罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第163話 助け

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 それから僕は必死に解読作業に移った。
 わき目もふらずとはまさにこのことだ。
 時間を忘れて作業を行った。時折時間を忘れて簿鬱陶しすぎていることを知らせるように、小鬼が食事を運んでくる。
 小鬼が食事を運んでくる回数を数えることを辞めた頃、あまりに僕が時間をかけているのを気にかけてくれたのか、リゾンも時折顔を見せて共に解読作業を行てくれた。
 ガーネットは身体を動かすよりもずっと疲弊するのか、頻繁に仮眠をとっている様だった。
 僕が机の上でそのまま眠ってしまったときは、いつの間にか布が肩からかけられていることもあった。おそらく小鬼かガーネットがかけてくれたのだろう。

 そして……何時間経ったのか、何日経ったのか、全くわからない中ついに“それ”は解読される。

「できた……! はぁ……」

 その言葉と共にガーネットも力なくため息をついた。

「やっと解読できた。これであとは魔族の力を借りて世界を作るだけだ……」
「少し休め……目の下の隈が酷いことになっているぞ」
「あぁ……」

 最後の術式の解説をカリカリと書き留め、僕はそのまま椅子で力尽きた。

 次に僕が目を覚ました時、僕はベッドに横になっていた。横になった覚えはなかったが、恐らくガーネットが寝かせてくれたのだろう。
 どれほど眠っていたか定かではないが、僕はまだ冴えない頭でぼんやりと周りを見渡した。
 すると、隣のベッドでガーネットも眠っている様だった。彼がこうして横になって眠っているガーネットは初めて見たかもしれない。
 彼はあちらではいつも座って眠っている様だったので、横になっている姿はなんだか見慣れないと感じる。
 本当に彼は疲れていたのか、僕が身体を起こしても起きる様子がない。

「………………」

 僕はゆっくりと起き上がるとお風呂に入りたいと思った。
 汚れるようなことをしたわけではないが、なんだか暫く水を浴びることもしていない。異界は暑いので、表皮が汗で少しベタベタする。

 ――ここからお風呂までそう遠くないし、入ってこようかな

 そう考えていた際に、ガーネットがはっきりしない物言いで何か言ったのが聞こえた。

「?」

 寝言かな? と思ってガーネットの方に近づくと、彼は寝返りをうった。すると彼の首筋が見える。
 そこには以前に見た時よりも大きな羽が生えていた。遠目で見て確認していたよりももっと状態は進行しているようだった。僕の翼の羽のような羽が首の中心から左右に生えている。
 それを見た僕は自分の鋭くなってきた八重歯を触って確認すると、ガーネット同様に進行してることに気づく。

「……ノエル?」

 僕はハッとして口元から指を離した。

「なんだ、起きたのなら私を起こせ……」
「疲れている様だったから」

 ガーネットが身体を起こすと、彼の首元は彼の髪で隠された。

 ――これはさすがに黙っているわけにもいかない

「ガーネット、首のところの羽……僕の爪や牙が大分進行してる」

 ガーネットが自分の首に触れると、明らかに顔をしかめた。
 彼自身も気づかない内に進行していたのだろう。何度も振れて確かめている。

「これ以上進行する前に契約を破棄する魔術式を――――」
「駄目だ」

 彼の声はいつもの怒っているような声ではなく、冷静な声だった。

「戦いが終わるまで、破棄する気はない」
「……でも、僕が考えていたよりも進行が早い。契約した魔女の末路は最終的には自我を失ってしまうらしい。見た目の同化がどの段階なのか解らないけど……契約している魔族も同様、廃人のようになってしまう」
「お前にその兆候があるのか?」
「いや……ゲルダと対峙したとき以外、今のところ自我に特に乱れはないけど……」

 しかし、あれは契約をする前にもあったことだ。ガーネットとの契約が特別影響を与えているとも考えづらい。

「ならば、しばらくこのままにしろ。あの魔女の女王と闘う際に、負傷してもすぐに動けるようにできる方が有利になる。お前と女王が互角だと思っているなら、少しでも助力があったほうがいいだろう」
「………………」

 僕は渋い顔をする。
 ガーネットのいう事も尤もだ。しかし、手遅れになってしまってからでは遅い。まだ進行の程度が浅いうちに処置をするのが医療の基本だ。
 あまりに進行してしまうと、仮に治ったとしても後遺症が残ってしまうかもしれない。

「あと少しの話だろう? もう1つの世界を作り、魔女の女王を撃ち滅ぼした後でもいい。それとも、私がいたら足手まといか?」
「…………ガーネット……足手まといだなんて思ったこと、1回もないよ」
「お前に全て背負わせたくない。何もかも、重大な決断を1人で抱え込むな」

