罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第162話 最古の魔術式に関する本

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 少し扉を開こうとすると、簡単に開いた。鍵を閉めている訳ではないらしい。

「開けるよ?」

 ギィイイイ……

 扉の軋む音がして、僕は警戒しながらもリゾンの部屋をゆっくりと開けた。
 暗い部屋の中に、あの美しい銀色の髪が目に入る。彼はベッドで眠っているようだった。
 部屋は以前入ったときのままだ。腕に短剣を刺していたときのリゾンのおびただしい血はそのままになっている。乾いているとはいえ、血の匂いが部屋からする。
 それ以上に気になったのは部屋は滅茶苦茶に荒れていたことだ。
 魔術を何度も使ったような跡がある。それとは別に、いくつもの本が散らばっていた。

「なんだこれは……」
「……疲れているようだし、そっとしておこうか」

 ギィイイイ……カチャン……

 ゆっくりとリゾンの部屋の扉を閉めた。

「多分、ガーネットに負けたことが相当応えているんだろうね。魔術の練習でもしてたんじゃないかな。本読んで勉強したりしてたのかも」

 魔女にも、ガーネットにも負けるわけがないと過信していたリゾンと随分異なる様子だ。
 それがいいことなのか、悪いことなのかは判断できない。

「あの自信過剰なリゾンがそんなことをするように思えないが……誰かと争ったのではないか?」
「本に損傷がなかったから、多分争ったわけじゃないよ」

 僕らが話をしているさなか、閉めた扉が勢いよく開いた。
 突然背後から音が聞こえて僕は驚いて軽く飛び上がってしまう。

「私の部屋の前でうるさいぞ」

 少し寝癖のついた髪のリゾンが僕とガーネットに文句を言う。彼は半裸で、上半身は細身の白い身体が露わになっている。

「ご……ごめん。起こしちゃったね」
「何の用だ。貴様ら揃ってお出ましとは」
「実は……リゾンにお願いがあ――――」

「(何……うるさい……)」

 部屋の奥から女性の声が聞こえた。僕は話していた言葉が途中で凍り付き、途絶えてしまう。この感覚を僕はよく知っている。ご主人様のことが頭の中で何度もちらつく。
 奥から顔を出したのは美しい女吸血鬼のエルベラだった。かろうじて局部を隠している程度の布しか纏っていないエルベラの姿を見た僕は、とっさに目を逸らした。

 ――なんでリゾンの部屋からエルベラが……

「(貴様……用済み……帰れ)」

 リゾンが追い返すようなことを言うと、エルベラは一度中に戻り自分の服を着て、僕とガーネットに目もくれず帰って行った。
 彼女の白い肌には無数の傷がついているのが見えた。深い傷も中にはあったが、エルベラは平気な素振りで歩いて姿を消す。

「………………」
「どうした? 何か問題でもあったか?」

 リゾンはいつものニヤニヤとした表情で唖然としている僕の方を見ている。ガーネットは僕よりも状況を冷静にとらえ、受け入れている様子だった。

 ――魔族は……こういうのが普通なのか……?

「えっと……なんだっけ……あはは……」

 何を言おうとしたのか、衝撃を受けたことで忘れてしまった。笑って誤魔化してみるが、到底誤魔化し切れていない。

「ノエル、何を動揺している。魔族というのはこういうものだ」
「ごめん、なんか……色々考えちゃって」
「色々とは? 私とあの女の性行為を創造して発情でもしたのか?」

 リゾンは面白そうに笑う。
 それは容易に想像できた。あのエルベラの傷を見れば、どのようにリゾンが“それ”に及んでいたのか。

「……別に、リゾンの嗜好に対して文句はないよ」

 ――傷はあったけど……切り落としたりはしてないみたいだったし……

「次はお前が私の相手をするか?」
「しないよ」

 リゾンが僕とガーネットを挑発するが、ガーネットの落ち着きようを見てリゾンは怪訝そうな顔をする。

「……なんだ? ……私があの女を蹂躙している間にお前たちもか?」
「違うよ。もう、生々しい話はやめて」
「まぁいい。それで? 私に頼み事とはなんだ?」

 そのやけにすっきりとした態度に、色々と複雑な気持ちになりながらも機嫌が悪そうでないことに僕は安堵する。

「実は……今、ここの図書館で魔術式について解読しているんだけど、なかなか思うように進まなくて……リゾンが力を貸してくれたら物凄く助かるんだけど、どうかな」
「またあれか……本当に熱心だな」
「僕とガーネットだけだと中々進まないんだ。どうしてもリゾンの力がいる」
「……面倒だ。断る」
「リゾン、お願い……」

 僕が必死に頭を下げると、リゾンは尚更面倒くさそうにため息をつく。無言で部屋の中に戻って行ってしまった。

「駄目か……仕方ないよね」

 残念だが、無理に協力してもらうわけにもいかない。渋々リゾンの部屋に背を向けた。

「待て。これを図書室へ戻しておけ」

 何冊かリゾンは分厚い本を渡してきた。
 部屋の中に散らばっていた本だろう。本にはまだついてそう経っていない血液らしいものが点々とついている。

「……僕は召使じゃないんだけど」
「丁度それは最古の魔術式に関する本だ。手伝いはしないが、参考になるだろう」
「そう……でも、なんでこんな本を?」
「……そんなことどうでもいいだろう。目障りだ。さっさと行け」
「向こうに帰る日、少し遅くなるかもしれない」

 僕の最後の言葉を最後まで聞かないうちに、リゾンはバタンと扉を閉めて僕らを締め出した。

「…………」

 重い、血の付いた本を僕が持っていると、ガーネットが一冊手に取り、目を通し始めた。

「文句はあるだろうが、やるしかないな」
「そうだね……」

 それよりも、僕はエルベラとガーネットの関係について思考を巡らせていた。
 ガーネットは、平気なのだろうか。あれだけ熱烈に迫られた相手が、別の男に下るというのは面白くはないのではないだろうか。
 ガーネットはまったく気にしている様子はないため、僕はそこには触れなかった。

 ――ガーネットが良いならいいけど……

「気にしているようだが、エルベラのことは全く気にしていない。魔族はこれが普通だ」
「……そう」
「私が気にかけているのは……弟が亡き今、お前だけだ」

 そう言われ、僕は返す言葉を失った。
 僕は同じように彼に言うことができない。ご主人様のことをずっと気にかけながらここまできている。片時も忘れた時はない。

「うん……」

 そうして僕らは再び図書室へと向かった。


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