罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
129 / 191
第5章 理念の灯火

第128話 赦し

しおりを挟む



【ガーネット 現在】

 私がほんの一瞬目を離した隙の出来事だった。
 ノエルが帰ってきたことに気を取られ、リゾンから目を離してしまった。
 どうしてもノエルを目で追ってしまう。他の魔女と話すノエルを見ていた視線を戻すと、横たわっていたはずのリゾンがいないことに気づいた。
 私はリゾンがどこへ消えたのかと警戒したが、気づいたときにはもうそれは手遅れだった。

 ――ノエル……!

 声を出すよりも早く、私の腹部には穴が開いた。
 激烈な痛みで私は倒れるしかなかった。すぐさま立ち上がろうとするが、脊髄を損傷したせいか、脚が動かない。
 あまりの激痛に目が霞むが、それでも私はノエルに手を伸ばす。

「ノエ……ル……」

 あっという間に赤い髪の魔女はリゾンによって森に引きずり込まれて行った。
 出血がひどく、このままではマズイ。
 白魔女の姉妹が慌てふためいている。男の魔女には妹の方がつき、白魔女姉の方が私の方に駆け寄ってくる。

「酷い……今治療しますから」
「お姉ちゃん! クロエが……!」

 私も相当の致命傷だが、あの男の魔女も首が切り落とされる寸前まで切り裂かれていた。

「……ガーネット、クロエの治療が終わるまで持ちこたえてください…………」

 白魔女は男の魔女の方へ走って行った。
 こんな状況なのにというべきか、それともこんな状況だからこそというべきか、ノエルの血の匂いに、私は先ほどから強い渇望を抱いていた。

 ――血が……ほしい……

 ずりずりと上半身だけでノエルの血だまりに懸命に移動する。私の方を見て白魔女が何か言っているのが聞こえるが、私の耳には入らない。

「はぁ……はぁ…………」

 永遠に思えるような距離を懸命に移動したが、私はもう視界がかすみ、血だまりまでの正確な距離が分からない。
 もう駄目だと断念しようとした瞬間

 ピチャリ……

 手を伸ばした私の指先にぬるりとした感触がした。顔を上げて必死にその方向を見ると、私の指を濡らしたのはノエルの血だまりだった。ノエルからはおびただしい量の血液があふれ出していて、それが森の中へと続いている。
 ノエルの血だまりに触れた血の付いた指を口元にもってきて舐めると、この世の何よりも甘美で上質な舌触りだった。
 力がみなぎってくるように私は感じた。
 血を飲んで回復してきたからか痛みは徐々に鈍くなってきた。
 私は、這いつくばってその血だまりに顔を突っ込み、ノエルの血を飲んだ。地面を這い蹲って血を飲むなど、屈辱以外の何物でもない。しかし、屈辱的だとか、地面の砂がジャリジャリするとか、そのようなことを気にしている猶予はなかった。
 一心不乱に血を飲むと、私の腹の傷は治ってきていた。
 そうしている間にも私の身体に絶え間なく切り傷がつき、骨が折られる激痛が走ったり、皮膚が剥がれたりした。
 ノエルがリゾンに新たな傷がつけられているようだ。
 それでも、私たちの回復力の方が圧倒的に上回り、私は立ち上がってノエルの血の痕を追いかけた。

「クソ……あの変態め……」

 森の奥から爆炎が上がるのが見えた。すると身体につけられる傷が一度止む。
 私が走って向かっている間にも森の中から爆炎が上がり、水の刃が飛び交い、氷の柱が地面から突き出し、落雷が何度も森に落ちた。

 ――ノエル……頼む……正気でいてくれ……

 私が血を飲みすぎたら、ノエルも正気を失ってしまう。
 その話を本人としたばかりなのに、さっそくその話がなかったようにする行動をとってしまった。
 自分の首の羽の部分に触れる。やはりそこには小さな羽が沢山生えていた。急激にそれが大きくなるというようなことはないようだが、これが更に成長してしまうかもしれない。
 そう考えるものの、今はその心配をしている余裕がなかった。
 ノエルに近づくにつれ、叫ぶように話す声が聞こえてきた。

「リゾン! やめて!!」
「はっはっは!! 腰抜けの魔女かと思っていたが、強いではないか」
「争いたくないんだ!」
「お前には争う理由は無くても、私にはある! 散々ふざけた真似をしてくれたな!!」

 リゾンの鋭い爪によって何度もノエルは身体に酷い傷を受けながらも、それでも傷はすぐに塞がった。
 私が駆け寄ってノエルの前に立つと、対峙しているリゾンも満身創痍になっていることに気づく。
 肩や腕、脚から出血しているし、肉がえぐれている部分もある。
 彼の身体の焦げた部分からは吐き気を催すような悪臭がした。

「リゾン! 貴様……腕を治した恩を仇で返すのか!?」
「私はそんなこと頼んでない! 自惚れるな!」

 魔術は封じられているもののリゾンの元々の身体能力は高く、ノエル相手にも引けを取らない。
 しかし、私には以前よりもその動きはゆっくりに見えた。
 目にも留まらぬ速さで全く見えなかったリゾンの動きが、目で追える程度になっている。
 鼓動が早く、身体が熱い。

「ノエル、やはり助けるべきではなかったな」

 リゾンがノエルに向かってその鋭い爪を向けて飛びかかったとき、私はリゾンの腕を掴んでリゾンの力を殺さずにそのまま地面に叩きつけた。

「がはっ……」

 うつぶせに倒れているリゾンの背中に素早く乗り、腕を捻りあげた。
 ギリギリとリゾンの腕が軋む。
 振りほどこうとするが、強化されている私の力にリゾンは適わずに更に腕を捻りあげられる。

「ぐぁあっ……そのまま腕を折るがいい……」
「言われなくとも、貴様の腕など再びむしりとってくれる……!」

 私がさらに力を加え、ミシミシという骨の悲鳴が聞こえ始めた頃にノエルが私の腕を掴む。

「ガーネット……許してあげて」

 そう言うと思っていたが、実際に言われるとその考えの甘さに苛立ちを隠せない。

 なぜリゾンをそう庇うのか。
 どうしてそこまで気持ちを割くのか。

 ボキボキッ

「ぐぁああっ……!!」
「ガーネット!」

 ノエルの願いを無視して、私はリゾンの腕を折った。
 肩から彼の骨は両腕とも折れていた。これで動かすことは出来ないだろう。
 私は折った腕を掴んだまま、心配そうにこちらを見ているノエルの方を見た。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...