罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第125話 大事な話

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 眩しい朝の陽ざしで僕は目を覚ます。

「ううん……」

 僕が身体を起こすと、近くの木にもたれてガーネットが目を閉じていた。他を見渡すと、まだ起きている者はいない。
 寝癖のついた自分の髪を撫でつけていると首に違和感を感じる。
 その部分に傷ができているようだ。ほぼ塞がりかけているのは確認できたが、首の後ろなので視認することができない。
 自分の手を見ると、乾いた血がパラパラとついている。

 ――そういえば……寝てるときに首を切っちゃったんだっけ……

 僕は自分の眠っている柔らかい草を手でかきわけるが、鋭い岩などは見当たらない。

「起きたのか」

 草を分けて探している僕は手を止めて声のする方を振り返る。眠っていると思っていたガーネットは起きていたようだ。

「うん、見張りしてくれてたんでしょう? ありがとう」
「礼はいい。ちょっとこっちへ来い。お前に話がある」
「え、うん」

 ガーネットに連れられて僕は野営地から十数メートル離れた場所にきた。

「どうしたの? みんなに聞かれたくない話?」
「あぁ……私たちの契約の話だ」
「…………魔王城の階段のところで言ってたこと?」
「……それもある」

 そう言われると僕は寝ぼけていた頭を懸命に起こす。いい加減な気持ちでこの話を聞くわけにはいかない。

「それで……なに?」
「お前は私と契約していて、不便を感じているか?」
「ううん、感じてないよ」
「随分返事が早いな……本当にそう思ってるのか?」
「思ってるよ。あ、でも……」

 僕が「でも」と言った後、ガーネットは緊張したような面持ちで僕を見つめていた。

「僕が怪我をすると、ガーネットも怪我をするでしょ? それは申し訳ないなって思うかな……」
「それはお互いに同様なのだから負い目を感じるところではないだろう」
「んー……それは少し違う。ガーネットが傷ついて僕が怪我するのはいいけど、僕が怪我をしてガーネットに傷がつくのは嫌なんだよね」
「……同じことだ」
「今まで傷がついた原因は殆ど僕の方だしさ……」

 いつも僕のせいで怪我をさせてしまう。僕がいつも不注意と力不足で傷つけてしまった。
 僕が狙われる立場なのは解っているけれど、それでも僕が傷つくと同じ痛みを背負わせてしまう。

「気にすることではない。他には何かあるか?」

 彼はそんなことは全く意に介することもない様子だった。それに、なぜそんなに僕に聞いてくるのか、不安になってくる。

「そうだな…………本当に特にないよ。不便を感じているのはガーネットの方でしょう?」
「…………まぁ、お前は手がかかるやつだが、迷惑とは思っていない」
「でもエルベラをフッたのは僕のせいなんでしょ……?」
「あれは……別に直接的にお前のせいという訳ではない……咄嗟にそう言ってしまっただけだ」

 咄嗟に僕のせいだなんて言って、僕はそれについてずっと悩んでいたのか。
 そう思うとここは怒るところかもしれないが、僕はその言葉に安堵した。

「……そう……でもどうしたの? 急に……」
「だから……その……なんだ……お前は契約を解く方法を探すと言っていたが、このままでいい」
「……なんで?」

 あのガーネットがそう言いだすと思わずに、僕は戸惑ってしまう。

「目先のことを言うなら、魔女の女王と戦うときは少しでも有利な方がいいだろう。それに、今後についてもセージにお前のことを頼むと言われているからな」
「そう……まぁ、契約を取り消す魔術式も解らないから、今はどうにもできないよ。気持ちは嬉しい。ありがとう」

 そんなに責任を感じてくれているというところは嬉しく思った。
 少し過保護なんじゃないかと思うような彼の態度に僕は苦笑いする。

「それから……お前の血を飲むのは控えようと考えている。平気とはいえ、あまりに過剰に飲むと……後の反動がないわけではないからな。ここぞというときの為の手として温存したい。治癒魔術の魔女がいる今は、無理にそうする必要もないだろう」
「反動って、ガーネット身体……どこか良くないの?」
「なんということはない。少し怠くなる程度だ。そうすると動きが鈍るからな」

 なんともないと主張するガーネットのことを心配すると、彼は「大丈夫だ」と言う。

「本当に大丈夫? 少し身体をシャーロットに診てもらった方が……」
「まったく……心配しすぎだ。お前は目の前にあることに集中しろ。私ができるかぎりのことはしてやる。なんともない」
「……うん。本当に、無理だったら早めに相談してね? 色々考えててありがとう」
「あぁ。この話は……他の者には話すな。気恥ずかしいからな」
「ははは、そう。解ったよ」

