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第5章 理念の灯火
第142話 魔女の寿命
しおりを挟むクロエは唖然と僕の方を見つめている。
僕もクロエのことを見つめていた。こんなにまじまじとクロエの顔を見つめたことがあっただろうか。
「命がけって……どういうことだよ……殺し合うってことか?」
「そうだよ。殺すつもりできて」
「そ……そんなこと、何のためにするんだよ!? 俺を殺したいって言うのか!?」
クロエは動揺しているせいか、周りにバチバチと電気がほとばしっている。暗い中でその明かりが眩しいほどだ。
「違うよ」
「じゃあなんだってんだ!?」
「この魔女は自身の抑圧している感情を発散させたいのだ」
混乱しているクロエに対して、僕が言うよりも早くリゾンが言った。一瞬僕から目を離し、クロエはリゾンの方を見てから再び僕に視線を戻す。
何を言っているのか解らないと言った様子だ。
「詳しくは聞いていないが、その魔女は頭で理解していることと感情が矛盾しているようだ。それを戦うことで発散させたいという意味だろう」
「そう。リゾンの言う通り…………僕は自分の中の理解と感情の矛盾をずっと消化できないままだ……そこに追い打ちを次々かけられて正直今日はかなり落ち込んだよ」
僕に責められ、クロエはやはり気まずそうにして再び目を逸らす。
気まずいときには普通は目を逸らすものだ。
しかし、現実から……僕から目を逸らされては困る。
「僕から目を逸らさないで。クロエ」
目を逸らすなと言われたクロエは、何度も瞬きをしながら、なかなかまっすぐ僕の目を見てくれなかった。
痺れを切らして彼の顔を両手でしっかりと僕の方に向けさせる。
「簡単に“許す”とは言えない。僕の大切な家族を奪ったのは確かにゲルダだよ。でも、それはそれとして“俺は少しも悪くない”って言ってるクロエに腹が立つの」
「………………」
「だけど、僕はクロエの内情も多少は理解してる。なによりこの作戦にはクロエの協力が必要なの。好きだとか嫌いだとか言っている場合じゃない。それに……解読に必要なアナベルを黒焦げにして殺されて困ってる」
「それについては――――」
「話を最後まで聞いて」
何か言いたげだったが、クロエは口を噤んだ。
「だから一度、この気持ちを真剣にぶつけたい。僕が勝ったら……僕と……セージにきちんと向き合って謝ってもらう。セージがどんな死に方をしたのか、僕がどんな拷問をされていたか、全部話してあげる。それに向き合って。目を逸らさずに」
恐らく、クロエにとってこれが一番こたえる仕打ちだろう。
軽薄で、自分に向き合おうとしない彼には、色々なことから逃げてきた責任がある。
あの日の小さな男の子から、クロエは本人が思う程成長していない。
「あと、解読手伝ってもらうからね」
「あ……あぁ……」
「それから、近くの町の偵察も行ってもらうから」
「…………条件が多くないか?」
「じゃあクロエが勝ったら……そうだな……」
クロエが一番喜びそうなことを僕は想像した。
そうだ“あれ”しかない。
「一晩一緒に寝てもいいよ」
「なっ……本当か!?」
「馬鹿なことを言うな!」
僕とクロエの間にガーネットが入ってくる。
ガーネットは僕の肩を掴み、向き直させて揺さぶった。
「ガーネット、これは僕らの問題だよ」
「そうかもしれないが……殺し合うなど……! そんなこと私が許さない。なにより、片翼で魔力をいたずらに使うな。寿命が縮むと言われただろう!?」
物凄く焦っている様子のガーネットを見て、リゾンは口を手で隠して噴き出すように笑っていた。
その様子を見ていたのは僕だけだ。
「そんなにカリカリと寿命のことを心配しなくても大丈夫だよ。魔女の寿命、何年か知ってる?」
「……200年くらいか?」
「魔女は500年生きると言われてる」
自分がそこまで生きていられるかどうかは解らないが、本にはそう書いてあった。
そこまで長く生きている魔女はもういない。大体は外的要因で殺されている。
人間に魔女裁判と称されて殺され、残った魔女もゲルダに全員殺されただろう。自分の政治をする為に邪魔だからだ。
「まだ僕は22年しか生きていないし、僕は混血だ。更に寿命が長い可能性がある。残りの寿命が少し消耗するって言っても、誤差みたいなものでしょう?」
「しかし……!」
同意をしてくれないガーネットは、何か他に気にしていることがありそうだと感じる。
僕はガーネットの肩に手を置いた。
「それに、ゲルダと闘うにはゲルダのことをよく知ってるクロエに頼むのがいい。ゲルダとの戦いに失敗は許されない。いいね? クロエ」
尤もらしい理由を持ってくると、ガーネットは反論できないのか渋い表情をしている。
「……あぁ……俺は……気が乗らないが……」
