罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第112話 友好の証

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 魔王は飛び出していったガーネットの足音を聞き届けてから、小声で話し始める。

「さて……いつまで寝たふりをしているつもりだ。起きなさい」

 そう言われた張本人は、ぐったりしながら弱々しく口を開く。

「……やかましい親父様だ……殺すならさっさとやればいいものを」
「あれほどノエルに手を出すなと言っておいたのに、何故手を出した」
「……決まっている。ガーネットごときが強い力を手に入れて調子に乗っているから、壊してやろうと思っただけだ」

 ヘラヘラと無理やりに笑いながらリゾンはそう言う。だが、笑っている割には衰弱している彼の息は早い。

「嫉妬か……お前もガーネットと大して変わらんな。あの混血はセージの忘れ形見だ。強かっただろう」
「ほざけ。手を抜いてやっただけだ」
「ほう……手を抜いたのはノエルの方だろうな。お前の首が胴体についていることを感謝するがいい」
「私があんな穢れた血に劣ると言うのか……!!」

 リゾンが牙を向き出しにしてそう言う。

「優劣で考えるな。まぁよい……ノエルが帰ってきたら、お前の処分を下そう。何故ノエルがお前を殺さなかったのか少し冷静になって考えておきなさい」
「ちっ……鬱陶しい……」

 魔王は部屋から出ていった。
 リゾンは静かになったその牢の中で、ノエルとガーネットのことを思い出す。
 笑っているノエルの傍で、昔よりも随分柔らかくなった表情をするようになったガーネット。
 吸血鬼族と龍族が争っていたのはもう過去の話になってしまった。
 短い間の争いだったが、すぐに魔王が争いを収めた。
 ガーネットは弟がいなくなってからは常に殺気立っていた。険しい顔をして、誰彼構わず敵意を向けて、むき出しの殺意で相手を容赦なく切り捨てる。
 金色の髪が血の色で染まり、足元には死体の山が作られていた。
 それが見る影もなく毒牙を抜かれたようになって帰ってきた。

 ――気にくわない……

 ガーネットは自分と同じ、孤独な存在だと思っていた。
 孤高の戦士だった。
 自分と並んで闘っていたはずだ。
 自分と同じだったはずだ。

 ――どんな女かと思えば……あんな子供……

 色気がある訳でもなく、まだそれほど長い間も生きていないくせに、赤い瞳の奥はどこまでも深い暗闇を宿している。

「あんなのの何がいいのか……」

 リゾンは冷たい牢の壁にもたれ、静かな時を暫く過ごすことになった。



 ◆◆◆



【ノエル 現在】

 スズランの香りがする。
 セージの匂いに僕は安堵していた。
 咲き乱れるスズランは、翼人の翼の羽のようにいくつも白い花を咲かせている。僕は膝を抱えて翼で自分を抱きしめるようにうずくまっていた。

「セージ……僕、やっぱりまだ子供だよね」

 大人になろうとするほど、大人が何か解らなくなってくる。
 町にいたカルロス医師のような人か、あるいは魔女に殺されてしまったガネルさん……それとも魔王様のような魔の王か。
 感情的にならないように制御しようとしても、感情とはそう簡単に制御できない。

 そう……今も。

「…………何?」

 僕は振り返らずにそう言った。無意識にいつもよりもキツイ口調だったと思う。

「放っておいてよ」
「それは命令か」

 なんと意地悪な質問だろうかと僕はため息をつく。
 契約下での命令は絶対だ。拒否できない。
 渋々ふり返ると、髪を乱して汗ばんでいる様子のガーネットが立っていた。それを見て僕は怒りの矛先は向けられずに、その矛は行き場を失う。

「……命令じゃない」

 命令は極力しないと誓った。
 そのことを僕も覚えていたし、彼も覚えていただろう。

「命令じゃないけど、放っておいてほしい」
「……ノエル、私の失言だった…………すまない」

 ガーネットが素直に謝罪してくるということに僕は驚いた。
 しかし、驚いた素振りは見せずに、そのまま膝を抱えてセージの墓を見つめ続ける。

「“謝罪じゃ済まない”よ」

 彼に言われたそのままを僕は意地悪で言った。
 僕に対して“謝罪ではすまない”と言った彼は、一体どうすれば僕を許すつもりだったのだろうか。

「どうすれば怒りを鎮めてくれるのだ?」

 僕のすぐ後ろまでガーネットが近づいてくる。
 そう言われると困ってしまう。
 いつもクールなガーネットが、汗をかくほど必死に追ってきてくれたことに対して冷たく突き放すこともできない。

