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第5章 理念の灯火
第129話 愚弄
しおりを挟む心配そうにもしていたが、どちらかと言えば悲しい表情をしているように見える。
「どうして……」
「お前、また殺されかけたというのに、まだそのようなことを言っているのか。いいか? ノエル、自分が怪我をして私が傷つくのが嫌だと言うのなら、矛盾した行動をとるな」
「…………そうだけど……リゾンは話せば解ってくれると思うから……」
「魔女の女王は殺そうと考えているのに、どうしてそこまでこいつを説得しようとする?」
「話せば理解してくれるかどうかくらい、解るよ……うまく……言えないけど……」
歯切れの悪い返事をするノエルに、尚のこと苛立つ。
私は昔からリゾンを知っている。
話を聞くはずがない。
にも関わらずノエルは話ができると妄信している。
――何故私の話を聞かない?
苛立ちながらも一先ず私はリゾンの上から降りた。
ずるずると力なくリゾンは身体を起こす。もう襲い掛かる気力はないようだ。
立ち上がれないほどに疲弊しているらしく、膝をついた状態でノエルと私を睨みつける。
「私は話し合うつもりはない、殺すならさっさと殺せ……」
「…………どうしてそう頑ななの?」
「それは貴様もそうだろう。さっさと諦めればよいものを……」
「諦めるのは……いつでもできるけど、今頑張らないと取り返しのつかないことになる」
「お前も随分頑なだろう」と私は言いたかったが、黙って説得する様を見ていた。
ノエルが止めないのなら今すぐにでもリゾンを八つ裂きにして殺してやりたい。
殺されかけたのは二度目だ。
ただの暴力や傷害ではなく、確定的な殺意を持って殺されかけた。
ノエルもリゾンに対して嫌悪感を抱いていたはずなのに、自分の気持ちに正直ではないなとため息が漏れる。
世界を二分する目的の為ならば、嫌いな相手の説得も献身的に行うという結論らしい。
「でも、無理やりに協力してもらうのも悪いから……そんなに嫌なら無理強いはしないよ。その傷がある程度塞がったら異界に返す。腕の神経も繋がったし僕は言ったことは守ったから」
その言葉を聞いたリゾンの表情は唖然としていた。
おそらく力でねじ伏せられて無理やり協力させられると考えていたのだろう。
この引きの強さは予想外だったはずだ。ノエルはわざとそうしているわけではないが、この状況で引かれたら傲慢なリゾンからすると相当に応える。
「……不愉快だ……本当に不愉快だ……貴様……私をどれほど愚弄したら気が済むのだ……! さっさと殺せばいいだろう!?」
怒りを露わにするリゾンに対して、ノエルはそれでも懸命に説得するのだろうと考え、嫌気がさした矢先、実際はそうならなかった。
ノエルは厳しい表情でリゾンを睨みつける。
「ふざけないで」
先ほどまでの声とは全く異なる冷たい声で言い放つ。
「なんなの? 腕を折れとか殺せとか……簡単に言って。そうやって死ぬのがかっこいいとでも思ってるの? そんなに死にたいなら勝手に自分で死んで」
「黙れ! 貴様のように見苦しく足掻いて何になる!? 醜態をさらし、そこまで生に執着する生き方がどれほど意味があるのだ!?」
「見苦しく醜態をさらすのが“生きる”ってことなんだよ!」
怒っていることに反し、ノエルの目は涙をこぼさぬように懸命に堪えている様だった。
「死ぬってことはもう二度と会えない……遺された方はずっと悲しいんだよ! お前のことを大切に思ってる魔王様がどれだけ悲しむのか少しは考えろ! この馬鹿!!」
リゾンは魔王のことを引き合いに出され、黙ってしまった。
死後の世界のあるとは知ったが、それでも死は永遠に互いを別つもの。ノエルが極端に殺しや死を嫌うのも自身が何度も経験したことだからだろう。
リゾンを今すぐにでも殺してやりたいと私は考えていたが、ノエルは魔王がリゾンに愛情を持っていることを知っているから殺すという選択を避けているようだった。
あるいは、リゾンを手にかけることによって異界との交渉が決裂しかねないとも考えているのかもしれない。
