。
 そう思うと、自然とため息が漏れる。

「魔女と契約したって聞いたけど、あの冴えない子がそうなの? 確かに強い魔力は感じるけれど……オンナとしては全然ね」
「お前には関係ない」
「そうね。関係ないわ。私はあなたと伴侶ツガイになることが目的よ。ほら……邪魔なのもいなくなったし、私の家にいらっしゃい」

 エルベラは身体を私に密着させ、私の身体にも手を触れてくる。冷たいのにやけに熱っぽい手つきで私の古傷をなぞる。
 どうやらエルベラは発情しているらしい。息遣いが粗くなっているし、もうしか考えられなくなっているようだった。

「気安く触るな」

 私はエルベラを突き飛ばした。
 突き飛ばされた衝撃でその豊満な胸がわざとらしく揺れる。
 それをオンナの武器にしている様子で、自分の胸を艶めかしく触る仕草をしながら私の方を舐めるような目つきで見つめていた。

「どうして?」

 伴侶ツガイになることに抵抗はないはずだった。
 強い個体を作るために、より強い血を求めるのは当然のこと。彼女が私と生殖行為をすることを求めるのはおかしなことではない。
 エルベラはその妖艶さだけが取り柄ではなく、強い吸血鬼族の戦士だ。なにも断る理由などない。
 それでも私の胸に一つひっかかりがあり、その申し出を受け入れられそうにもない。

「お前は私のことがなのか?」

 気づいたら、私はそう聞いていた。

「好き? 何を言っているの?」
「…………そうか」

 当然の反応に、私は妙に納得せざるを得なかった。

「私にはお前に応えることはできない」
「なんですって……!?」

 私はあのときのノエルの言葉を思い出していた。

 ――大事な……僕の半身だ。手を出さないでくれ。僕の家族だ

 私のことを大事だと言った声、私のことを半身だと、家族だと言ってくれた言葉や想いが、今までに感じた事のない暖かい感情を私に抱かせた。
 私の為に心を乱してくれる存在など今までいなかった。
 魔族はそれが当然だ。
 それに何の違和感もなかったはずなのに……。

「私は、あの魔女を守らなければならない。私はあいつに一生を捧げた」

 無論、離れられない呪縛がある。
 だが気が付けば、私はアレから離れたくないと感じていることに気づいた。


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