「僕のこと、もう少し信じてよ……」

 届くか届かないか解らない声で小さくつぶやくと、彼はその返事をした。

「あぁ……努力はする…………」
「…………なんでそんなに素直なの」

 人格でも変わったかのようにそう言う彼に、逆に不信感を募らせる。

「許容して受け入れ、許すということを私がしてこなかったと魔王に言われてな……うまくは言えないが……そうだったと思うところはある」
「……僕のめちゃくちゃな計画にもついてきてくれてたじゃない」
「それは許容もしていないし受け入れてもいなかった。お前はやると言ったら譲らないから仕方なくだ」

 確かに納得してくれている様子はなかった。
 僕ももう少し納得してくれてから行動を起こせば良かったかも知れないと反省する。

 ――なんでこんな喧嘩してるんだろ。そんな場合じゃないのに……

 僕も悪かったかななどと考え始めたところで、もう自分が意固地になっていることに呆れが混じる。
 僕は息を吐き出しながら、引っ込みがつかなくなってしまった落としどころを探す。
 少しはガーネットに反省してほしいという気持ちがあった。あまり僕が怒って喧嘩をしたことがないので、どう収めていいか解らない。
 ガーネットも負い目を感じたことが少ないのだろう。どうしていいか解らなそうな様子をして困っていることは解った。
 そこで僕はちょうどいい落としどころを思いついた。

「今度酷いこと言ったら、何日か口をきいてあげないから」

 このくらいならお互いに威厳を失わないだろう。
 むくれながら振り返ってガーネットにそう言うと、彼は安堵したように先程までしていた険しい表情はやめた。

「……子供かお前は」

 いつも不機嫌そうにしている彼が穏やかな表情を見せると、その端正な顔立ちはより美しく見えた。

「とても私を平手打ちした者の言うこととは思えないな」
「……急に叩いてごめん」
「…………お前は――――……いや、なんでもない」
「?」

 言いかけてから、ガーネットは言うのをやめる。何と言おうとしたのか気になるが、聞き直そうとしたところで彼は別の話をし始める。

「魔王が言っていたが、リゾンの処分はお前が決めて良いそうだ」
「僕が……?」
「あぁ。殺すというのなら殺すそうだ」
「…………そう」

 ――殺す……か……死にかけてもあの変態は治らないような気がするけど……

 このままずっとセージの墓の前にいるわけにもいかない。
 立ち上がってガーネットの方へ行くと、おずおずと僕は右手をさし出した。

「なんだ?」
「その……仲直りしようと思って……」
「? その手をどうすればいいのだ」

 魔族にはそういう習慣はないようだ。
 僕はガーネットの左手をとる。

「こうやって手を握り合うの。“握手”っていう、むこうの世界の習慣。友好の証なんだよ」

 彼の手は冷たく、爪が鋭い。白い肌には痛ましい傷痕がいくつもついている。男らしい手で骨ばっていた。
 その手を僕は握る。僕を守ってくれた大切な手だ。
 ガーネットは躊躇いながらも僕の手を握った。

「友好の証……か」

 そうつぶやいているガーネットの手を放し、魔王城を向いた。
 僕はセージの墓の前で拗ねている場合ではない。魔王様にいただいた魔術式を解読したり、高等魔術を使える者を確保しなければいけないのだから。
 それに、僕がリゾンの処遇も決めなければならない。

「戻ろうか」
「あぁ」

 そうして僕らは帰路についた。
 ガーネットが言いかけた事は、魔術式のことやそれを操る人員のことで頭がいっぱいになって霞んでしまった。

 ガーネットの言いかけた「お前は」の続きの言葉……

「私が相手なら拒否しないか?」と続くその質問は僕にされることはなかった。


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