罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第119話 憐憫

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 口で短剣を咥え、腕に突き刺している最中だ。
 彼の白く細い腕から短剣を伝って血が滴り、床に落ちている。
 その腕はピクリとも動かず、リゾン本人は特に表情の変化もない。

「無粋な輩どもだな……入るときくらい合図しろ」
「な……なにをしているの?」

 こちらの存在を無視して腕に何本も刺さっている短剣を口で咥え、腕を裂くように引く。鋭く白い牙ががっちりと短剣を捕えているのが見える。
 痛々しいその姿に僕は眉をひそめずにはいられなかった。

「やめろ!」

 ガーネットがリゾンの口から短剣を取りあげた。
 近くでリゾンを見ると肉が裂け、骨がむき出しになり、何本も何本もの切り傷が腕にできているのが見える。
 あまりのむごさにガーネットも眉をしかめた。

「なんだ? 不躾に入ってきたと思ったら……」
「何をしている!? 正気を失ったか!?」
「腕が全く動かないからな……痛覚もまったくないということを確かめていたのだ。お前たちのおかげでこのざまだ」

 リゾンは刺すように冷たい目で僕を見た。怒っているわけではない様子だったが、やけにその言葉に心苦しさを感じざるを得ない。

「リゾン……返事を聞きに来た」
「協力がどうのこうのと言っていたことか? そんなもの願い下げだ」
「……腕、もう動かなくてもいいの?」
「施しを受けるつもりはない!」

 語気を強めるリゾンの表情は悔しさがにじんでいる。先ほどまでの冷静な装いは、必死に抑えていただけのようだ。
 今にも僕の首元を噛み切らんと牙を向いている。しかし、飛びかかってくる様子はない。

「……施しじゃない。僕は……あなたのこと、正直苦手だし、今は嫌いだけど……腕の件は悪いと思ってるよ」
「とんだ偽善者だ……虫唾が走る!」

 会話の途中ながら、したたり落ちている血の量を見るとそのおびただしい量に気を取られ、まともに会話ができるような状態ではなかった。
 それは僕も、リゾンもそうだろう。

「リゾン、協力しないということは理解したけど、ただ……その腕は治させてほしい」
「…………この腕が治ったら、貴様に凌辱の限りを尽くしてくれる……それでも私の腕を治すというのか!?」

 強がりを言う彼は、僕の目にはあまりにも哀れに見えた。
 その憐憫れんびんまとう目でリゾンを見つめると、癇に障ったのか更に彼は表情を険しくした。

「そんなこと、あなたはしないよ」
「必ずそうするさ……まずはお前の両腕と両足を切り落とし、翼を一枚一枚丁寧に引きちぎり、お前が泣いて私に詫びを入れるまでお前の皮を剥がしながら、お前が私の子を孕んでも、何度でも何度でも繰り返してやる……お前が壊れるまでな!」
「…………応急処置をするから、一緒にいこう」
「ふざけるな! 私に触るな!!」

 彼の言っていることを、実際に彼はそうするだろう。しかし、このまま見殺しにしていい理由にはならない。
 ガーネットがリゾンの身体を押さえ付け、僕は自分の鞄に入っていた応急処置の為の包帯を取り出す。

「貴様っ……!!」
「暴れないで」

 強い口調で言っても、リゾンは尚も暴れるのをやめない。
 僕は彼の腕の短剣が動かないように固定していく。引き抜いたら余計に出血してしまうからだ。

「意地を張るのはやめて。かなり出血してる……もう意識も朦朧もうろうとしてるはずだよ」
「魔族はこの程度では死なない!」
「それは嘘。吸血鬼族は他の種族よりも血が必要な筈だよ」

 現に、暴れてはいるもののガーネットによってしっかりと押さえられている。
 僕はできるだけ手際よく包帯を巻いていった。リゾンの腕はだらりと落ち、冷たい。そもそも身体が血がたりなくなって冷たくなってしまっているのだろう。
 リゾンは初めの方は暴れていたが、僕が手際よく処置をするのを見て暴れるのを徐々にやめた。

「このままだと危ない。急ごう、ガーネット」
「本当に連れて行くのか?」
「私は行くなどと言っていない!!」
「連れて行く。ガーネット、担いでいてくれるかな」
「ふん……鬱陶しい……」

 ガーネットは文句を言いながらも、リゾンを肩に担ぐように抱える。リゾンは初めは抵抗していたが、やがてやけに大人しくなった。
 僕が彼を確認すると気絶してしまっていた。血液の量が相当減っているようだ。

 ――このままでは危ない……

「急ごう」
「手のかかるやつだ……」

 文句をいいながらもしっかりと彼を担いでくれている。素直ではないところや、物の言い方は2人ともそっくりだ。

 ――なんだか、兄弟みたいだな……

 長い階段を降りるときは一段一段降りている場合でもなく、リゾンと一緒に僕を抱え上げ、僕の作った氷の道を木の板に乗って一気に滑り降りた。
 一番下に着き、異界の門を開く術式に自分の血を垂らす。
 リゾンをちらっと見ると、かなり疲弊している様だった。空間移動の負荷に耐えられるだろうかと考えたが、魔王の子息はそう軟弱ではないだろう。
 信じるしかない。
 これ以上放っておいてリゾンが自分の身体に負荷をかけたら、それこそ空間移動の負荷に耐えられなくなってしまう。

「リゾン、持ちこたえてよね」
「ふん、コイツなら大丈夫だ」

 そのガーネットの言葉は彼への信頼と僕は受け取り、微笑む。
 大きな門が開き、僕らはその中へ飛び込んだ。


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