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第6章 収束する終焉
第165話 見知らぬ魔女
しおりを挟む【ノエル 現在】
僕は異界を発つ時には、持って行った小さな鞄はパンパンになって2倍近くまで膨張していた。
その中身は全部紙だ。魔術式などがぎっしりと書いてある相当数の紙は、僕の肩に物凄く重くのしかかってくる。
内容的にも、昔からの魔術の歴史を脈々と受け継いでいる大変重いものであるのも、僕の気持ちをさらに重くしているのかもしれない。
異界の扉の負荷を受けながら、僕は自分の世界に戻ってきた。やはりこれにそう簡単に慣れることはなさそうだと感じる。
目の前に広がる世界には熱気で圧倒されることもない。眩しい日差しに今までの暗所との変化に思わず目を細める。
「ふぅ……」
拠点の前に出た僕は、振り返って魔術式を一度閉じた。
しかし、移動してみると魔術を通じて魔王城の前と繋がっているのだから驚きだ。身体の負荷は勿論あるが、ものの数分もかからず魔王城に移動できる。
セージの作り出した空間移動の魔術は画期的だ。
「ただいまー」
僕が家の扉を開けると、一階の食事を囲む為の場所にすぐさま視線を奪われる。
そこには知らない人物が座っていた。
短めのボサボサの茶色い髪をそのままにして、小柄な身体は最低限の服しか着ていない。脚を組んで退屈そうにどこかを見ていた。
扉の空いた気配でその人物はこちらを向く。
僕は唖然としてしまったが、ガーネットはすぐさま臨戦態勢に入る。
「あら、やっと帰ってきたの」
やけに親し気に話しかけてくるその魔女は、見た目こそは違えどもその話し方と右手に持っている棒付き飴で誰なのか理解した。
「アナベル?」
「そうそう。良く解ったわね」
「クロエに殺されたんじゃ……?」
表皮が完全に炭化するほど黒焦げになっていた。とても生きているとは考えられなかったが、思っていたよりもずっと彼女はめちゃくちゃな存在らしい。
「あたしは核を砕かれない限り死なないのよ。外側は全部替えなきゃいけなくなっちゃったけどね。にしても危なかったわ。外側は外見が解らなくなるくらい真っ黒になっちゃったから。動くと砕けちゃうし、一回は魔女以外の身体に移ったのよね。まぁ、ネズミの身体もそう悪くはなかったけどね」
「それで……その身体は?」
「適当な町の魔女の墓場から、死んで間もない身体を調達してきたのよ。死んでる身体なら問題ないでしょ?」
僕とガーネットは不快感をあらわにした。やはりアナベルは手ごわい。何度アナベルは死んだだろうと思わされただろうか。
ずっと地下に引きこもっていたと言っていたが、確かにその判断は正しかった。腐りかけの死体が白昼堂々と動き回っているなんて不気味な話をされたら、恐怖で顔が引きつる者が何人いるだろうか。
しかし、その不気味さは置いておいて、なかなか死なない様子はゲルダと重なるものがある。
「もしかしてゲルダもアナベルと同じ魔術を?」
「んー、近いのかもね。あれは魔術っていうよりは、本能みたいなものかしら。無意識に翼を核にしてるのかも。いや、逆かもね。翼がゲルダ様を核にしてるのかもしれない」
「……それはゾッとする話だな」
「ところで、あの世界を作る魔術式の解読ができたって聞いたけど?」
アナベルは興味津々に僕の鞄に視線を送った。
「あぁ……できた。生きていたならちょうどいい。もうほとんど準備ができた」
話している最中にシャーロットやアビゲイル、キャンゼルが降りてきて再会を果たした。丁度クロエ以外の全員が集まったところで僕が解読した紙を広げて見せる。
見せながら、僕は丁寧にひとつひとつ説明していった。
「帰ってきて早々、熱心ね」
「当然だ。早くもう一つ世界を作って、ゲルダを倒して、全てを終わりにしたいんだ」
「終わりね……クロエの報告を聞いたけど、本当に魔女は終わるかもしれないわよ?」
「……どういうこと?」
アナベルが飴を舌で舐りながら、興味なさそうにしているのに反してシャーロットやアビゲイル、キャンゼルは言いにくそうな表情だった。
「ノエル……言いづらいのですが……」
「なに?」
「実は……各地の魔女は制御不能になったゲルダを打倒するべく、最高位魔女会(サバト)の生き残りのエマが指揮をとって動いているらしいのです」
「エマ? ……って、誰だっけ」
名前を言われてもさっぱり僕は思い出せなかった。
「あのゲルダのいる街で私と再会したときに対峙していた、花飾りを頭につけている魔女です」
「あー……植物を操るあの地味な魔女?」
「あははっ、地味な魔女ね? そうよ。エマは全然冴えない見た目の魔女。あんたの想像通り」
――地味なくせにやたらハキハキ話すあの魔女か……
にしても、生き残っていたのかと僕は口元に手を当てる。僕が部屋で仕留めた魔女の中にはいなかったらしい。
「それで? 動いているっていうのは……具体的にどうするっていうこと?」
「各地に散らばっていた魔女を一か所に集めています。その魔女たちでゲルダを総攻撃で倒すらしいです。まだ魔女が集まり切っていないらしく、攻撃は開始されていませんが……間近におこることだと思います」
「それはマズイな……なんとか止めないと」
「止めなくても大丈夫よ。勝てやしないわ。あ、それから、ゲルダ様の近況報告もあるわよ」
アナベルだけが飄々としていた。
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