 僕らが話をしていたところに、後ろから近づく足音が聞こえた。
 ふり返ると寝ぼけている様子のクロエが立っていた。寝起きは不機嫌なのか、目をこすりながら難しい顔をしている。

「なんだよお前ら朝っぱら2人っきりで……俺に隠れてやましいことしてんのか?」
「馬鹿なことを言うな」

 ガーネットはクロエを睨みつける。相変わらず仲が悪いようだ。

「ノエル、こいつからはされたか?」
「え……うん……」
「私とノエルの問題だ。は終わった。お前がずけずけ入ってくるな」
「けっ……いけ好かねぇ吸血鬼だぜ……」

 僕らは野営場に戻ると、やることを整理した。
 まずは魔女たちが協力してこの場所に簡易的な家を建てる事。世界を作る魔術式の解読には時間がかかるだろう。
 それから食料の調達もしなければならない。
 肉ばかりとっていても人数分用意するとすぐに近くの動物たちを皆殺しにすることになってしまう為、食べられる果実や野菜を調達する為に現地調査をすることにした。
 そうこう考えている内に、リゾン以外は全員が目を覚ましたのでその旨を伝える。

「僕は食べられる植物の調達をアナベルと行く。シャーロットとアビゲイルとキャンゼルは拠点となる家を作ってほしい。クロエは……えーと……過剰にならない程度に肉の調達をしてきてほしいな。ガーネットはリゾンを見ていてほしい」

「解りました」
「頑張る!」
「えー、家なんて作れないよ」
「植物の調達なんて面倒くさーい」
「こんな輩に狩りができるのか……?」
「るせぇんだよ死ね」

 と各々言いたいことを言った後に、僕は半ば強引に全員に指示を出し、追い立てたた。

「アナベル、行こう」
「はーい」

 アナベルと2人きりで植物を取りに出ると、その森の中は様々な植物が生えていた。
 僕らはそれなりに植物に知識があるから、集めるにはそれほど苦労はしなかった。

「ねぇ、そんな黙ってないで、お話しましょうよ」

 アナベルが沢山の食べられる植物を両手に抱えて、無邪気に話しかけてくる。
 頭は良いようで、どれがなんの植物なのかの知識はあるようだ。

「……そうだね、ゲルダの話を聞かせてほしいかな」
「あぁ~ん、堅い話ね。あたしはもっとくだらない話のほうがいいんだけど?」
「…………くだらない話って、例えば?」
「あの吸血鬼2人とクロエ、どの男が好みなの? それともリサが好みだった?」

 聞いてみると本当にくだらない話で、僕は首を横に振って無視した。
 アナベルは僕に無視されてムキになったのか、僕の視界の中に無理に入ってくる。

「ねぇ、いいじゃない? 堅い話ばっかりしてると嫌われるわよ?」
「別に好かれようと思ってない」
「ふーん……クロエはこういう素っ気ないのが好みなのね」
「アナベル、僕は……僕らはお前を信用したわけじゃない。いいか? 自分のしたことの重大さを少しは自覚しろ」

 冷たく言い放つが、アナベルは肩をすくめてまったく僕の言葉が響いているようには見えない。
 少し罪悪感があればあんなことはできないだろう。
 あの残忍な実験ができたということは、彼女には良心というものが欠けているということだ。

「まぁ、あんたが興味のない話題に全く食いつかないお高く留まってる魚なのは解ったわ。それなら少しは興味のある話をしてあげる。あたしの話にあんたは食いつくはずよ」

 面白半分に話し出すアナベルは相変わらず軽薄な様子だ。

「あんた、人間に惚れ込んでるんでしょ? たまーにいるのよね。奴隷を囲い込む魔女」

 僕はご主人様を奴隷呼ばわりされたところにムッとしてすぐさま反論する。

「あの人は僕の奴隷じゃない」
「そうなのよね、だからあのアホちゃんの作った魔女の心臓の誓約に縛られなかった……尚更変わってるわ、あんた」
「僕を挑発してるのか……?」

 アナベルを睨み付けると、両手を振りながら「違うわよ」と言う。

「魔女と人間の確執は知ってるわよね? 人間は魔女を長い間虐げてきた。人間が定めた罪そのものだったの。魔女だというだけで、人間にとって罪なのよ」
「……昔からそれは変わってないみたいだね。人間と魔女は憎しみあってるみたいだし」


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