罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
121 / 191
第5章 理念の灯火

第120話 飴

しおりを挟む



 空間を抜けると夕闇に世界が包まれていた。
 そしてそこはシャーロットが待っている場所だ。空間移動の負荷を僕自身も感じ、疲弊したが、事は緊急を要するため休んでいる暇などなかった。

「ノエル! 無事でなによりです!」

 僕がガーネットと共に魔術式から出て彼女を見ると、酷くくたびれているようだった。恐らく食事もろくにしていないのだろう。
 彼女の後ろに、幼い子供がしがみついているのが見える。僕はすぐにアビゲイルが起きたのだと解った。

 ――良かった。目が覚めたのか……

「なんとか……死ぬかと思ったけど、帰れたよ」
「信じていました」

 僕の滅茶苦茶な作戦を信じてくれていたのかと思うと、苦笑いが漏れる。

「シャーロット、疲れているところ悪い。この吸血鬼の怪我を治してほしい。腕の神経が断裂して麻痺してる」
「その銀色の髪の方は……?」
「魔王の子息なんだけど……事情は治療中に話す」
「解りました」

 シャーロットはアビゲイルの頭を撫でてから離れ、短剣が幾重にも刺さっているリゾンの治療を何も言わずに始めた。
 シャーロットに必死にしがみついて不安そうにしていたアビゲイルに僕は話しかける。

「アビゲイルだね。目が覚めたんだ。僕はノエル……言わなくても魔女なら全員知ってるかな……」
「赤い髪と瞳の魔女……ノエル、知ってます。助けてくれて……その……ありがとうございます。おかげで助かりました……」

 自信なさそうに小声で言うアビゲイルは普通の少女のようだった。
 シャーロットと同じ白い髪に、大きな瞳が印象的だ。可愛らしい顔をしているが、髪の毛が伸び放題になっていて目が隠れてしまっている。

「よく頑張ったね」

 僕がそう言うと、アビゲイルはぐずぐずと泣き始めてしまう。
 僕は慌てて、鞄から異界でもらった甘いお菓子をアビゲイルに差し出した。
 妖精族が作る花の蜜を凝固させた飴だ。中に美しい花がそのまま咲いている。

「こ、これあげるから、泣かないで」

 僕がそれを差し出すと、アビゲイルはその飴を受け取ってから大声で泣き始めてしまった。
 泣き止ませようとしたのに更に泣かせてしまった僕は物凄く焦ってしまい、更に異界で持たされたお菓子を取り出す。
 砂糖菓子に、饅頭、焼き菓子、あらゆるお菓子をアビゲイルに渡そうとする。わんわんと大声で泣いているアビゲイルは泣きながらそのお菓子を口に運ぶ。
 一口食べて一先ず泣き終えたかと僕は安堵するが、飲み込んだ後に再びアビゲイルは泣き始めてしまう。

「えっ……えっと……ごめん、まずかった……?」
「ううん……えぐっ……うっ……美味しい……っ」
「そ……そっか……」

 アビゲイルが何で泣いているか僕は焦ってばかりで解らなかったが、アビゲイルは安堵し、嬉しくて泣いていたのだ。
 ずっと実験続きで苦しい想いをしていたアビゲイルは、自分の身体が元通りに戻り、そして大好きな姉と逃げ延びられたこと、そして「頑張ったね」と、辛いことが終わったと思わせる僕の言葉にアビゲイルは緊張の糸が途切れたらしい。

 慌てている僕が次々と甘いお菓子を渡してくるのを、アビゲイルは泣きながら次々と食べ、やがて泣き止み、疲れ切ったように焚き木の炎の近くで眠ってしまった。
 その場所は柔らかい草が敷き詰められている。
 やっと泣き止んでくれたことに僕はホッとしてシャーロットの元へ行くと、ガーネットは僕を可笑しそうに見る。

