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第5章 理念の灯火
第122話 バケモノ
しおりを挟むクロエの案内通りに進むと、人影が見えた。
砂の海に確かに魔女らしき者たちが倒れている。それも1人じゃない。
2人だ。
「クロエ……2人とは聞いてない」
「俺は『見覚えのある魔女が倒れてた』と言っただけだぜ?」
ニヤリと笑うクロエに苛立ちを覚えるが、僕は前方のその影に意識を集中した。
煩雑に切られている髪の毛に、だらしなく着ているボロボロの法衣の魔女。もうひとつは長い黒い髪が顔にかかっていて、誰なのかは解らない。
法衣からして罪名持ちの魔女ではなさそうだ。
「僕が確認するから、皆下がってて」
僕は近づこうか考えたが、迂闊に近づくのはやめて周りの砂を動かし、うつ伏せに倒れている2人を仰向けにした。その顔を見て僕は驚く。
2人とも確かに見覚えがあった。
「アナベルとキャンゼル……」
「キャンゼル……ロゼッタに殺されたはずでは……アナベルも確かにノエルに首だけにされてリサに食べられて……」
僕はキャンゼルのことをすっかり忘れていたが、ロゼッタに殺されていたのかと憐れみを感じる。
「お前が魔女の女王と戦ったのちに健忘があっただろう。あのときにこのアホは顔に爛れのある魔女に首を落とされ、殺されたのだ」
ガーネットは僕に解るように説明してくれた。でも、なら余計におかしい。首はちゃんと繋がっているし、息もある。
――再現魔術……? ロゼッタに殺された方は偽者だったのか……でも、アナベルは確かにリサに食べられて……
考え事をしていると、シャーロットは虫の息の2人の容態を確認する。
「2人ともまだ息はあるようですが、かなり危険な状態です……」
助けるか、見殺しにするか、あるいは僕の手で殺すか。その三択だ。
こちらは僕を半殺しにしようとするリゾンもいるし、子供のアビゲイルもいる。ここで問題児の2人を抱え込むのは大変だ。寝首を掻かれかねない。
キャンゼルは阿呆で無害に見えて、僕を二度も裏切った。アナベルに至ってはガーネットの弟を操って襲ってきた敵だ。
殺されかけたことを忘れたわけじゃない。
「ノエル、こんなやつら始末してしまえ」
「……それも視野には入ってる」
僕が長考していると、キャンゼルが意識を取り戻したようで、僕の方を見た。
「ノーラ……」
「……生きてたのか」
「なんとか……ね」
シャーロットは僕の判断を待っている。
ガーネットは当然見殺しにするか殺すものだと思っているようだ。クロエは特に気にする様子もなくあくびをしている。
「シャーロット、お願いできる?」
「はい」
シャーロットから眠っているアビゲイルを預けられた。僕がその身体を抱きかかえると、アビゲイルは違和感を感じたのか目を覚ました。
「ノエル……どうしたの?」
「あぁ……起こしちゃったね。ごめん」
アビゲイルは横たわっているアナベルを見たら、目を見開いて僕の身体に精一杯抱き着いてくる。
その小さな手は震えていた。
アビゲイルはアナベルに実験に使われていたのだから彼女が恐ろしいと思って当然だ。
「……アナベルも頼むよ」
「おい、こんな魔女助けるのか!?」
ガーネットは当然不満なようだった。シャーロットもアビゲイルも流石に顔をしかめる。
僕も、彼女たちを信じられるわけもない。
「世界を創るには魔女の力が必要なの。魔族は魔女ほど上手くは魔力を使えない」
世界を作るには、許し、受け入れるほかない。
あの世界を作る魔術式は緻密な制御をしなければできないだろう。それほどの圧倒的に困難を極める魔術式だ。
「弟さんに酷いことをしたことを怒るのは当然だよ。僕も死者を弄んだことは許せることじゃないし、ゲルダの一派には吐き気がするほどの怒りがある。でも……大局を見失わないでほしい。一時の辛抱だよ」
そう、彼に言い聞かせるようでいて、自分にも言い聞かせた。
「……ちっ……ことが済んだらまた八つ裂きにしてやる……!」
ガーネットが本当に賢い魔族で良かったと僕は改めて思う。
クロエは「なんだ、殺さないのか」と面白くなさそうにしていた。そんなクロエに何を言うでもなくアナベルをよく見ると、前に見た時よりも体つきが全く違うことに気づく。
以前は豊満な胸を誇張するように見せつけていたが、明らかに胸が小さくなっているし、血色の悪い肌だったはずだがかなり血色がいい。
というよりも、首から下、上半身は血まみれだ。血が乾いてパリパリと皮膚から剥がれている。
「お姉ちゃん……怖いよ……」
「大丈夫。アナベルになにもさせないから……」
シャーロットはアナベルに恨みがあるのに、文句ひとつ言わずに治療をしてくれた。
魔術縛りをアナベルに施し、少し無理やり水を飲ませる。
