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第6章 収束する終焉
第168話 死ぬことになったとしても構わない
しおりを挟む【ノエルの主 現在】
俺が新しい情報を得る手段は、時折やってくる医者の話を聞くことくらいだ。
その話に不穏な様子が混じり始めたのは最近のこと。
「他の街の人間が慌てて逃げてきてね……酷く怯えていて中々話ができなかったんだが……最近ようやく口を開くようになったんだ」
「他の町から人間?」
医者は紙袋から食料を机の上に並べながらボソボソと話している。
「3人が逃げてきたんだけど、1人はひどい怪我のせいですぐに絶命した。もう1人は末期の癌で、こちらは今昏睡状態。残りの1人はまだ怪我が軽度で、徐々に回復しているんだが……精神的な傷が酷いようであまり話が出来ない状態なんだ」
「ひでぇな……どこから来たって言ってんだ?」
「魔女の女王の支配する街から来たらしい」
「女王のいる街から……?」
俺は眉間にシワを寄せながら、医者の話を聞いていた。寄りにもよって女王がいる街からきたとあっては真剣に聞かざるを得ない。
「魔女の女王は……どうやら正気を失ってしまったらしい。街が崩壊するほど暴れ、女王以外の魔女も巻き添えになって死んだとか……それで命辛々逃げ出してきたらしい」
何が起きているのか、話の筋を聞いていても全く解らなかった。
その話を聞いていた白い龍は丸くなって机の上にいたが、首を擡げて興奮したように医者に質問をする。
「ノエルは? ノエルの話は無いの?」
「ノエルちゃんの話は聞いてないな」
「そっかぁ…………はぁ……」
あいつの話がないとなると、白い龍は明らかにがっかりしたようにうなだれた。再び身体を丸めて眠りにつく体勢をとる。
「ノエルは大丈夫なのかな……全然連絡ないし……」
「でも、ノエルちゃんの羽から魔力を感じるんだろう?」
「うん……本当に微弱な魔力だけど。生きてるってことだけは解るんだけどな……でもノエルに会いたい! 遊んでほしい!!」
再び龍はバタバタとその場で暴れ始めた。
――また始まった……うるさくて仕方ねぇ……
発作のようにあいつに会いたいと毎日毎日駄々をこねている。そのくせ絶対にあいつのところへは案内しない。
「うるせぇな。毎日毎日あいつに会いたいって暴れやがって……」
「だって心配だよ……ノエルは魔女の女王と戦うんだよ? いくらノエルが強くても、心配だよ」
「…………その魔女の女王の街から逃げてきたって話だが、そこはここからどのくらいの距離のところにあるんだ?」
「あぁ……そうだな……馬で走れば2日か3日程度の場所だ」
「正確な場所は解るのか?」
俺の質問に、不穏な空気を感じたのか医者は途中で口を閉ざした。呆れたような顔で俺の方を見てくる。
「まさかとは思うが、行くなどと言い始めるわけではないだろうな?」
「何言ってんだ。行くに決まってんだろ?」
「駄目だよ! 危ないよ! ノエルが帰ってくるまで待っていよう? ね?」
医者も、白い龍も俺が行くことに反対する姿勢をとったが、俺はもう心の中で気持ちは決まっていた。
必ず会いに行く。
必ずあいつを連れ戻す。
絶対に。
あいつがいなくなってから、俺は毎日後悔に急き立てられる毎日だった。会いたいという気持ちに抑えが効かない。
毎日共にいるときは当たり前になっていた日々が、今は物凄く遠く感じる。
「俺は行く。止めても無駄だ。絶対に行く」
「また君は滅茶苦茶なことを……女王の街に行ったとしてもノエルちゃんに会えるかどうかも解らないんだよ? それに、戦うっていうことすら確定的なことではないんじゃないか?」
「ノエルは必ず戦うよ。ぼくにはわかる。ノエルはやるって言ったことを途中で放り出すようなダメダメなやつじゃない!」
――やると言ったらやる……か……
なら、あいつは別れを告げた俺の元へ戻ってこないんじゃないか。
事が急だったとはいえ、それでもあいつが自分で決めたことだ。俺から離れると決めて離れたあいつは戻ってこないような気がした。
今でも未練があって俺に対して色々手を回しているが、それでももう二度と俺の前に現れることはないんじゃないかと感じていた。
そう考えると俺は少しの間、物思いにふける。
だが、あいつが俺に会いに来ないなら、俺から会いに行くまでだ。
「俺は、あいつをそう簡単に諦められねぇ。あいつが何だって関係ない。連れ戻して監禁してでも側に置く」
「…………ノエルちゃんは君に危険な思いをしてほしくないと思うが?」
「あいつは常に危険なことしてんだろ? だったら俺もずっとこんなとこで待ってられねぇ」
医者は「はぁ……」とため息を吐いた。
白い龍はずっとあいつに会えてないからか、あいつの言いつけを守る気力も随分薄れてきているようだった。
「女王のいた街に俺は行く。お前もついてこい」
「……ノエル、怒らないかな?」
「大丈夫だ。怒ったとしても、俺が庇ってやる」
「………………」
白い龍は首を下に下げ、考え事をしている様子を見せた。そして首を持ち上げて俺の方を赤く丸い瞳で見つめる。
「わかった……」
白い龍はついに折れた。
――どんなに危険でも、お前に会えないまま年取って死ぬなんて人生はごめんだ……
あの赤い髪に触れられるのなら、
あの赤い瞳に見つめられるのなら、
あの柔らかな身体を抱きしめられるのなら、
死ぬことになったとしても構わない。
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