罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第121話 見覚えのある魔女

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 リゾンが気絶したままで助かったと僕は考える。
 拘束魔術をリゾンにかけ、魔術を使えないようにした上で彼を木の陰に横たえた。

「ガーネット、随分雰囲気が行く前と違いますね」
「そうだね、向こうで色々あったからさ」
「ゆっくり聞かせてください」
「その前にお風呂にでも入ったら?」
「でも……この辺りは家屋もないですし……」

 魔術で土を掘り、岩を適当に並べ変えて敷き詰め、浴場を準備した後に水を生成する過程で熱を加えてお湯にし、その浴場に入れて即興の風呂を作った。
 周りに土の壁を隔て、周りから見えないようにした。

「これでどう?」
「流石です! これで久しぶりにお風呂に入れます」

 シャーロットは喜んでいる様だった。よく見ると髪の毛はボサボサになっていて、法衣も土で汚れている。
 なりふり構わず僕の頼みを聞いてくれていたのだろう。

 ――そう頑張られると……尚更頼みづらいんだけどな……

「食事の用意もしておくから、ゆっくり入ってきて」
「はい。ありがとうございます」

 シャーロットは風呂に向かっていった。
 暖かくパチパチと音を立てている焚き木と、眠っているアビゲイルを僕は見つめた。まだ子供なのに、随分酷い目に遭ったようだ。
 その痛々しさは、まるで自分を見ている様で胸がズキリと痛む。

「獲ってきたぞ」

 声のする方向を見ると、ガーネットが兎を持って立っていた。

「ありがとう。早いね」

 ガーネットは自分で獲った兎の血で食事を済ませていた。
 僕はそのことに気づくこともなく、捌いた兎の肉を木の棒に刺して炎の周りに置いて焼き始める。
 横たえているリゾンの口に、兎の動脈を切断して出血した血液を与えていた。

「クロエはどこに行ったんだろう……」
「あんな男のことが気になるのか?」
「クロエに言われてたこと……真剣に考えたから。その返事をしないと」
「………………」
「ガーネットもお風呂入ったら? 今シャーロットが入ってるからその後で」
「私は別にいい」

 僕が肉を焼いている内に、シャーロットが話しかけてきた。

「ノエルも入りませんか?」
「え、あぁ……僕は1人で入るからいいよ」
「気持ちいいですよ……って、え……キャァアアアアアアッ!」

 話し声から叫び声に変わったのが聞こえた。
 持っていた肉をその辺に放り出し、僕は風呂場の方へと走った。

「シャーロット!!」

 僕とガーネットは慌てて風呂の方へと飛び込む。

 ――魔女の襲撃か……!?

 僕らが風呂場に入ると、シャーロットが身体を隠すようにお湯に身体を沈め、豊満な胸を必死に腕で隠している姿が見えた。
 何から隠しているのか、僕の視線の中にいたものの正体を見て瞬時に理解した。
 視線の先に目つきの悪い半裸の男が立っていた。
 その男というのはクロエだ。

「あ……ノエル……」

 間抜けな声をあげてクロエは僕の名を呼んだ。
 その瞬間に彼への怒りが僕の口から飛び出す。
 裸で恥ずかしがっているシャーロットのことなど、憤慨している僕の目からは消えていた。

「クロエ! どこに行ってたんだ! そもそも風呂を覗くなんて! 何を考えているんだ!?」
「おいおい、よせよ。俺はお前が帰ってきていると思って――――」
「早く出て行け!」

 クロエに水弾をあびせようとすると、彼はすぐに避けるように浴場から出て行った。

「……大丈夫?」
「はい……すみません、大声を出してしまって」
「一々大声を出すな。紛らわしい」

 ガーネットは吐き捨てるように言ってその場から早々に出て行った。裸のシャーロットに気を使ったのだろう。
 僕もガーネットと共に風呂場から出て、気まずそうにしているクロエと対峙した。目をキョロキョロとせわしなく動かし、僕の方を見ようとしない。

「そんな怒るなよ。間違えて入っちまったんだって」
「そんなことを怒っているんじゃない。シャーロットから離れて何してた? 他の魔女が来たらどうするつもりだったんだ!」

 厳しい口調でクロエを責めると、尚更クロエは気まずそうに頭をガリガリと掻きながら視線を逸らす。

「悪かったって……俺だって無意味にふらついてたわけじゃねぇ。周りの偵察してたんだよ。それなら文句はねぇだろ?」
「軽薄に嘘をつくな」
「嘘じゃねぇって。収穫があったんだぜ? 聞きたいだろ?」

 ニヤニヤしながら僕の身体に触れようとするが、僕はリゾンにされたことを思い出してそれを思い切り振り払う。
 その様子にクロエは何かを感じたようだった。

「…………お前、異界で何かあったのか?」

 鋭い指摘に、僕は少しばかり動揺した。

「色々あった。気が立ってる」
「……なら、俺が今夜慰めてやるよ」

 相変わらずの軽薄さだった。全く凝りていないようだ。その態度に僕は呆れる他の選択はなかった。
 それでも無理やりにやり込めようという悪意をクロエからは感じない。

「…………クロエは軽薄だけど、無理やりにはしないよね」
「あぁ? …………まぁな。無理やりされてたのは俺の方だしな」

 笑うのをやめてクロエは僕から離れた。
 リゾンと違うその様子に僕は安堵した。腕や脚を切り落としてまで自分の欲求を果たそうとする性的倒錯者でなくて少しだけ安堵する。