するとぐったりはしているようだが、アナベルは目を覚ました。
「……ノエル……!!」
「起きたか……リサの腹の中はどうだった?」
僕が嫌味を言うと、アナベルは容赦なく僕に向かって魔術を発動させようとした。
「この……! ……? 魔術が使えない……!?」
「魔術は拘束させてもらったよ」
アナベルは僕だけに気を取られていたが、僕だけじゃなく、ガーネットやクロエの姿を見てアナベルは諦めたようだった。
「クロエ……ゲルダ様を裏切ったの!?」
「あぁん? あんなババアにいつまでも従ってるわけねぇだろ。思い出させんなよ気持ちわりぃな」
バチバチッとクロエの身体から電気がほとばしる。その光が眩く、目に一瞬その輝きが暗闇の中焼き付く。
それを見て味方はいないとアナベルは諦めたようだった。
しかしその顔は絶望に歪むのではなく、笑っていた。
「あたしをどうするつもり? 性奴隷にでもするつもり?」
「……発想が最低だな。女の死体に興奮する性癖は持ち合わせてないよ」
「死体じゃないわ。腐ってないでしょう? 逃げる為に新しい身体を手に入れたの。ちょっと色気が足りないけどね……」
首から下が前と違うのはそのせいかと思うと、どこまでも吐き気を催すような魔女だと僕は感じた。必然的に僕の顔は険しいものになる。
「そんなことはどうでもいい。お前は僕に協力するしか生き延びる道はない」
「協力? 何をいっているの。あたしをリサに食べさせた穢れた血に協力すると思うの?」
「協力しないなら、用事はない。土の中に埋めて、虫にでもゆっくり食べてもらうことにするよ」
怯えているシャーロットとアビゲイルには聞かせたくない言葉だったが、アナベルを怯えさせるにはその言葉は十分だった。
「…………あんたはあたしを何かに食べさせて性的に興奮する性癖なのかしら?」
それでも茶化すアナベルに対し、毅然とした態度で臨むと彼女はたじろいでいた。
ガーネットに関しては今にも殺さんとするほど殺気を放っている。
「協力って……あたしはゲルダ様とは戦いたくないわ……あんたでも勝てない……勝算がないもの」
「僕の翼の間借りをしているだけの相手に、僕が負けるわけがない」
つい、そう口走ってしまう。
本当は実力で言えば五部程度。アナベルを前に臆した言葉を発するわけにはいかない。
「頼むことは戦うことじゃない」
「なら……なによ」
「世界を創ること」
「……世界を造る? あははははは! ばっかじゃないの? イヴリーンと同じことをするつもりなの?」
「まぁ、そんなとこ」
笑っているアナベルは心底可笑しいようだった。ガーネットがその笑い声に相当に苛立ったのか、バキバキと指の骨が鳴っていた。
僕が飛びかからないように牽制しなければ、アナベルは再び身体をなくして首だけになっていただろう。
「……本気で言ってるわけ? 簡単に言うけど、あたしたちだけじゃ到底無理よ。もっと膨大な魔力がいるのよ? そんな無謀なこと――――」
「魔族にも協力してもらう」
「は……? 魔族……? なに言っちゃってるわけ……? あたしたちが散々玩具にした魔族が魔女の混血のあんたに協力するわけないでしょ?」
「発想が最低なだけはあるな。想像力がない。僕は既に異界で魔王と話してきた。魔族は僕に全面的に協力してくれるそうだ」
「は……はったりよ! そんなの、言葉も通じないのに……――」
途中まで言いかけたアナベルは僕の隣にいるガーネットを見て、納得したようだった。
眼光だけで相手を殺せるほどの殺意を放つガーネットを、苦笑いでアナベルは見る。
「契約してる吸血鬼ね? へぇ……? あんた、計算してその吸血鬼と契約したの……だとしたら大したもんだわ……」
「それは違う」
「じゃあなんで契約なんて馬鹿馬鹿しいことしたのよ。ワケわかんない。契約なんかしてんのは死に損ないの――――」
「おい」
バチバチバチッ!!
途中で割って入ったのはつまらなそうにして黙っていたクロエだった。先ほどまでの発光量とは比較にならない程の閃光が辺り一帯を眩く照らした。
光量もさることながら、その雷の爆音は耳を劈き、耳を傷めるほどのものだ。思わず僕を含めて他の者も耳を押さえて爆音を緩衝しようとする。
「それ以上言ったら俺がてめぇを殺す」
――怒っている……?
いつも軽薄で興味もなさそうなクロエが怒っているのは初めて見た。シャーロットに内緒で教えてもらったことを思い出す。
クロエにとって余程重要な問題らしい。
「……まぁいいわ。札が揃ってるならあたしはあんたについてあげる。ゲルダ様はもうバケモノになっちゃったしね」
――……何? なんて言った……今……
楽観的に『バケモノになった』と言ったアナベルを、全員が返す言葉もなく見つめていた。
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