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第5章 理念の灯火
第123話 違和感
しおりを挟むその場にいる者の中で、アナベルだけが平気そうな顔をしていた。
他の全員は怯えた表情で凍り付いているのに、アナベルは手に入れた自分の身体を丹念に確かめていた。「この身体、胸が足りないわね」なんて呑気なことを言っている。
「ゲルダがバケモノになったって……どういうこと?」
呆気に取られている僕はアナベルに向かってそう聞いた。
「そのままの意味よ。もうギリギリ保ってた自我も完全に崩壊していたわ。リサの腹をかっさばいて食べていたし」
その光景を想像すると、僕は気持ち悪くなってきた。
確かにリサは激情に駆られやすかったかも知れないが、あまりにもその仕打ちは可哀想だと感じる。
「…………なんで?」
「知らないわよ。でもそのお陰であたしは抜け出せたんだけどね」
「それで……リサを食べてただけならバケモノって程じゃないけど……?」
「それだけならあたしも驚かないけど、食べはじめて少ししたら……身体に異変がおきて膨張するように大きくなっていった。あんなものはもう魔女じゃないわ、バケモノよ」
「身体が膨張……? どういうこと……」
何故リサの肉を食べて身体が変異するのだろうか。
あるいは、理性を完全に失ったのが引き金となって翼に食われて変異したのか解らないが、とにかくもう話が通じるような状態ではないだろうと考える。
「堕ちるところまで堕ちたな……」
「ていうか、世界なんか作ってどうすんの?」
「……ゲルダを殺せなかった時のため、隔離するように作る」
僕はアナベルに嘘をついた。魔女を全員隔離するなんて言ったら、アナベルは協力しないだろうと考えたからだ。
「ふーん。でも、それなら世界を作るなんて面倒なことしないでなんとかして殺したり封じ込めたらいいんじゃない? 拘束用の魔術具ならあたし作り方解るわよ」
「死ねない身体のゲルダをいつまでも封じていられないと思う。それに僕に対して使ってたあれ……すぐ壊れてたし……」
「確かにそうかも。ていうか、ゲルダ様は異界に干渉できるのよ? 別の世界に隔離したとしても、無駄じゃないの?」
次々に尤もな質問をしてくるアナベルの相手をするのが面倒になった。こんな砂漠の真ん中でいつまでも話していたくない。
「アナベル……文句ばかり言ってないで殺せなかったときの対応を少しは考えてよ」
「……まぁ、あたしは世界を作るってこと自体は賛成よ。滅多にできることじゃないし、研究者としてやってみたいわ」
ゲルダを殺せなかったときの対応策は思い付かなかったようだ。適当に話を誤魔化してくる。
「それで、この魔術拘束はいつ解いてくれるの?」
「お前は信用できない。暫くそのままだ」
「酷いわね……まぁ、そういう遊戯も面白いわ」
僕らは全くアナベルを歓迎していないのに、アナベルは飄々としていた。
相手の敵意を感じないのか、相手の敵意や殺意を気にしないのか解らないが、そのふてぶてしい態度は尚更ガーネットを苛立たせた。
世界を作るまでの間、上手くやって行けるか物凄く心配だ。
「自己紹介してなかったわね。あたしはアナベル。『強欲』の罪名を与えられた魔女よ。得意魔術は死体操作。よろしく」
「強欲? 色欲じゃなくて?」
「ふふふふふ……いつでも相手してあげるわよ? あたしは何でも知りたいし、ほしいのよ」
アナベルがそう話している間、彼女はガーネットが担いでいるリゾンに興味津々なようだった。
「ねぇ、その担いでるのは誰? 綺麗な銀色の髪ね」
「……吸血鬼だよ。首を切り裂かれないように気をつけなよ」
切り裂かれたとしてもアナベルは死なないだろうけど、そういう嫌味で言ったわけだが彼女は気づいていないようだった。
「どうでもいいだろ、帰ろうぜ? ノエルも帰ってきたばっかなんだろ? 異界での話聞かせてくれよ」
「あたしも聞きたい!」
「……アナベル、信用したわけじゃないけど……暫く行動を一緒にしてもらうよ。まずはキャンゼルを運ぶのを手伝って」