 優しいガーネットの言葉に、僕はそれ以上反論することができなかった。
 ずっと独りだった僕に寄り添ってくれる彼の言葉に、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

「……ありがとう」

 彼に礼を言うと、安堵している様だった。
 彼にとっては未だ、契約の破棄というものは絆が切れることだと強く感じ、不安を持っているのかもしれないと感じる。

「じゃあ、この解読結果を持って向こうに帰ろうか。リゾンのところへ行こう」
「もうリゾンはもう連れていく必要がないのではないか?」
「んー……本人次第かな。確かにリゾンは十分手伝ってくれたし、あとは魔力を貸してくれるだけでいいんだけど……」

 異界に来た当初はまだ魔族と共にゲルダと闘うつもりだった。
 だから強いリゾンに強く協力してほしいと願っていたが、リゾンと共に過ごし、彼を知るにつれてやはりこの戦いにリゾンを巻き込むのは気が引けると感じた。

 ――僕がなんとかする……ゲルダを倒すのは僕にしかできないことだ……

 休んでいた部屋を出てリゾンの部屋の前にたどり着き、僕は扉を叩く。

「リゾン、帰ろうと思うんだけど。いる?」

 少し間が空いて、扉が開く。
 銀色の長い髪を一つにまとめているリゾンが開いた扉から顔を出した。

「帰るんだけど、リゾンはこっちにいるでしょ? 体力の状態から空間移動の負荷に耐える為に向こうに少し置いていたけど……それ以外の理由もないしね」
「…………解読はできたのか?」
「うん。なんとかね」

 やっと解読ができたという僕の言葉に、リゾンも心なしか達成感を感じさせる表情をしていた。腕を組み、壁に寄りかかる。

「そうか。では魔族の助力が必要なときが近いという訳だな」
「そうだね。そのときにまたこっちに来て魔王様に召集してもらう予定なんだけど……」
「それでは効率が悪いだろう。頭を使え」
「頭を使えって……でも、異界の扉を開くためにはこっちに来ないといけないし……」
「頭の足らない魔女だな、お前は」
「じゃあ御高名なリゾンの意見を聞かせてくれない?」

 リゾンはニヤニヤと相変わらずの表情で、得意げに話し始める。

「空間移動の魔術なら私がやればいい。魔族への通達も私がする。お前の羽の魔術通信で私に伝達すればいいだろう」

 あまりに意外な返事に、僕は何かの冗談かと思って言葉が出てこない。僕をからかっているのだろうか。

「もしかして、からかってる?」
「は?」

 笑っていたリゾンの表情が曇る。どうやらその態度から、真面目に言っていたらしいということが解る。

「本当にリゾンがしてくれるの? なんで? 魔族の先行きなんて全く気にしてなかったじゃない」
「あぁ……そうだな……だが、私も馬鹿ではない。魔族の先行きなどどうでもいいが、私が次期王になったときに支配する者たち、私の下で働く者たちがいなくなったら私が困るだろう?」

 その動機が本当なのか、あるいは照れ隠しの表現だったのか、それとも別の意図があるのか解らなかったが、本当にそうしてくれるなら物凄く助かる。

「リゾン……ありがとう。物凄く助かるよ」

 素直に礼を言うと、リゾンはいつものニヤニヤした表情とは異なり、普通の笑みを浮かべたように見えた。

「解ったらさっさと行け。その前に一枚お前の羽を毟らせろ」
「毟るって……自分でとるからいいよ」

 僕は翼を解放し、自分の翼から一枚羽を取りリゾンへと渡す。ガーネットは黙ってその様子を静観していた。

「それにしても、いつ世界を繋ぐ魔術式を覚えたの?」
「お前とは頭の作りが違う。そんなものは見ればわかる。侮るな」

 その後追い払われるように、僕たちはリゾンの部屋の前から退散した。
 リゾンの変化の様子にガーネットも理解が及ばないようで怪訝そうな表情をしている。

「何があったらあんなに変わるのだ……気でもふれたのではないか? それともあれは偽物だったのではないか?」
「あははは、それは言い過ぎじゃない? 解読とか手伝ってくれていた辺りから、なんだか少し変わってきていたと思うけどな」

 空間移動の魔術を、見たら解るというのは嘘だ。
 部屋に散乱していた本はおそらく、僕らと別行動をとっていた時に勉強したのだろう。努力しているところは見せない主義のようだ。

 ――でも、本当に何があったんだろう……

 いくら考えても、リゾンに何があったのかは僕らには解らなかった。


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