「ガーネット、僕が怪我をしたら痛いと思うけど……ごめん。クロエ、この家の修繕をしてもらうよ。明日、勝っても負けてもそれはやってもらうからね」
ガーネットはそれでもまだ納得していない様子だったが、それ以上は言ってこなかった。クロエも何か言いたげだったが、有無を言わせぬ僕の言い方に何も言えないようだった。
中にいる火傷を負っているキャンゼルに肩を貸し、立たせて外に連れ出した。いつもうるさいキャンゼルが言葉を発することもできなくなっている。食道の内側が炎で焼けてしまっているのかもしれない。
外に出すとシャーロットに縋るように彼女は倒れ込んだ。
「キャンゼル……酷い火傷……」
「……せっかく休みにしようと言ったのに、ろくに休ませてあげられなくてごめん」
「いえ……いいんです。気遣ってもらえるだけで、私たちは嬉しいですから……早く平和で争いのない世界になってほしいというのが私たちの夢ですから」
――争いのない世界か……
そんなもの、あるのかなと僕は考え込んでしまう。
人間同士、魔族同士、魔女同士でも争いはある。どんな些細な違いでも諍いになってしまう。種族が違うと尚更そうだ。
僕が考えている間にアビゲイルとシャーロットが治癒魔術を施すと、キャンゼルの酷い火傷は治った。
「ノーラ……」
「クロエに何か尋問されたの?」
「…………あたしは……別に……何もしてないのに……ちょっとクロエに『ノエルに相手にされないなら、あたしが相手してあげようか』って……冗談だったのに……」
どうしようもない理由だったので、僕は「助けるんじゃなかったかな」と心の中で考える。
クロエに何か尋問されていたのかと思ったが、ただムシの居所が悪いクロエにつまらない冗談を言っただけのようだ。
「魔女の性欲の強さには感服する……」
「おい、魔女」
呼ばれて振り返ると、リゾンが悠々と立っていた。一応ガーネットが彼を繋ぐ鎖を手で持っている。
「お前、いい顔になったな。ブスなりにマシな顔になった」
「ブス……って……」
自分自身で「比較すれば整っている方」と、堂々と言うのは気が引けた。しかし返す言葉が見つからずにいると、僕よりもキャンゼルが威勢よく反論する。
「ちょっと! ノーラは全然ブスじゃないわよ! そんなこと言ったらアナベルとかあたしはどうなるのよ!」
「お前らなど度を超えたブスだ。よくそんな醜い顔で生きていく気になるな。私なら自害している」
度を越えた暴言に、キャンゼルは物凄く怒っていた。
そしてその度を超えた暴言が面白く、僕は噴き出してしまった。一度噴き出すとそのまま笑いが堪えられなくてお腹を抱えて笑ってしまう。
「ははははははは…………あまりにも……あまりにも酷いことを言う……ははははは……」
「ノーラ、笑っている場合じゃないわ! この吸血鬼、殺してもいいかしら!?」
「拘束されていようと、お前御ときに負ける私ではない」
「生意気! 魔族って本当にこんなのしかいないの!?」
ひとしきり笑い終わった後、僕は立ち上がってガーネットとリゾンの方へ歩み寄った。
「ガーネット、今日は冷たくしてごめん。ちょっと……もやもやしてて迷惑かけた」
「………………」
「早速だけどリゾン、解読手伝ってもらうから。部屋に来て。模造品を見てもらおうと思ったけど、時間が惜しい。明日死ぬかもしれないからね。体力は有り余ってるみたいだし、今からでもいいでしょ?」
「ふん、せいぜい私の足を引っ張るなよ」
僕がリゾンに階段を上がるように目配せすると、ガーネットが間に入る。
「解読作業をこいつにやらせるのか?」
「うん。手伝ってくれるって言うから」
「なに……?」
「地下にずっと閉じ込められていても退屈だからな。退屈しのぎに手伝ってやろうということだ」
「危険だ。こいつがいつお前に襲い掛かるとも分からないのだぞ」
「なら、ガーネットが見張っていてくれる?」
「監視がいるなら解読はしない。お前と2人きりでなら……協力してやるが……?」
明らかに含みのある言い方で、リゾンは舌で唇を艶めかしく濡らした。
「……そう。僕は別にいいけど……襲いかかってきたらまた腕がなくなることになるよ?」
「ノエル、こいつの口車に乗せられるな。いくら手枷などをつけているとはいえ……」
「くどいぞガーネット。この魔女は私に対して協力を仰いでいるのだ。お前はお呼びではない」
「そういう言い方はよくない。全員に協力してもらってる。ガーネットには一番協力してもらってるんだから。ガーネットも心配しないで。手枷もつけているし、大丈夫だよ」
「…………」
「危険があったら、すぐに私に知らせろ。いいな?」
「うん」
僕は不安そうにしているガーネットたちを置いて、リゾンと共に解読部屋へと向かった。
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