罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第124話 大義名分

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 ガーネットはノエルが眠ったのを確かめると、焚き木の火を見つめた。
 夜は長い。以前、自分は夜に何をしていたのだろうかと考える。
 ガーネットは眠っているノエルの寝顔を見ていると時間が経つのも忘れてしまいそうだった。

 ――一時は目覚めないかと思ったときは肝を冷やしたが……目が覚めてよかった

 これからどうなるのか、どこまでできるのか解らないが、それでも立ち止まれない。
 考え事をしていると、ガーネットの視界に目障りな者が映っていた。
 目つきの鋭い嫌に腹の立つ表情の男だ。

「なぁ、吸血鬼。中々2人で話すこともねぇだろうから少し話をしようや」

 心底嫌そうな顔をして睨むが、クロエは意に介している様子はなかった。

「お前と話すことはない」
「俺はあんだよ。お前とノエルに関わることだ」

 無視したいが、しきりに話しかけてくるクロエを無視できない。
 せっかく眠りについたノエルが起きてしまう。

「やかましい魔女だ……ノエルが起きるだろう……小声で話せ」
「俺に偉そうに命令すんな。ま、ノエルが起きるってのは一理あるな」

 立ち上がったクロエはガーネットの隣まできて腰を下ろした。
 ノエルの寝顔を見てニヤニヤと笑っているのを見て、ガーネットは尚更不愉快に思う。

「気色が悪い。なんだ? 手短に話せ」
「……お前、ノエルの血をどのくらい飲んだ?」

 藪から棒にあまりにも立ち入ったことを聞かれて、ガーネットは表情を更に険しくする。

「お前には関係ないだろう」
「もったいつけないで言えよ。どう感じてるか知らねぇけどな、お前がノエルの血を飲みすぎるとお前が正気を失ってバケモノになるんだぜ?」
「私は正気を失ったりしない。バケモノなどにはならない」
「俺はてめぇがどうなろうが関係ねぇけどよ、お前がそうなるとノエルもそうなるんだよ。だから今言ってんだ」

 その話にガーネットは動揺し、焚き木の方を見ていた視線をクロエに向ける。
 彼はいつものヘラヘラとした表情ではなく、真剣な表情でガーネットを見ていた。

「お前……最近、自分でもおかしいって思ってるだろ? ノエルに惚れてる自覚ねぇのか? お前とノエルが会って間もないのに、全ての魔女を殺したいと思ってたお前がそう簡単にこいつを好きになる訳ねぇんだよ」
「…………お前などに、私とノエルの関係についてとやかくと言われる筋合いはない」
「ばーか。お前は気づいてねぇだろうが、それはノエルの血に当てられてるからそう錯覚してるだけだ」

 ガーネットはクロエの胸ぐらを掴み上げ、鋭い爪を首元に突き立てる。

「これ以上ふざけたことをのたまってみろ……喉元を切り裂いて殺すぞ……」
「おうおう……こりゃ重症だな……お前、自分の首を触ってみろ」

 首を触れと言われ、不審に思ったガーネットは言われるがまま自分の首に触れてみる。

 触れた瞬間、その赤い瞳を見開いた。

 普段は自分の首など気にしていなかったが、首の後ろの部分から何やら硬い芯のようなものを中心にフワフワとした感触がした。
 小さいその異物は量は少なかったものの、確かに以前はなかったものだと感じる。
 クロエから手を放し、懸命にその実態を探ろうとするがガーネット本人には見えなかった。

「……羽だ……羽が首から生えてんだよ……」

 感触からしてそうではないかと感じた。
 背骨の中心を境に、左右に別れて生えているようだ。しかしそれはまだ目立つほどではなく、髪の毛で隠れる程度に収まっている。
 ガーネットはその首元を服の襟で覆い隠した。

「……解っただろ? お前はこれ以上ノエルの血を飲むな。今はそれで済んでいるけどよ……ノエルの爪を見てみろ」

 ノエルの爪を見ると、若干爪先が鋭くなっているように見えた。
 起こさないようにノエルの唇に触れ、ゆっくりとめくってみると歯も若干八重歯が鋭くなっているように感じる。
 それは注意を注がないと気づかない程度の変化だ。ノエルは特に気づいている素振りはない。
 それを見たガーネットは表情が凍り付いた。

「契約しているからこそ、ゲルダに勝てる見込みはあるかもしれねぇが……ゲルダを殺せたとしてもお前らがバケモノになってみろ。それこそ手が付けられねぇよ」
「白魔女がいる今……無理に血を飲む必要もない……」
「…………せいぜい気を付けるこったな。ノエルは俺が言っても聞かねぇから、お前がノエルに言え」
「あぁ、明日の朝にでも契約についての話をする……」

