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第6章 収束する終焉
第166話 狂乱
しおりを挟むアナベルが魔術式を展開すると、縦横がどうなっているのか解らない映像が映る。全体的に血が飛び散っているのか画面全体が赤い。そこかしこで死体が転がっている。
その映像には崩壊している城の中で、崩れかけている奥へと続く廊下の様子が映し出されていた。暗くて奥はよく見えない。良く見えないが、何人もの死体が重なっていることだけは解る。あまりに凄惨な映像だ。
「映像自体は横になってるけど、ここは城の結構内部ね」
「なに……? これ……どうなってるの?」
「この視点は死体の視点よ。死体の眼球から入る光を――――」
アナベルが意気揚々と説明している最中、暗い奥で何かが蠢いたのが一瞬映った。
「今、何か映ったけど……見えた?」
「いえ……何か映りましたか?」
「………………」
僕は注意深く映像を見ていたら、ついにその悍ましい姿がはっきりと映る。
あまりの姿に、シャーロットはアビゲイルの目を塞いだ。シャーロット自身も見ていられないのか目を背けた。
「ここまでとは……想像してなかった……」
ゲルダらしいものが映っていることは理解しているが、元々の姿から想像できる容姿ではなかった。
腕の数がおかしい。何本も身体から生えている。
身体の大きさがおかしい。明らかに膨張してしまっている。
身体の形がおかしい。人間の胴体とはかけ離れて、蝶の幼虫のようになってしまっている。
色がおかしい。肌色が見えない。全身血まみれなのか、真っ赤になってしまっている。
手に持っているものがおかしい。魔女の死体をいくつもいくつも持っている。
皮膚の様子がおかしい。内臓がそのまま外側に出てしまっている。
背中の付け根がおかしい。三枚の翼から背中や身体にかけて、まるで大樹の根が地上に出ているかのようにボコボコとした皮膚がむき出しになっている。
――アナベルに実験にされていたアビゲイルの姿にも似ているけど……
何よりもおかしいのは、長い髪を振り乱しながら一心不乱にその死体を食べていることだ。
「…………」
そんな見た目の状態に反して、僕の翼は綺麗な状態が保たれていた。返り血で白い羽が赤く染まり、酸化し、茶色になっている部分も多くあるが比較的白い部分が保たれている。
よく見ると、そこかしこに赤黒い羽が落ちていることに気が付いた。
「翼が生え変わってる……?」
「そうみたいね」
パッと映像を切った後、そこにいたアナベルが言葉を発せられない程に愕然としていた。
「死体を食べ続けてエネルギーを補給してるから、まだかろうじて保てているものの、食べるものがなくなったら今度は城から出て人間や、動物、他の全てを喰らいつくす勢いだわ」
なにがかろうじて保てているのだろうか。
何一つ保たれているものなんてない。本当にもう取り返しのつかない化け物になってしまっていた。
「エネルギーが補給できなくなったらどうなるの……?」
「さぁ……? でも、このままだとこの世の全てを喰らいつくすことになりそう」
「……逆に考えれば、エネルギーを枯渇させるっていう倒し方もありなのかな」
「それは無理だと思うわ。そもそも動きを止められないもの。肉が裂けようと杭を逃れ、表面が焦げようと内側から新しい肉が再生し、凍らせようとも凍らせるよりも物凄い熱量ですぐに溶けてしまう。一体どうしたら動きを封じられるのか解らないわ」
どうやらアナベルはずっとゲルダの様子を観察していたらしい。
どう対策をとったらいいか思考を巡らせるが、なにせ規格外の存在にどう戦略を練ったらいいか解らない。
「麻痺させるのはどうかな? 筋肉というか……部位を動かすために送っている電気信号が途切れたら動けなくなるのでは?」
「どうかしら? 急速に崩壊と再生を繰り返しているし、一部を麻痺させたとしてもすぐに崩壊して再生したら意味がないんじゃない?」
力は互角と考えていたが、そういった次元ではないようだ。
「あたしの仮説では、やっぱり翼ね。以前よりも圧倒的に翼が大きくなってる。翼に膨大なエネルギーを溜めてるのよ。あんたの翼を移植した後からずっとずっとエネルギーを溜めているとしたら、それを切れるのを待つなんて無謀よ」
先ほどの映像が脳裏に焼き付いて離れない。
――本当に僕はあれに勝てるのか?
「クロエは?」
「偵察に行ってるわ。エマを説得しようとしてるみたいね」
「そう……」
僕は深刻に息を吐き出した。
◆◆◆
もう日は落ちて暗くなり始めていた。
僕は食事がろくに喉を通らず、いつまでも取ってきた鹿の肉や果実をゆっくり食べていた。味が良く解らなくなるほど噛み、ゆっくりと飲み込む。
ガーネットが心配そうにずっと僕の側にいてくれた。
本当に辛かったのは、僕の半翼のせいであぁなってしまったことだ。いくら憎い両親やセージの仇とはいえ、あんなに筆舌に尽くしがたい凄惨な姿になってしまったゲルダに同情しないわけでもない。
「僕のせいなのかな……」
ぽつりと僕がつぶやくと、ガーネットは不安そうな表情で返事を返してくる。
「なにがだ?」
「僕の翼のせいで……何人も死んでると思うと、やっぱり……生まれてきたこと自体が間違いだったんじゃないかって思って……」
「馬鹿を言うな。お前が悪いのではなく、悪用したあの魔女が悪いんだ」
「…………でも……」
「いいか。よく聞け」
ガーネットは改めて僕に向き直り、顔を見て話しだす。
「お前は……確かに魔女や魔族、人間にとっての転機になっただろう。しかし、それは悪い意味ばかりではない。今までの血塗られた闘いの歴史に終止符を打てる」
「でも、沢山犠牲者を出しちゃった……特に魔女は殺しすぎたと思う……」
「致し方ない理由があった。お前は一度だって先に相手を殺そうとすることはなかっただろう?」
何度も何度も魔術を使って、魔女を殺してきた。
人数も、顔も、名前も解らない魔女たちだ。その魔女たちにも家族や大切な人がいたと考えると、やはり他の道はなかったのだろうかと考えてしまう。
「お前は……両翼が揃っていたら世界を滅ぼせるほどの力があるはずだったと言った。しかし、お前は世界を滅ぼすのではなく、世界を創造する方に力を使おうとしている。そうだろう?」
「……よく、そんな話覚えているね」
「当然だ。その後の話も憶えている。私はこう言った。『お前は力の正しい使い方を知っているのに、なぜそうしようとしない?』と。お前は自分の正しい力の使い道を選んだ。今は生きる目的もはっきりある。出逢った頃の迷っているお前より、ずっと成長した。それはお前だけではない。私もだ」
思えば、出会った頃の僕らはお互いに欠陥だらけで、契約をしていなかったらただ殺し合うだけの間柄だった。
それが今ではガーネットは“好き”という感情を解ってくれて、その感情を僕に向けてくれている。
僕もご主人様のことばかりに目が行っていたけれど、徐々に他に目を向ける機会を与えてくれた。
「……世界にお前が受け入れられなくても、お前が受け入れてほしい者に受け入れられるのでは駄目なのか?」
受け容れられることに慣れていない僕は、ガーネットのその言葉で目頭が熱くなってきた。
誰からも受け入れられていなかった僕に対して、今では何人もの魔女や魔族、そしてご主人様も魔女と魔族の混血の僕を受け入れてくれた。
ずっと慌ただしくしていた僕は今の暖かい状況を再確認すると、僕はずっと求めていた“居場所”ができていたと感じた。
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