「そう……行く前に言っていたことの返事、今聞きたい?」
「あ……あぁ、随分急だな……そうだな、今言ってくれ」

 クロエの苦しみも、悲しみも、求める気持ちも、純粋な好意、全て僕は受け止めよう。
 ずっとそう決めていた。
 僕は色々なことからずっと逃げてきたが、相手に向き合うということをしないとならない。向き合うことで傷つけ合うことになっても、話し合えば解ることもある。
 神妙な顔をしているクロエの目は、僕をしっかりと捉えていた。僕もクロエをしっかりと見つめる。

「僕は、クロエの申し出を受け入れられない」
「…………そうか」

 クロエは特に食い下がってくるでもなく、両手を頭の後ろで組んだ。それ以上は言ってこない。

「……随分、あっさり引き下がるんだね」
「あぁ? 別に引き下がったわけじゃねぇよ。今は何言ったって気持ちは変わんねぇだろ? 俺はお前とこうして普通に話せんのが嬉しいんだ。嫌われたくねぇしな。俺たちの寿命は人間よりも長いし、関係が続けばお前の気もその内変わるだろ?」

 相も変わらず軽薄に笑うクロエに、僕は毒気を抜かれた。
 歳も僕らは大して変わらないのに、僕の方がクロエに子ども扱いされたように感じる。

「まぁ、お前のことだからそう言うと思ったぜ。しばらく俺は純愛ってやつをやってみるってわけよ」
「…………クロエにそんなことできるの?」
「ばーか。俺はもう理性の欠片もねぇガキじゃねぇんだよ」

 そんなことを言って本当にクロエにできるのか疑わしく思ったが、僕に嫌われたくないというのは本当のようだ。
 しかし、その言葉を聞いて後ろめたい気持ちになる。

 ――クロエには……魔女のを隔離することは言ってないんだよね……

 魔女はこの世界にいてはならない。
 だから人間と魔女を全て別の世界に分断する。例外を設ける余地はあっても、人間が魔女を迫害するか、魔女が人間を迫害するかのどちらかにしかならない。
 だからクロエにそう言われて、僕は胸が痛んだ。
 この話はシャーロットとガーネットにしかしていない。
 シャーロットはこの話をしたときに物凄く難しい顔をした。シャーロットはこの世界から去りたくないようだった。それはそうだろう。僕だって嫌だ。

 ――嫌とか、嫌じゃないとか……そういう感情で成り立つ話じゃないんだけどね……

 その昔、人間は独裁者というものを許容し、崇拝し、別の“人種”というものを大量殺戮をしたという。
 僕には解らない。
 助け合って、協力して、譲り合って、思い合って、そうやって反映したのが人間じゃないのか。
 魔女と人間は、互いに助け合っていた時期もあったのに。
 赤い果実を僕にくれたガネルさん、僕を雇ってくれたカルロス医師、僕を拾って世話をしてくれたご主人様。

 ――力の差なんて大して存在しないはずなのに……どうして同じ人間を崇拝したり貶めたりするんだろう……

 魔女ほど、力の差で身分が決まる種族はいない。
 でも、そんな状況を変えたい。力があるものは弱い者へ力を貸し、力の弱い者も強い者も助け合っていけるような……それがどんなにキレイゴトなのか、僕には解る。
 強い者が略奪するのは当然の世の中だ。
 でも、ご主人様が安全に、幸せに暮らせる世界にしたい。

「そう。期待してるよ」
「私の目の届く範囲でノエルにおかしなことをしたら、殺すからな」
「んだよクソ魔族。魔女なんか嫌いなんだろ?」
「あぁ、貴様のような魔女は特に大嫌いだ。よく覚えておけ」
「俺もお前みたいなクソ魔族は大嫌いだ」

 睨み合いが続く中、クロエが収穫があったと言っていたことが気になり、喧嘩している2人の間に入った。

「クロエ、収穫があったって言ってたけど、何?」
「あ? あぁ……見覚えのある魔女が倒れてたぜ? ここから数キロ北東の方角だ」
「何っ……!?」

 魔女が倒れていたと聞いて、僕は身体が強張った。

 ――見覚えのある魔女って……誰だ……? クロエの反応からして……ゲルダではないようだが……

「見覚えのある魔女……?」
「あぁ、くたばりかけてたし、そのままにしておいた」
「……もったいつけないで誰なのか教えてよ」
「悪いが、俺はお前以外の魔女に興味がないもんでな。名前は知らない」
「…………見に行く。クロエ、案内して」

 僕はその辺に放り出した焼いた兎の肉を洗い、食べながら、リゾンの方を見た。置いていくわけにもいかない。シャーロットやアビゲイルと一緒に置いていくのは危険すぎる。

「ガーネット、リゾンを担いでほしい」
「連れて行くつもりか?」
「置いていけないからね」

 僕が頼んだ通り、ガーネットはリゾンを担いだ。
 運びにくそうだったので、僕は自分の髪を結んでいる紐をほどき、リゾンの髪を括った。
 綺麗な銀色の髪はご主人様の髪の色と同じだ。その髪に触れると、僕は余計なことを考えてしまう。

「シャーロット、倒れている魔女がいたらしい。一緒に行こう」

 風呂に入ってるシャーロットに話しかけると、間もなくして壁の隙から法衣を纏っているシャーロットが出てくる。
 法衣は魔術で洗濯して乾かしたのか、綺麗になっていた。

「アビゲイルも連れて行きます」
「解った」

 シャーロットが眠っているアビゲイルを抱き上げると、アビゲイルは一瞬目を覚ましたようだったが、すぐにシャーロットの背中で再び眠りに落ちたようだ。

「行くよ」
「あぁ」


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