 話が終わったクロエは元居た自分の場所に戻り、横になった。
 ガーネットは自分の首が気になってしまい、ついつい触ってしまう。
 羽の一本をむしり取ろうとするが、しっかりとその羽は自分の皮膚の下までしっかりと生えていて容易に抜ける気配がない。
 もどかしさが限界となり、思い切り一枚毟り取るとガーネットは首に激痛を感じた。大切な神経まで一緒に千切れてしまったのではないかと一瞬不安になるほどの痛みだった。

「痛っ……なに……」

 ノエルは痛みで目を覚ました。
 首から少しばかり出血している。勿論ガーネット自身も羽を無理やり抜いたところから少々出血していた。

「ガーネット……何かあった? ……あれ……血が出てる……」
「……お前、寝返ったときにでも岩で切ったのではないか? 気をつけろ」
「……そう……ごめん。気を付けるよ……」

 ノエルは首から微量に出血している傷を確認せずに、再び眠りについた。
 自分の首から毟り取った物をガーネットは握り締めていた。わずかな血液と共に手の中にあるものを確認するのに覚悟が決まらない。
 ゆっくりと自分の握りこんでいる手を開くと、そこには一枚の小さな白い羽が握られていた。羽の付け根の部分には自分の赤い血液らしきものが微量についている。

「………………」

 首に生えているその羽の枚数や大きさはよく確認は出来なかったが、全てむしり取りたい気持ちに駆られた。
 しかしたった一枚でこれだけの痛みを伴うのなら、ノエルに隠しおおせるはずもない。

「……お前にこれを話したら……お前はどうする?」

 誰にも聞こえない程度の声量でガーネットはノエルに話しかける。

 ――必ず契約を解く方法を見つける。それまでは僕の背中を守ってほしい

 ノエルがそう言っていたことがガーネットの胸の中でずっとつかえていた。
 契約という繋がりが途切れたら、自分がノエルのそばにいる大義名分を失ってしまう。
 どこにいくにも必ず共に歩んできたのに。それは半ばしかたないことだったとはいえ、それでも側にいたいと考えていた。
 ノエルにとって特別なのはリゾンでも、クロエでも、レインでも他の誰かでもない。
「自分なんだ」とガーネットは自分に言い聞かせる。

 ――今更……ただ「お前の側にいたい」などと言えるわけがない……

“好き”などという厄介なものを自分に知らしめたくせに、契約が切れたらどこかに消えてしまいそうだった。
 それこそご主人様とやらの後を追って自殺しかねない。

 ――あいつは俺が死んだら後を追うって言ってんだろ

 ノエルの主がそう言っていたのは、間違いではないとガーネットは理解していた。
 何故、あんな人間に執着するのか、ノエルの感情は理解はできずとも、理屈では解る。
 両親を殺され、育ての親のセージを殺され、何もかも奪いつくされ拷問にかけられていたところに現れたノエルを魔女と解らずに普通の人間として扱う人間だった。
 その初めての優しさに触れたノエルが強く依存するのも理屈は解る。
 それはガーネットやレインがノエルに対して感じるものに近い感情なのだろう。
 助けてくれて、種族に縛られず、一つの個として尊重してもらえる関係性は心地がいい。
 自分の唯一の居場所に執着するのは当然だ。

 ――ノエルをあの人間と共に死なせるわけにはいかない……

 契約をしているから、契約者の命の為にノエルは自身の命を繋いでいるだけにしかガーネットには見えなかった。

 ――駄目だ……ノエルには言えない……

 ガーネットはぬぐいきれない不安に対し臆した。
 言ったら、世界を作るよりもまず契約を解く魔術の方を探し始めるだろう。

 ――……何のことはない、ノエルの血を飲まなければいい話だ

 これ以上悪化しなければ、それほど顕著な変化でもない。
 クロエや他の者にはノエルと話し合ったということを伝えればいい。我々の繊細な問題だからノエルにはこれ以上このことを言うなと言っておけば、いくら無神経な魔女たちでも踏み込んで言わないだろう。

 それに、クロエに「お前は気づいてねぇだろうが、それはノエルの血に当てられてるからそう錯覚してるだけだ」と宣言されたことも完全に否定できるわけでもない。
 確かに身体や精神の変化が起こったのはノエルに会った後、つまり契約をしてからだ。可能性の話に過ぎないが、契約がなくなれば変調をきたした精神までもまた昔のように戻るかもしれない。

 ――また、ただ自分の強さを誇示し、略奪するだけの生活に戻るのか……?

 そんなことはない。
 これはノエルの血のせいなどではない。
 そう懸命に自分に言い聞かせながら、ガーネットはノエルの寝顔を見ていた。
 赤い髪がゆらゆら燃える炎に照らされ、美しく輝いていた。


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