私はリゾンに対する殺意をやむを得なく収める。
「……もういい。早く戻ろう。みんなに無事を知らせないと」
「こいつはどうするつもりだ? 全員がリゾンを殺そうとするだろう。特に……男の魔女が生きていたら絶対に殺しにかかる」
「…………死んだことにして、少し見つからない場所で療養させてから異界に返そうか」
「あまり現実的ではないな。白魔女だけを説得して空間移動に耐えられる程度にした後に、さっさとあちらに送るというのはどうだ?」
「シャーロット……流石に協力してくれるかどうか……」
私たちが話している間、リゾンは呆気にとられたような顔をして不思議そうに私の方を見ていた。
「なんだ、言いたいことがあるなら言え」
「お前がそんなに変わるほど……その穢れた血は特別なのか?」
異界の言葉でリゾンはそう言った。
どうやらノエルにこの会話を聞かれたくないらしい。
「そうだな。契約をしているというのもあるが……私が今まで出逢ったことのない類だ」
「信じられん……あの残忍だったお前が手名付けられているなど……」
「馬鹿を言うな。私たちは対等な存在だ。客観的には主従関係かもしれないが、こいつは私に命令しないし、利用もしない」
「…………理解できないな」
「私も、自分の感情の変化に理解が追い付かない」
リゾンはゆっくりと立ち上がる。
立ち上がったリゾンに対してノエルは警戒するが、どうやら敵意はないようだった。
「おい、魔女」
「……なに」
「暫くお前の近くでお前を観察することにした。おとなしくしておいてやる」
「な……何を勝手なことを……」
「私が必要だから殺さなかったのだろう?」
「……協力はしないんでしょ?」
「私がお前を認めたら協力してやってもいい。まずは他の魔女を説得して見せろ。治療もしてもらうからな」
「偉そうに……」と小声でノエルは言うが、それ以上リゾンに対して何も言わなかった。
「何を言ったの? 随分大きく方向転換したように見えるけど……」
「私が言った言葉でどうこうという訳ではない。お前の啖呵が効いたのだろう」
ノエルは不審そうにリゾンを見つめる。
その眼差しには怯えが混じっていた。二度も恐ろしい思いをして、相当に警戒しているのだろう。
実力は双方同等。
素早さはリゾンが圧倒的にあるが、それをノエルは余りある魔術の才で五部に戦えている。
一瞬反応が遅れたら、どちらかが瞬時に死ぬだろう。
首が落ちるのは一瞬だ。
「ガーネット、ここでリゾンと待っていてほしい。先に僕が戻って説得してみるよ」
「…………できるとは思えないが?」
「……僕も、期待はしてない」
そう言ってノエルは自分の血の痕を辿って拠点へと戻って行った。
これはしばらくかかりそうだと感じた。男の魔女が死んでいたらまだ話は早いが、そう簡単には白魔女がいる限り死なないだろう。
「何を考えている?」
「…………別に。あっちの世界での生活は退屈だからな。あの魔女のお遊びを見届けてやろうと思っただけだ」
「…………」
「私を殺さないのか? お前の飼い主は今いないぞ」
「ノエルは色々考えがあってお前を生かしたのだ。私も馬鹿ではない。だが……また私たちを襲ってみろ。今度こそノエルがなんと言おうと殺すからな」
「くくく……殺す、か。あの魔女に骨抜きにされたかと思ったが、昔の名残が残っていて安心したぞ」
「やかましい。お前は信用できない。拘束させてもらうぞ」
「どうにでもしろ。…………に、しても、あの魔女を名前で呼んでいるんだな」
「……そうだな。私はあれを認めている」
リゾンは尚も笑っている。満身創痍で笑うその姿は、狂気に侵されているようにしか見えない。
元々リゾンは狂気的で、且つ猟奇的だ。何を考えているのか解らない。
「あの魔女に相当惚れているようだな。しかも、さっさと孕ませるでもなく、忠義を尽くすなど……」
「私とノエルはそのような乱れた間柄ではない。無粋な勘繰りをするな」
「おかしな奴らだ……」
ノエルは説得しに行ったきり、なかなか帰ってこなかった。
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