「えー、肉体労働はあっちの方だけにしてよー」
「うるさい。早く肩を貸せ」
そうして僕らは全く足並みもそろわないまま、拠点に帰るべく帰路についた。アナベルからはえもいわれぬ死臭がする。
しかし初めて会ったときよりはまだマシだ。
「……?」
列の最後尾を歩いていたクロエは“あるもの”を発見し、目を凝らした。
よく見ると、それがなんなのかクロエには解った。「おい」と、口に出そうとしたが今話すべきかどうか一瞬迷い、その者と2人きりになったときに話そうと考えた。
――おいおい……これはまずいぜ……
クロエは焦燥感を覚えたが、どうそれを話していいか解らずにいた。
一番後ろにいたクロエはその動揺している様を誰にも気づかれなかった。
◆◆◆
僕は異界であったことを要点をまとめて話し始めた。
アビゲイルとキャンゼルとリゾンは眠っていた。シャーロットとクロエ、アナベルは僕とガーネットの話を相槌を打ちながら聞いている。
「本当によく帰ってこられましたね……」
「その銀髪の吸血鬼は魔王の子供なんだ。全然魔王っぽくないわね」
「ノエルに手ぇだしたそいつ、今からでも殺していいか?」
各々色々感想はあるようだったが、僕はひとしきり話を終えた後に魔王様からもらった魔術式を全員に見えるように広げて見せた。
「当面はこの魔術式の解析をすることになる。魔力は魔族が貸してくれるから潤沢だけど、それを上手く操れる人数は限られているから、最大限に効率的な役割になるように配分したい」
アナベルは目を輝かせて魔術式を見入っていた。クロエはやはり得意ではないようで「全然わかんねぇ」と言っている。
「アビゲイルも手伝えると思います。明日から手伝わせましょう」
「そうなの? まだ子供なのに、すごいね」
「あのアホも手伝わせるのか?」
ガーネットが顎でキャンゼルを指すと、全員で考えた。
「アホだし無理じゃね?」
「……彼女が魔術式を理解できるかは期待できないですね」
「魔術のセンスがないんだよねー、無理なんじゃない?」
「私から見ても到底無理だと感じる」
満場一致で使えないという意見だった。しかし、僕はそうは思わない。
再現魔術で『魔女の心臓』を作り出したほどだ。世界を創造するのに一番向いている魔術系統だと僕は考えていた。
「難しいことは解らないかもしれないけど、きちんとキャンゼルが想像ができれば魔女何人か分の仕事はできると思う」
そう言うと全員「うーん」と考える。
「まぁ、あのアホちゃんは罪名持ちじゃないけど、この子のお陰で助かったわ」
「どうやって逃げてきたの?」
「あたしがゲルダ様の殺した魔女の胴体を操ってあたしの身体にしたの。ようやく動けるようになって逃げてたんだけど、途中であのアホちゃんに会ったのよ。一先ず一緒に逃げてたんだけど、途中でロゼッタに会ったのよね。もう……ロゼッタが完全に目がイッちゃってて、アホちゃんが自分の分身を身代わりにしてロゼッタから逃げたの。危なかったわ」
「ロゼッタ……いつの間にかあのとき部屋からいなくなってたのか……正気じゃないように見えたけど、判断は意外と冷静だったのかも……」
そんな話をしている内に僕は眠くなってきた。シャーロットもしきりに目をこすり、眠そうにしている。クロエとガーネット以外は全員が疲れている様だった。
「もう疲れたし、明日にしようか」
「ええ。ていうかこんなところで寝るの? ベッドがいいんだけど」
「わがままを言うな。拠点は明日作ろう……長丁場になるだろうから」
柔らかい草の引いてある場所に僕は身体を横たえた。他の者も同じようにそれぞれの寝床に入る。
アナベルは不満そうだったが、砂の中に半ば埋もれていたことを考えればまだマシだと思ったのか、ため息交じりに横になる。
「寝首を掻かれないよう、見張っていてやる」
「ありがとう……ガーネット…………」
――明日からやっと本格的に解読作業に入れるな……
目を閉じると、僕はすぐに眠りに落ちてしまった。
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