「随分、子守りは得意なようだな」

 からかうように僕に彼はそう言う。

「お前がうろたえている様子は見ものだったぞ」
「…………面白がらないでよ」
「ノエル、アビゲイルの相手をしてくれてありがとうございます」

 僕がリゾンを見ると、短剣が抜かれていて傷口がほぼ塞がっていた。短剣を僕は鞄の中にしまう。
 こんなもの投げられたら危険だ。アビゲイルやシャーロットもいるのに……。

「神経を繋ぐのは少し時間がかかります」
「ごめん、無理させて」
「いいえ、異界でご無理をされてきたのでしょう。このくらいお安い御用です」

 リゾンの腕の傷は塞がり、ゆっくりと内部の神経が繋がって行った。

 ――これで……リゾンが僕に対して凌辱の限りを尽くすことができるようになったわけだ…………

 本当にそうされたらどうしようと不安がよぎるが、そんなことは考えても仕方がない。

「魔王様から手に入れたよ。世界を作る魔術式」
「ご無事に帰ってこられたところを見て、成し遂げられたのだと解りました」
「大変だったけどね……この魔王様の子息ともめて……やむを得ず腕を切り落とさないとならなくて……この有り様だよ」

 そう僕が言うと、シャーロットは不安げな顔をする。やむを得ず腕を切り落とさないとならない状況というのは、穏便ではない。

「……扱いは大変そうですが……綺麗な方ですね」
「中身はちょっと……性的倒錯をしていて加虐的な傾向が強いけど……」
「大丈夫なんですか……?」
「更に性格の歪んだクロエみたいな感じだけど……大丈夫。暴れ出したら僕が抑えるから……」

 本当にそんなことできるのだろうかと僕は考え込んでしまう。
 そういえばクロエの姿が見えない。辺りを見渡すと、クロエはいない様だった。

「クロエは?」
「ずっとここにいるのは飽きたようです。昨日から見ませんね……」
「シャーロットから離れるなんて……なんてやつだ」

 シャーロットを守ってくれるように頼んだのに。本当に軽薄なやつだ。

「ガーネット、リゾンは大丈夫そう?」
「あぁ。獣の血でも飲ませておけばいいだろう」
「食事の準備をするがてら、捕ってきてくれないかな?」
「あぁ」

 ガーネットは森の中の闇に消えていった。それを確認してから僕はシャーロットに話しかける。

「シャーロット、頼んでおいたものはできた?」
「いえ……まだです。あと数日あればなんとか」
「そう……。それはそうとして、こっちの解読を付き合ってくれないかな」

 僕が鞄に入れていた洋紙をシャーロットに見せると、驚いたようにその魔術式を見ていた。大きく、そして複雑な魔術式を真剣に目で追う。

「これが魔王様がくれた、世界を作る魔術式。途中まで解読したんだけど、シャーロットにも協力してもらいたい」
「これは……かなり大変そうですね……」
「クロエは魔術式解るかな?」
「いえ……あまり得意ではないようです」
「そうか……高位の魔女でもやっぱり向き不向きがあるんだ」
「彼はどちらかというと、頭で覚えるというよりは身体で覚える方というか……」

 確かに、身体を電気に変換する魔術は術式がどうとかより、身体で覚えたものだと思う。
 術式になぞって魔術を使うのではなく、身体に合わせて魔術式が展開する方だ。
 僕もどちらかと言えばそうだ。

「これは明日からにしよう。随分疲れたでしょう」
「大丈夫ですよ。私はまだやれます」
「シャーロット、頑張りすぎると疲れちゃうからさ。僕も疲れたし、少しくらいゆっくりしても大丈夫だよ。あっちでの話とか聞いてよ」

 そう言うと、シャーロットは納得したようだった。
 僕はちらりとシャーロットに頼んでおいた術式の一部を見た。複雑な魔術式が地面に精密に書かれているのを確認する。
 あと数日で完成するのであれば、問題ないだろうと僕は考えた。そうこうと考えている内に、リゾンの腕の治療は終わったようだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...