罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第169話 恐怖の伝染

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【ノエル 現在】

 僕は砂山の陰に隠れながら少し遠巻きでエマたちを観察していた。
 エマ率いる魔女の軍勢は思っていたよりも数が多かった。見たところ数百人はいる。確かに幼い子供もいれば、結構な高齢に見える魔女もいる。
 僕らは彼女たちの進行方向の正面に隠れている。高くなっている砂の陰であちらからはこちらは見えないだろう。距離としては1キロ程度だろうか。僕が光の屈折を利用した魔術で様子を見ていると、キャンゼルが隣で震えているのが視界に入る。
 腐った馬の得体のしれない粘液が跨っていた脚の部分についているのも気にせず、震えている。

「キャンゼル、大丈夫だよ」

 不ぞろいな髪が小刻みに震えている彼女の肩をポンと叩いた。

「ノーラ……」
「もう、さっさと済ませて帰りましょうよ」

 アナベルは得に緊張する様子もなくめんどくさそうにしている。

「早く死体出してよ」
「…………」

 キャンゼルは息を整え、魔術を展開する。
 そこには何とも言えない、死体とも呼べないグチャグチャの肉の塊のようなナニカが現れた。
 腕になりそこなった部位が行くつかそのナニカからでている。

「……は? なにこれ?」

 アナベルはその得体のしれないナニカに触れてみる。表面の粘液のようなものがアナベルの指についた。
 ニチャー……っと糸を引いている。

「こんなの死体じゃないわ。精肉された後の腐った肉よ。動かしようがないじゃない。脚がないんじゃ歩けないでしょ?」
「だって……昼間見たゲルダの姿が焼き付いちゃって……」
「あんたが創造すんのはゲルダ様じゃなくて、ゲルダ様の周りに散乱してた死体の方よ」

 アナベルに叱責されキャンゼルは何度か死体を創造するが、なかなかうまくいかない。その度に小さなゲルダの断片のようなものが出来上がる。

「ちょっと……真面目にやんなさいよ」
「やってるよ!」
「小競り合いしてる場合じゃないよ……集中して」

 エマ率いる魔女たちはそうこうしている間にあと500メートル程度まで間合いを詰めてきていた。時間がそう残されている訳でもない。

「あんた、これをよく見なさい」

 アナベルは城にいるどこかの死体から見える映像を映し出した。そこにはもう原型がとどまっておらず、ただの肉片が転がるばかりの風景が映った。

「きゃっ……」

 その凄惨な映像を見てキャンゼルは短い悲鳴をあげた。

「間違えたわ。えーと……あぁ、これなんかどうかしら」

 アナベルは映像を切り替えてキャンゼルに無理やり見せる。相変わらず凄惨な映像しか映っていない。内臓が飛び出ている死体や、もはや内臓すらない死体の映像だ。

「うっ……おぇえぇ……」

 あまりにえげつない死体の映像ばかりをアナベルが見せる為に、キャンゼルは吐きそうな様子で嗚咽した。

「あんた、汚いわね……しっかりしてよ。もう間近まで来てるんだから」

 アナベルが言うと、何を持って“汚い”と言っているのかが解らない。腐りかけの肉は彼女にとって汚くはないのだろうか。

「はぁ……はぁ……もうその映像はいいわ。やるから……」

 自分の口元を袖で乱暴に拭いたキャンゼルは、魔術に集中し始めた。
 すると、さきほど散々見せられていた死体を忠実に再現する。
 しかしその数は5体だけだった。

「足りないわよ。もっと出しなさい」
「今はこれが限界よ……」
「はぁ? これだけの死体でどうしろって言うのよ」

 苛立っているアナベルに対して、僕は改めて声をかける。

「これでいくしかない」
「本気で言ってるの?」
「本気だよ」
「…………解ったわよ」

 アナベルはその現れた死体を魔術で操った。できるだけ死体を不気味に動かしてエマたちの元へと歩き出させる。

「これで本当に大丈夫かしら……追加で出せるならどんどん出してくれる?」
「維持するのが精いっぱいよ」
「訳の分からない肉の塊を作るのに疲れてるんじゃないわよ」
「アナベル、集中して」

 その死体5体がノロノロとエマ率いる魔女たちに認知されるまでは、そう長い時間はかからなかった。
 エマの声が砂山の向こうから聞こえてくる。

「誰なの? 止まりなさい!」

 音を収束させて聞こえてきている声は間違いなくエマの声だ。魔女たちもエマの声に歩みを止める。

「あたし、あいつ苦手なのよね」

 アナベルはうんざりするようにそう言った。確かにアナベルとエマは性格が合わなそうだ。
 この軽薄な態度にエマはきっと怒り心頭だろう。

「ちょっと脅かしてやろうかしら」

 死体を少し小走りに動かし、エマの忠告を無視して魔女たちの方へ向かわせる。
 エマは鞄から何かの植物の種を取り出したのちに魔術式を展開した。するとみるみる種が成長して死体の方へ襲い掛かかる。
 相変わらず何の植物かは解らない。しかし、エマの思い通りに動いている様だった。

「そんな攻撃じゃ倒せないわよ……ふふふ……」

 こんなときだというのに、アナベルは心底楽しそうだった。
 死体を機敏に動かし、その植物の攻撃を避ける。

「ちょっと……あんまり機敏に動かしたらアナベルが動かしてるってバレちゃうんじゃないの?」
「エマにはバレるかもしれないけど、他の魔女には解らないわ」

 死体が魔女の前衛にたどり着くと、前衛の魔女対してに思い切り襲い掛かった。
 腕の肉を食いちぎっている様子が見える。
 次々に魔女たちの悲鳴が聞こえた。

「アナベル、やりすぎだよ……」
「はぁ? 急所は外してるでしょ?」

 僕らが口論を始めた矢先、魔女たちには大きく変化があった。
 おそらく前衛で起こったその異変が、水に水滴を落としたときのように波紋式に後ろまで伝わって行っているのだろう。

「キャァアアアアアアアアッ!!!」
「なによこれ! 逃げるのよ!」
「助けてぇえええッ! 死にたくない!!!」

 魔女たちは叫び声を上げながら元来た道へ休息へ戻り、走って行く。中衛、後衛の魔女も初めは何が起きたのかまでは解らなかっただろうが、それでも出血している魔女が後退しているのを見て、ほとんどの魔女が走って逃げ始める。

「待ちなさい! これは魔術よ!」

 エマが叫ぶように言う声も錯乱状態の魔女たちには聞こえない。やはりエマにはこれが魔術だとバレていたようだ。

「なによ、あの腰抜け魔女たち。たった5体の死体相手にあんなに怖がって逃げちゃって。みっともないわね」
「戦闘訓練を受けていないならこうなって当然だよ。しかも死体が襲ってくるなんて恐ろしく思うのは普通だと思うけど」

 キャンゼルが思ったよりも死体を創造できずに一時はどうなるかと思ったが、思っていたよりもすんなり済んで良かった。


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